お隣さんは学園二大美女。同棲相手も学園二大美女。……これ、おかしくないですか?

鳴瀬息吹

第1話 文月美愛

「わぁ、絶好のロケーションだぁ……」


 空元気ではしゃいでみても、存在しない活力がどこからか沸き上がってくるなんて奇跡は起こらなかった。放課後、傾いた太陽のせいで大きな影が落ちる校舎裏。……そして俺の目の前には、長い金髪を風にさらさら揺らす青い目の美少女。

 

 まあ、よくある話だった。昨日放課後、友人と連れ立ってゲームセンターなる遊興施設に赴き、音ゲーの最新筐体で勝負を挑まれ、弁解の余地が生まれないレベルで完敗。そして、まるでそれが当たり前であるかのように「負けたからには罰ゲームだろう」と、翌日――つまり今日、つい数分前に、罰の内容が公開。


 いわく、『学園二大美女から連絡先を聞け』。なんだその大仰な呼び名はと思うものの、確かにウチの高校には、入学からわずか二ヵ月で全校生徒の注目を根こそぎ集めあげた二人の一年生がいるのだった。

 

「あー、ごめん。いきなり呼びつけて」

「いえ、構いません。……なにかご用ですか、越智おちさん?」


 両手をへそのあたりで結び、つま先をぴっちり揃え、まっすぐ伸びた背筋で俺の数メートル前に立つ少女は、同級生に対してこれでもかというほどに慇懃無礼な口調で、そう言った。


 文月美愛ふみづきみあ。そういう名だ。イギリス人の母親と日本人の父親を持つハーフ。所作や立ち振る舞いには高貴さがにじみ出ていて、華族の血を引いているとか、親が大富豪だとか、低俗な噂話が絶えることはなかった。その青い目に見つめられるだけで、大半の男の脳みそは空っぽになってしまう。細胞の一片から産毛の一本まで全てが特別性だと直感的に理解させられる、次元が違う美貌の持ち主。――そんな相手の前に立っているものだから、俺の視線はまるで定まることを知らず。顔を見たかと思えば空を見上げて、「あー、えー」と場つなぎのうめき声をみっともなくあげることしかできない。


「……うん、こうして呼ぶからにはそりゃあ用があるわけなんだが」


 友人連中が俺にかけたせめてもの情けは二つ。『嘘告白のような割とシャレにならないラインは避けたこと』『二大美女両方ではなく、片方で済ませてくれたこと』。だからと言ってありがたいとは微塵も思えないが、一人だけだったらまだなんとかなるという希望を持てなくもなかった。


「その、だな」


 目を合わせる。せめてこちらの窮状を理解してくれと救援信号を出しつつ、続ける。


「文月の連絡先……LINEでもメルアドでも電話番号でもいいから、教えてもらえたらうれしいなー……なんて」


 うわぁ男らしくねえ。めっちゃ逃げ腰。めっちゃ及び腰。……けれど、言えただけマシだと開き直る。俺が求められたのはあくまで聞くことであり、知ることではない。だから、今この瞬間に罰ゲームは終わりなのだ。

 ただ、呼び出した手前(呼んだのは俺じゃないが)、返答はきちんと受け取らないといけない。役回りが損過ぎて、頭から溶けそう。


 そんな俺の様子を確認して、文月は。


「構いませんよ」

「そっか。知ってた。……え?」

「登録するので、スマートフォンをお貸しいただいても?」

「あ、ああ」


 いいの? いいのか? 疑問に苛まれつつも、言われるままにロックを解除して手渡し、そこにぽちぽちとなにやら打ち込んでいく文月。「はい」と返された端末には、確かに意味の通る文字列が書き残されていて、俺はそれに目をまるまる丸める。


「ありがとう……?」

「どういたしまして。それから――」


 文月はやはり姿勢よく、誰もを魅了する立ち姿で俺の横を通り過ぎて、そのまま校舎の死角に。――そして、そこで盗み聞きを敢行していた狼藉者二名に、天使の笑顔を浮かべてやんわり言った。


「こういうの、今回限りですからね」


 そのまま、颯爽と去る文月。俺はその後ろ姿を一通り眺め終えてから、甘い声にとろけてへたった二人の男に、「注意されてやんの」と恨み言を繰り出す。そう。罰ゲームというからには見届け人がいるはずで、そもそも彼ら二人は仕掛け人でもあった。同じクラスの佐城さじょう坂倉さかくら。入学以来、よく話すようになった友人。


「なんかよくわかんないけどめっちゃ良い思いした気がする……」

「すげえ良い匂いした……。サンキュー越智……」

「救えねえドМだなおい。……うーん、絶交!」


 早々に結論を出してその場を後にしようとした俺を、二人はまあまあと体に取り付きながら宥めつつ「なんだかんだでお前も得してるからいいじゃんかよー」「俺にも教えてくれよー」とダル絡み。確かに、見ようによっては三者全員が利益を得たと言えなくもない……が。


「やーだね。そんなに欲しけりゃ、今から自分らで文月に聞いてくりゃいい」

「「無茶言うなバーカ!」」

「んなくだらねえことでハモんなよ……」


 ならば強奪だと執拗にスマホを狙い始めた彼らをいなしながら、校舎方向へと歩き出す。


「バイトあるから、奪うにしても明日以降にしてくれ」


 腕時計を確認する。学校からバイト先までは直行して二十分くらい。それでもって六時始業だから……。


「いーやお前はまだまだ時間に余裕があると見たね! 限界まで付き合ってもらうから覚悟しとけよ!」

「そのしつこさを別の場所でいかせばいいのに……」


 現在時刻は午後四時半。下手するとあと一時間、俺は彼らに付きまとわれるらしかった。


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