第77話戦場の女神


 「聞け我勇敢なる兵士諸君よ!」



 ゾナーが今この本陣で各部隊長たちや兵士を招集して演説を行っている。

 丁度ティナの町からの増援も到着して兵士たちの士気はいよいよ高まっていた。



 「世に混乱をもたらしそして古の『狂気の巨人』までも復活させてきたホリゾン帝国。だが我らには女神の加護がある! 今や『狂気の巨人』は女神に打たれ滅ぼされた!!」



 うぉぉおおおおおぉぉぉぉぉ!!!!



 既に噂は広まっていたけどこうして指揮官から正式にそう言われればさらに士気も上がるというモノ。

 ゾナーのその演説はいよいよ熱を帯び始める。



 「我らがこの戦い、ホリゾン帝国の野望を打ち砕くだけではない。これは女神のご意思だ! この世を混乱に落としいれ人類滅亡を企む秘密結社ジュメル! 奴等こそがホリゾン帝国を操り傀儡の先兵としてきた。しかし! 我らには女神様のご意思が有る! 見よ我らが救世主、『雷龍の魔女』エルハイミ殿だ!」


 ここまでゾナーは声高々に演説をしてから演説台の後ろに控えるあたしを呼ぶ。

 あたしはゾナーの横まで出て行く。



 「今、我らが女神様は神託を『雷龍の魔女』エルハイミ殿に下し、そして加護を与えた!!」



 ゾナーのその言葉を聞いてからあたしは気配を押しとどめるのを止める。

 すると途端にあたしの体が光り始め周りに光の粒子がキラキラと現れ、あたしの瞳が金色に変わる。


 

 おおおおおおぉぉぉぉ‥‥‥



 効果はてきめん。

 あたしはついでとばかりに背中に白い羽を作り出しややもこの演説台より人一人分くらい浮き上がる。


 そしてさらに光を強めに放つ。



 「勇敢なる兵士たちよ、私はエルハイミ。女神様は私に神託を下してくれましたわ。邪悪なるホリゾンを、いえ、その根源たるジュメルをこれ以上世にのさばらす事は出来ませんわ。これより女神様の神罰が下りますわ!」



 おおおおぉぉぉぉっ!!!!



 あたしがそう言い放つと兵士たちは雄叫びを上げる。


 「聞け我軍の兵たちよ! これより我が軍は女神様の神罰を受けるこの地をいったん退く! そして神罰が下った後に一気にホリゾン帝国に攻め入る! 神罰の下った『ホリゾンに兵無し』! 我らの勝利は間近だ!!」



 うぉぉおおおおぉぉぉぉっ!



 ゾナーは最後にそう言って一時撤退の指示を出す。

 多少の不満があってもあたしの姿を見た者たちは素直にゾナーの言う事を聞く。

 そしてすぐ様に伝令が軍に走って一時撤退の準備を始めたのだった。



 * * *



 「こうも素直にみんなが動いてくれるとは思いもしませんでしたわ」


 「人間って目に映るものが有ると意外と素直に信じてくれるものよ? まあ今回はエルハイミのお陰で効果抜群だったけどね」


 あたしのそのつぶやきにライム様は腰に手をあてながらその様子を見てそう話す。

 撤退を始めた軍と皆に頼んで始めたサボの港町の住民の一時避難も順調に進んでいる。

 そしてバルドさんやベルトバッツさんたちの協力の下「女神の杖」を使った巨大魔法陣の作成拠点の探索もしてもらっている。


 

 「エルハイミ、住民の避難は大体終わったわ。あとはガレント軍だけよ!」


 「お姉さま、『鋼鉄の鎧騎士』零号機、二号機、三号機の回収終わりました!」


 シェルやイオマが次々と状況を報告してくれる。

 どうやらこちら側は間に合いそうだ。



 「どううやらこっちは大丈夫そうね‥‥‥ エルハイミっ!」



 ライム様がそう言いかけた時だった。

 あたしでもわかるほど急速にこの地に魔力が高まる。

 そして足元から束縛されるかのような感じがする。



 「まずいですわっ! みんなっ!」



 あたしは慌ててこの束縛する感じからみんなを含む近くの者たちを防御する結界を作る。

 そしてそれが出来上がったと同時に足元に魔力を含んだ赤い光の線が次々と浮かび上がる。



 「エルハイミ! 魔法陣よっ! 発動された!!」


 「分かっていますわライム様! もう間に合いませんわ、私の結界から絶対に出ないでくださいですわっ!!」



 やられた。

 まさかこのタイミングで魔法陣が発動するとは!



 とにかくあたしは結界でみんなを守る事に集中する。

 だが‥‥‥



 「どこまで巨大な魔法陣を作るつもりですの!?」



 可能な限り結界を広げるけど間に合わない。

 地面に既に完全に浮き上がった魔法陣はこのサボの港町とエダーの港町を飲み込み光り始める。



 「うわっ! エルハイミ、兵士が!!」


 「お姉さまっ!」


 「クロエ、クロ動くでない! お母様の結界から決して出るでないっ!」


 「エルハイミ母さん!」


 「どひゃぁぁああああぁぁぁっ!!」


 シェルが兵士を指さしながらあたしに言う。

 あたしの結界の外にいた兵士たちが途端に干からびたミイラのようになっていく。

  

 それは本当に一瞬だった。

 

 そしてあたしにはわかる。

 来てしまう。

 異界の神が!!




 どぉぉおおおおぉぉぉぉんッ!!!!!




 サボの港町とエダーの港町の間の海峡から大きな音がして浮かび上がった魔法陣から真っ黒な大きなものがせり出てきた。


 それは身の丈ゆうに五十メートルを超え、全身に黒い剛毛を生やし見る者に恐怖を与える顔にはギラギラと輝く真っ赤な瞳が周りを見ている。

 その存在感は見る者を威圧し、気の弱いものでは気絶してしまうほどのモノ。



 そう、あれこそ異界の悪魔たちの神。

 この世のものでは無い神なのだ!




 「冗談じゃないわ。あれって他の世界の神じゃない! アガシタ様っ!!」


 ライム様はそれを見ながら叫ぶ。

 


 『ふははははははははっ! 我らが神よ、よくぞ参られた!! 我が神よ、この世界には旨そうな魂がこれほどございます! さあ、我らでこの世界を蹂躙しようではありませんか!!』



 って、この声は!?



 「ヨハネス神父ですの!?」


 あたしはその声の主を探す。

 するとヨハネス神父は人の姿のまま悪魔の神の前に浮いていた。



 『おやおや、取り込めなかった魂はあなたのせいでしたかエルハイミさん。しかし我が神がこちらの世界に来たのです、いくらあなたでも我が神には敵わないでしょう。安心しなさい、あなたの魂は私が美味しく頂いてあげますからね』



 どうやらあたしを見つけたらしいヨハネス神父は嬉しそうに笑う。



 「ヨハネス神父! ティアナの仇ですわっ!!」


 「と、その前にあれは僕が相手をするよ。流石にここまでやられては僕の面子が立たない」



 今にも飛び掛かりそうになるあたしの肩に誰かが手を置いた。

 そしてそちらを見ると少年のような格好をした短い銀髪の美少女がいた。



 「アガシタ様!?」




 そう、この世界の主神、天秤の女神アガシタ様その人だったのだ。   

 

 

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