第50話悪魔召喚とは


 翌日あたしたちはアンナさんに会って「知恵の魔女」ことセリアさんたちを紹介した。



 「なるほど、あなたが『知恵の魔女』なのですね?」


 「あら? アンナさんご存じだったのですの?」


 「エルハイミちゃん、『知恵の魔女』はホリゾンでは有名で魔道の盛んな北の大地でも困ったことがあれば彼女のもとに尋ねるほどなのです。しかしそれは『知識の塔』からくるものだったとは」


 「過大評価されていたようですね。私たちの一族はエリリアに協力する代わりにその代価として知識の欠片をもらっていたのです。それは極寒の地で生きていくには必要な知識。とても我々人間では思いつかないような事ですよ」


 セリアさんはそう言って苦笑をする。

 

 うーん、結構有名だったんだ。

 ガレントの人間なのでホリゾン帝国のそう言った話にどうも疎い。

 あたしは見聞の狭さを痛感していた。


 「それでエルハイミちゃん、『彼女』ことエリリアさんという女神様の分身がこのボヘーミャにいるかもしれないと言うのは本当ですか?」


 「ええ、セリアさんはそう言っていますわ。セリアさん?」


 「多分ボヘーミャの街かその近郊にいると思います。あの後伝書鳩での連絡は取り合っていましたが『落ち着くところを探す』と連絡があったきりその後は音信不通で‥‥‥」


 そう言いながらセリアさんは伝書鳩の籠を取り出す。


 「この子は何度もエリリアの所へ行っています。ですので私たちもボヘーミャで落ち着いたら連絡を入れようと思っています」


 うーん、伝書鳩は放たれた場所から目的地へ間違いなく行く習性がある。

 だからこの伝書鳩を着けて行けばエリリアさんの居場所がわかるのでは?

 

 あたしはそう思いふと妙案を思いつく。

 そしてお菓子をシェルの肩の上でむさぼっているマリアに話しかける。


 「マリア、一つ頼み事をしても良いですかしら?」


 「うん? エルハイミのお願い? いいよ~」


 マリアはそう言ってシェルの肩からこちらへ飛んで来た。


 「マリアはこの伝書鳩に追い付けまして?」

 

 「え? 鳩? そんなの簡単だよ! あたしの飛ぶスピードなら鳩だって追い越せるよ!!」


 にこにこ顔で出されたビスケットをかじっている。


 どうやらうまくいきそうだ。

 あたしはびっと人差し指を立ててマリアにお願いをする。


 「では一つ頼まれ事をお願いしますわ。上手く行ったら実家に戻ってササミーのチョコレートを持ってきますわ!」


 「えっ!? マジっ!!!? 本当にチョコレート!? やる!」


 二つ返事でマリアは答える。


 「これからこの鳩を飛ばしますわ。マリアはその鳩にくっついて行って鳩が辿り着く場所にいるエリリアさんと言う人の場所を探してほしいのですわ。多分ボヘーミャの街かその近郊にいるはずですわ」


 「分かった! じゃあすぐにやろう!!」


 あたしはセリアさんに振り返りほほ笑むのだった。



 * * * * *



 「まさかこんな所にですわ‥‥‥」



 灯台下暗しとはよく言った物だ。マリアが追った伝書鳩はなんて事は無い、学園の図書館の屋根裏部屋にたどり着いたそうだ。


 まさかと思いあたしたちは急いでそこへ向かった。

 そして図書館棟の最上階、屋根裏部屋の扉の前に来ていた。



 コンコン



 セリアさんは恐る恐るその扉をノックする。


 「エリリアいるの? 私よセリアよ」


 すると中から若々しい少女の声がする。


 「鍵は開いてる、入りたまえ」


 セリアさんはその扉を開ける。

 そして中を見ると申し訳程度の家具の中にたくさんの本が積まれその中に一人の少女が本を読んでいた。



 「エリリア! よかった。本当に無事だったのね!」



 「ふう、当然だよセリア。アガシタ様の所のレイムが来たんだ、悪魔王程度に後れは取らないよ」



 そう言って読んでいた本を閉じる。


 彼女はこちらを見る。


 確かに大きな眼鏡が顔の半分くらいを覆っていて表情までよく分からない。

 青色の短い髪の毛の彼女は本を傍らに置き立ち上がりながらあたしを見る。



 「君は誰だい?」


 「申しおくれましたわ、私はエルハイミ=ルド・シーナ・ガレントと申しますわ」



 あたしは正式な挨拶をする。

 すると彼女もまた正式な挨拶を返して来る。


 「知識の塔管理者エリリアと申します。エルハイミ=ルド・シーナ・ガレント、君は僕にどんな用なんだい?」


 そう言いながらその顔の半分を覆う眼鏡をはずす。

 下から現れたその顔は思わず見とれてしまうような美少女だった。


 知性的な瞳、決して気が強そうでは無いのにしっかりとしていそうな眉毛、鼻も口も小さく可愛らしい。

 白い肌は透き通るかのようでそれに静かにかかる髪の毛の青が静寂感を醸し出している。



 思わず見とれてしまった。



 「エルハイミ君?」


 「あ、すみませんわ。ええと、先ずエリリアさんは今の状況をどれほど知っているのでしょうかしらですわ?」


 あたしの質問にエリリアさんは「ふむ」と小さく言ってから話し始める。


 「『知恵の塔』の知識を得て秘密結社ジュメルが異界からさらなる力、具体的にはこの世界で『悪魔』と呼ばれる連中を召喚して人間たちに憑依もしくは融合させこの世界を破滅に導こうとしている、と言った所かな? さしあたり塔の入り口たる僕を探し出すために血なまこになりどうしようもなく『知恵の魔女』たるセリアが僕とつながっている事を掴みセリアをホリゾン軍に招聘したって感じかな?」


 あたしは息を呑む。

 推測の域であったがほぼほぼエリリアさんの言う通りだと思う。

 

 「そこまで知っていた何て‥‥‥」


 「すまないねセリア、僕の居場所が知れると厄介だったので音信不通になってしまった。知人の獣人に君に極秘で連絡をさせようとしたがどうやらその必要もなくなったようだね」


 そう言いながらまた眼鏡をかける。

 


 「さて、それではエルハイミ君、君は僕に何を聞きたい?」



 「エリリアさんが無事であればジュメルの野望は達成できないのではないですの?」


 「それは早計だね。技術は既に彼らの手にある。たとえ『知識の塔』が手に入らなくてもダークエルフの長老が動いているだろう。上級精霊の一体や二体なら召喚できそうだ。女神の杖の魔結晶石も既にジュメルは二個手に入れている。後二個どこかの研究施設にあるものが発掘されれば準備は整うだろう」



 なんと!

 すでにそこまでジュメルは準備を進めていた!?


 

 「そこまでご存じだったのですの?」


 「いや、推測と憶測、そして各条件と情報から導き出した答えだよ。まだ確定事項ではない。でもゆくゆくはそうなるだろう。あの『悪魔王ヨハネス』は余計な異界の知識を得過ぎたからね」


 「ヨハネス神父!」


 あたしは思わずその名を呼んでしまった。

 あの神父は昔からしたたかに、そして緩やかに人の心に入ってくる。   

 そしていつの間にか情報を手に入れ牙をむく。


 あたしがヨハネス神父の名を呼びいろいろと思い起こしているとエリリアさんは静かにもう一度あたしに聞いて来た。

  

 「エルハイミ、君にもう一度聞こう、君は何を知りたい?」


 「‥‥‥私は、ティアナの転生者が何処にいるのか知りたいのですわ!」


 ジュメルの事も勿論だがあたしの一番聞きたい事はティアナの転生者が何処にいるかだった。


 「ふむ、やっと本音を言ってくれたね。残念ながらそれは僕でも分からない。知識とは概して存在していなければ得られない。予測は出来ても確定では無い。だから未来予測は出来ても真実には届かない」


 エリリアさんはそう言ってまた本を開く。


 「とても興味深い。人間の町にいて変わるこの世を見てきたが君たち人間はどんどん新しい物を作っていく。それは女神のそれとは違い微々たるものでも進化する。そしてその歴史を本にしている。ここは僕が求めた場所だ」


 彼女はそう言いながらページをめくる。


 「エルハイミ、君の求めるその転生者は『悪魔王ヨハネス』を倒し、『魔王』をどうにかしなければ会う事は出来ないだろう。君はそう言う運命に立たされている人物なのだから」


 「エリリアさん?」


 「今神託が下りて来た。女神は今の世界を破滅させる事を良しとしない。この世を乱す『悪魔王ヨハネス』そして既にこの世に転生を成した『魔王』を君がどうにかする事だ。そうすればおのずと君が求めるその転生者に会えるだろう」


 エリリアさんはそう言いながらまた本を閉じる。

 そして上を向いてからもう一度眼鏡をはずしあたしを見る。


 「全く、女神様たちは酷な事を君に要求するね。同情はするよ。しかし僕には君を手助けする事は出来ない。せいぜい僕の知っている事を教えてあげられるくらいだ」


 ティアナの転生者に会う為にはあたしは「悪魔王ヨハネス」と「魔王」をどうにかしなければいけないらしい。

 しかもそれは神託としてあたしに関りを持たせる。


 ちょっとマテ、女神様たちがあたしの運命に介入しているってことぉ!?



 「あ、アガシタ様だけでも大変だと言うのにですわ‥‥‥」



 「まあ、お姉さまですからねぇ」


 「そうか、その二つをどうにかしない限りティアナの転生者には会えないのか‥‥‥ そうするとまだまだチャンスはあるわね、エルハイミ?」


 「ふむ、確かに面倒そうな者たちですね、お母様」


 「えーっ、でも早くお母さんにも会いたいよ! エルハミ母さん頑張ってもらわないと!」


 「『悪魔王ヨハネス』でいやがりますか‥‥‥あいつには借りがあるでいやがります!」


 「確かに悪魔には借りが多いですな。黒龍様、我々も」


 「俺は主に付いて行くだけだぞ」


 「あ~っ!あたしも行く! でもその前に約束のチョコぉっ!」


 あたしが悩んでいると言うのにみんなは好きかって言う。

 しかしヨハネス神父に魔王なんて。



 なんでこうも面倒事が向こうからやって来るのよ!



 「‥‥‥女神に一番近い人間か。確かに君ならそうかもしれないな」


 「へっですわ?」


 「いや、なんでもない。とにかく君はまずイザンカにいるレイムを探す事をお勧めする。どうやら彼は今そこにいる様だからね」


 「イザンカですの?」


 「ああ、あそこにはまだ古代遺跡が山ほどあるはずだ。そして召喚の魔法陣も」


 「魔法陣ですの!? 一体何の?」


 「君たちの言う『悪魔』さ」




 エリリアさんのその言葉にあたしは嫌の予感がしていたのだった。 

   


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