第5話 『対異能犯罪者特務課』

 午後の授業を終えて、俺は学校を後にする。

 それから真っ直ぐ家に帰る……かと思いきや、珍しく今日は予定があるのだ。

 最寄り駅から電車で向かうのは官公庁がのきを連ねる霞ヶ関。

 普通に考えれば高校生に縁がある場所とは思えないだろうが、俺には表沙汰おもてざたに出来ない事情がある。


 スーツ姿の大人が闊歩かっぽする中では制服の高校生はどうしても浮く。

 だが、一切気にする事はせず目的の建物へと入り、受付で手続きを済ませる。

 上が話を通してくれているから名前だけで済むのは楽で助かるな。


 関係者用のエレベータに乗って10階へ。

 そこは対異能犯罪に特化した部署――『対異能犯罪特務課』、通称『異特』が占有する階。

 その事務室と銘打たれた部屋の扉をノックして、


「佐藤京介です。入室許可を求めます」


 いつものように挨拶をするが、数秒待っても返事は返ってこない。

 もしかして留守か?

 この時間ならいるはずだけど……とスマホを取り出して連絡をつけようとしたところ。


 ――ガラガラガラガシャーンッ!


 止めてある自転車を薙ぎ倒したような音が扉の向こうから響いてきた。

 何事かと勢いよく扉を開けてみれば、大地震の後に似た凄惨せいさんな現場が広がっている。


 横倒しになった業務用のデスク。

 散乱した書類や小物で足の踏み場がなく、あの分ではパソコンは死んでいることだろう。

 震源地の中央では小柄な女性が膝を着きながら頬を膨らませ、筋骨隆々とした男性が申し訳なさげに目を伏せていた。


「もう……みことさーん。虫に驚いて机をひっくり返さないでくださいよー。それでも『異極者ハイエンド』ですかー?」

伽々里かがり、悪い。目の前に蜘蛛がいてな」

「ちっちゃいじゃないですか!」

「あの、大丈夫ですか?」

「あっ、京ちゃん! ちょうどいい所に!」


 俺を見るなり勢いよく立ち上がる小柄な女性――伽々里佳苗かなえは、ぱたたーとこちらへ寄ってくる。

 そして俺の手を取り、上目遣いの猫撫で声で、


「あれ、直すの手伝ってー?」


 上司の尻拭いをお願いする。

 身長差があるためにつま先立ちで背伸びする伽々里さん。

 若干もたれるような体勢で近づいた距離に、うっ……と喉を詰まらせた。


 子供っぽい仕草と愛嬌のある笑みは10代前半に見えなくもないが、伽々里さんは成人済みだ。

 つまり合法ロリ――


「――何か、失礼なこと考えてない?」

「いやいやまさか滅相もない」


 温度の消えた虚ろな眼差しに血の気が引き、ぶんぶんと横に首を振る。

 勘が良すぎはしないだろうか。

 余計なことを考えるのはやめよう。

 命がいくらあっても足りない。


「というか、直すので離れて貰えませんか?」

「うん。物を動かすのは頼んだよー京ちゃん」


 伽々里さんが手を離し、物が散らかる場所からも邪魔にならないように引く。

 頃合を見計らって、俺は異能を行使する。


「――『無重力ゼロ・グラビティ』」

「よーし。尊さんも手伝ってよー。私が指示出す通りに動かしてね」

「ああ、わかっている。京介も悪いな」

「いえいえ。慣れました」


 気にしていないと笑いかけると、また申し訳なさそうに地祇ちぎさんが頭を下げる。

 これでも『異特』の室長なのだが、全く威厳を感じられない。

 地祇さんは大きな図体に反して小心者なのだ。


「その机はそっち! パソコンの配線はこれがこうで、あーっ! それ違う!」

「伽々里さんと違って俺と地祇さんには過去なんて視えてないんですから。多少の違いは見逃してくださいよ」

「うーん……まあ、それもそうだね。視えすぎるのも考えものだなあ」


 言って、伽々里さんは困ったように頬を掻く。

 伽々里さんが指示を出す元になっているのは、彼女の異能力にある。

 異能名称を『世界観測ラプラス』といい、過去、現在、未来を視ることが出来る強力無比な異能だ。


 加えて俺の『重力権限グラビティ・オーダー』もある。

 それを部屋の掃除に使っているとなれば……これ程までに贅沢ぜいたくな無駄遣いはないだろう。


 約5分かけて部屋を修繕し、三人でインスタントコーヒーを片手に一息つく。


「――京介。今朝はご苦労だったな」

「仕事ですから。報酬も十分すぎるほど貰ってますし。それより有栖川のご機嫌を取るほうが余程難しいですよ」

「あーちゃんは素直じゃないからねー。乙女のお年頃だから、ちゃんと京ちゃんが支えてあげないとだよ?」

「俺がへし折られます」

「それ本人に言わないでくれよ? 貴重な人員を病院送りにしたくはないからな」

「地祇さんもですよ」


 有栖川という脅威に安全圏は存在しない。

 老若男女、誰であろうと平等だ。


「それよりもーですよ。尊さんは京ちゃんに伝えることがあるって言ってませんでしたか?」

「学業の合間を縫って来てもらっているんだ、時間を無駄には出来ないな」

「……何かあったんですか?」

「――今朝、身柄を確保した男のことだ。奴は裏組織との繋がりがある」

「物騒な話ですね。所属と目的は?」


 俺の質問に反応したのは伽々里さんだ。

 データ収集や分析は彼女の得意とする部分。


「恐らく、所属は『皓王会はくおうかい』。目的は……今のところ明確にピンと来るものが少ないですね。候補としては優秀な異能者の確保、運営資金集め。こっちの戦力を削ぐことも可能性としては考えられます」

「なるほど。まだ的が絞れませんか」

「状況が変わり次第、京ちゃんにも連絡します」

「一応機密扱いだから電話で話すわけにもいかなくてな。面倒をかけた」

「いや、そんなことないですよ。それでは、これで」


 聞くべきことは聞けただろう。

 そう思い、カップに残っていたコーヒーを飲み干して席を立つ。


 それに、もう帰らないと美桜が夕飯を作って待っている頃合いだ。


 ドアノブに手をかけた時、地祇さんの声がかかる。


「――有栖川と週末のデートに行くらしいな。きっちりエスコートしてやれよ」

「どうしてそれを。というか、デート? 体のいい荷物持ち……もとい、馬車馬の如く働く奴隷の間違いですかね」

「……あーちゃんも浮かばれないなぁ」

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