第4話:裏切り

 王太子リカルドは、胸が張り裂けそうな想いで城門前に騎馬を進めていた。

 氷の手で心臓を鷲掴みされているような、鋭い痛みを常時感じていた。

 激しく打ち鳴らされるドクドクという鼓動が、自分の耳をうつ。

 嫌な脂汗が全身を流れているのに、身体中が冷えてしかたがなかった。

 馬から落ちそうなほど、全身の景色がグルグルと回っている。

 そんな王太子リカルドの左側を、無表情のベッカー宮中伯が馬を進める。

 右側には王太子近衛騎士隊の隊長が同じように馬を進めている。


「我が婚約者アセリカ嬢に問う、私との婚約を解消するというのは本当か?

 救国勇者ロイドに問う、アセリカ嬢と結婚するというのは本当か?

 二人に問う、アセリカ嬢がロイドの子供を宿しているのは本当か?

 更に二人に問う、何故私を裏切ったのだ、何時から裏切っていたのだ!?」


 王太子リカルドの魂の叫びだった。

 心から信じていた二人に裏切られるとは、予想もしていなかった。

 その衝撃はあまりにも大きかったが、まだ心からは信じていなかった。

 どうしても先触れの騎士の言葉を信じられなかった。

 直接アセリカ嬢とロイドから話を聞くまでは、信じられなかった。

 いや、信じたくなかったというのが本当だろう。

 永劫とも思える時間が過ぎて、城門上の楼閣に二人が現れた。


「そうだ、全て本当の事だ、臆病者の王太子よ。

 聖女アセリカは、一度も前線に出ない臆病者の王太子にはもったいない。

 聖女アセリカに相応しいのは、救国の勇者、このロイド様だけだ。

 ノコノコと恥をかきにここまで来たか、愚か者が!」


 最初から青かったリカルドの顔が、更に青くなった。

 きつく握りしめられた拳からは、爪が喰い込んで血が流れている。

 左右のベッカー宮中伯と近衛騎士隊隊長は、怒りのあまりギリギリと音がするほど奥歯を噛み締めていたが、殿下が動かられないあいだはと、我慢を重ねていた。

 だが、殿下が命じるのなら、死を賭して戦う覚悟だった。

 相手が救国勇者であろうと、八つ裂きにしてやる心算だった。


「これは運命なのでございます、リカルド王太子殿下。

 救国の勇者様と聖女の私が結ばれることで、この世界は救われるのです。

 私達は分かち難いほど愛し合っているのです。

 その証拠に、私は神が祝福された子供を授かったのです。

 私はリカルド殿下の事を愛した事など一度もありません。

 政略による婚約をしただけです、どうかもう私の事はお忘れください」


 勇者ロイドの裏切りと罵りには何とか耐えたリカルドだったが、アセリカ嬢の裏切りと決別宣言には耐えられなかった。 

 過去に何か過ちがあったのだとしても、許そう、許せると思っていたリカルドだったが、今まで一度も愛していなかったと言い切られ、気力が尽きた。

 リカルドは馬上で失神してしまった。

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