第7話 有栖川アリサは褒められたい

 時はあっという間に過ぎて、週末。

 今日は有栖川との約束がある。

 朝から憂鬱な気分でいると美桜に心配されたが、事情を話すと驚きながらも張り切って身支度を手伝われた。

『アリサさんと出かけるのにお兄のセンスは壊滅的だから!』と精神に痛み入るご指摘を美桜から頂いた時は泣きかけたよ。


 そんなこともあり、美桜曰く流行りに寄せた服装と髪型にコーディネートされた。

 鏡に映る自分は普段より幾分かマシに見える。

 警察から職質を受けるような死んだ目の男子高校生とは似ても似つかない。


 待ち合わせ場所の駅前でスマホを弄りながら時間を潰していると、周囲の空気が変わったのを感じた。

 俺もスマホをポケットにしまい、悠然と歩く銀の少女――有栖川へ目を向ける。


「お待たせしました、佐藤京介」


 にこやかな作り笑いを浮かべる有栖川とは打って変わって、周囲から視線が一斉に浴びせられた。

 なんであんな冴えない男が有栖川の連れなんだ、と目線で訴えている。

 どうせ釣り合わないとか俺の方がイケてるとか思っているんだろう。

 俺だってそう思うし、叶うなら有栖川から距離を置いて平穏に暮らしたい。


「……別に待ってないって。迷って待ち合わせに遅れたわけでもないし」

「流石に駅まで行くのに迷いませんよ。馬鹿にしているんですか?」

「心配してたんだよ。変な路地に入って変なのに絡まれてないかと」


 以前、道に迷った有栖川が柄の悪い集団に絡まれるという事件があった。

 結果だけ言えば、正当防衛を主張する有栖川の手によって全員のされていたのだが。

 外見だけは華のように綺麗な有栖川は、人の好意と同じくらいに悪意を引き寄せやすい。

 今日ももしかしたら……と腹を括っていたのだが、杞憂に終わったようだ。


「それより、何か私に言うことはないのですか」

「……道に迷わず来れて偉いって話?」

「死にたいならそう言ってください……ではなくて、その。――隣を歩く女の子の見た目くらい褒めてもバチは当たらないと思いますよ?」


 有栖川が僅かに頬を赤く染めて、目を背けながら言った。

 今日の服装は当然ながら学校の制服ではなく、有栖川が持っている私服。


 落ち着いたブラウンのシャツは胸元に小さなリボンがあしらわれ、袖口が緩く膨らんだフェミニンなデザインだ。

 膝上で揺れる黒いスカートの生地からは、ほっそりとした黒のストッキングを纏った脚が覗いている。

 編み上げブーツの踵を鳴らし、流した艶やかな銀髪が風になびいて陽の光を受けて煌めく。

 スタイルの良さは去ることながら、シンプルなのにとても似合っている。


 ……と、素直に言うのははばかられるな。

 言ったところで「気持ち悪いです」と吐き捨てられるのがオチだ。

 かといって、有栖川の「褒めろ」と言外に要求してきたものは満たさなければならない。

 彼女いない歴=年齢の俺には難問すぎる。

 頭をフル回転させてコンマ数秒。


「……まあ、いいんじゃないの」


 散々苦しんで捻り出したのは無愛想も甚だしい褒め言葉と呼べないものだった。

 だが、考えても見てほしい。

 友達なにそれ美味しいの? レベルの俺がかけられる言葉なんてたかが知れている。

 ましてや相手があの有栖川だ。

 下手なことを言えるはずがない。


 緊張しながら身構えていると、有栖川の表情が抜け落ちた後に深いため息をついて眉間を揉んだ。

 口より先に手が出る事態は避けられたらしい。


「期待はしていませんでしたけど、もっと、こう……ないんですか?」

「頭の中で日頃の行いを加味して思考が二転三転した結果だ。受け止めてくれ」

「その口調、腹立たしいのでやめてください。人目がなかったら鼻を凹ませていたところです」

「暴力より言葉で訴えてくれよ……」


 平坦な口調だから怒っているのかわからないが、少なくとも有栖川はやると言ったらやる。

 人通りがいい駅で命拾いしたな。


「それより、早く行きますよ。私の貴重な時間を無駄にさせないで下さい」

「はいはい……」


 踵(きびす)を返して駅の構内へ歩を進める有栖川の少し後ろを、目的地も知らぬまま着いていくのだった。


 環状線に乗って電車に揺られ、原宿で降りる。

 ナウでヤングな若者たちに人気の場所……明らかに俺は場違いだな。

 あと、人が多すぎて酔いそうだ。


「有栖川、迷うなよ」

「貴方が誘導すれば良いだけの話では」

「手でも繋げと?」

「私が貴方に首輪をつけてあげましょう」

「俺は犬じゃないが????」


 ふざけた会話をしながらも人混みを抜けて、駅の出入口で揃って息をつく。

 既に精神的な疲労がヤバい。

 出来るならどこかで腰を据えて休みたいが……そうはさせてくれなさそうだな。


「休む暇はありませんよ。待ち合わせまであと5分もありません」

「もっと時間に余裕をもって動けよっ⁉」

「私、朝は弱いので」

「知ってはいるけど……待ち合わせ? 聞いてないぞそんなの」

「伝えてませんから」


 俺の扱いが酷すぎやしないか?

 半ば寝惚けたままの有栖川と行動するか、時間ギリギリを攻めるかなら、確かに後者の方が精神衛生上まだ良いな。


 それならそれで、先を急ぐか。


「で、場所は?」

失楽園パラダイスロストという喫茶店です。あ、道案内お願いしますね。迷いたくないので」

「えっ、なに⁉ 場所知らないんだけど⁉」

「煩いです。迷惑なので静かにしてください」


 ……いきなり正論パンチはやめて?

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