第31話:躊躇逡巡

 リカルド王太子とても苦しんでいた。

 前世の記憶が蘇った事で、今までなかった知識を手に入れる事ができた。

 同時に前世の臆病な性格に引きずられてしまう弱さができてしまった。

 今回もノブレス・オブリージュと臆病な心が争う事があった。

 前世の知識を正当に活用して、実行するかしないかをノブレス・オブリージュで選択しているのか、臆病で逃げているのか、リカルド王太子も分からなくなっていた。


「ベッカー宮中伯、私はこのまま食料と塩の増産をすべきなのだろうか。

 それとも侵略者と呼ばれようとも、海までの街道を占領すべきだろうか」


 リカルド王太子は最も信用するベッカー宮中伯に相談していた。

 ノウェル辺境伯からもたらされる情報では、フィフス王国が海を領地内に持つ国から塩を手に入れようと思えば、もう一カ国を経由して輸入するしかなかった。

 だがその二カ国供が、魔王軍遊撃部隊への対応に失敗していた。

 まず間違いなくその二カ国は食糧不足に陥り、国内が荒れる事が予想できた。

 近い将来その二カ国では、食糧を手に入れるために、国も領主も数多くの関所を設けて通行料をかけて来るのが眼に見えていた。


「それも一つの方法ではありますが、隣国の攻撃を待つ方法もあります。

 ノウェル辺境伯に国境を閉じさせ、隣国の侵攻して来るのを待って、その後で攻め込めば殿下の名声に傷がつきません」


 リカルド王太子の前世の知識では、それが一番安全だと考えられた。

 隣国の正規軍が侵攻して来なくても、領主軍や山賊が攻め込んできても、それを理由に反撃する事ができる。

 なんなら、隣国軍に偽装した王太子騎士団にノウェル辺境伯領を攻めさせる、悪辣な方法があると前世の知識が教えてくれていた。

 だが誇り高いリカルド王太子はそんな手法を嫌っていたし、隣国の民が飢えに苦しみ死傷するくらいなら、自分の名声を地に落としても構わないと考えていた。


「私の名声などどうでもいい、それよりも民が苦しむのを見たくないのだ。

 それが他国の民であろうと、情け容赦のない領主に搾取され、飢えに苦しみ良心を捨てて隣人を襲う姿など見たくないのだ」


「殿下の民を想う気高いお心は素晴らしいと思います。

 これが単なる人族の私利私欲による争いなら、名声を捨てられることも一つの方法だと思いますが、これは魔王軍が引き起こした事です。

 殿下が名声を失った後で魔王軍が攻め込んできた時、人族には旗頭がいません。

 それでは人族は魔王軍に抵抗できません」


「だがベッカー宮中伯、愚かな王侯貴族を見過ごして、大陸中で飢饉が発生してしまったら、私の名声など何の役にも立たないのではないか」


 リカルド王太子とベッカー宮中伯は忌憚のない意見を戦わせて、この難局を乗り越える方策を探し出そうとしていた。

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