旧校舎の友人

宵闇(ヨイヤミ)

旧校舎の君

 十月に入り制服も衣替え期間になった。近頃では、最近までの寝苦しさは何処へ行ったのか、朝夕は肌寒さを感じてしまう程だ。

 半袖のシャツにブラウスやベストを合わせる生徒も居れば、長袖のシャツ一枚だけの者も居て、各々が過ごしやすい格好をしている。

「ということで、準備の係はこれで決まりました。今日から頑張りましょう!」

 そう、私の学校では間もなく学園祭が行われる。各クラスが演劇や模擬店などをやる。そしてうちのクラスはお化け屋敷をすることになった。人を驚かすことが苦手な私は、小道具の作成など、裏方の仕事に回った。

「夜柳さん、悪いけど職員室に居る田川先生から黒いビニール貰って来てくれる?」

「うん、いいよ」

 同じ係の細川さんからそう言われ、私は職員室へ向かった。

「失礼します。田川先生はいらっしゃいますか」

「どうした夜柳。何かあったか」

 私は先生にビニールの話をした。

「あぁ、あれなら旧校舎の三階にある美術準備室の中に置いてあるから、使う分だけ持って行ってくれ」

 それを聞き、私は行くのを少し躊躇ったが、準備に必要な物を持って来なくては、事が進まない。重くなる足を旧校舎へ向け、動かす。それはまるで、関節部分のネジが錆びついてしまったロボットのような動きだったに違いない。

 旧校舎には幽霊が出るという噂がある。この学校の生徒なら誰もが知っている話だ。正直そういったものが苦手な私は、旧校舎には近付かないようにしていたのだが、まさかこのような形で行くことになってしまうとは思いもよらなかった。

 

 階段を登る。木製のそれはギシギシと音を鳴らし、その音が静かな校内に響き渡っていく。

 割れた硝子に埃を被った机や椅子、長い間手がつけられていないのがよく分かる。

 美術室へ着き、ドアへと手を伸ばす。ガラリと大きな音を立て、それはまた響く。カーテンで陽は断たれ、そこには暗闇が広がる。ゆっくりと窓の方へ進み、カーテンを開けて陽を入れる。射し込むそれが、室内を包んでいた闇を追いやり、そして照らしていく。作業をするのに適した大きな机がいくつも並び、教室の後ろには絵の具やキャンバス、色彩豊かな画用紙などの紙が置かれており、そのどれもが埃を被っていた。この校舎自体が、既に過去の産物と化してしまっていた。

 私は室内を見渡し、準備室のドアを探してみる。すると後ろのロッカー横に、壁と同じ色をしたドアがあった。ドアノブを回すと、それに鍵は掛かっておらず、簡単に開けることが出来た。

 そこはとても埃っぽく、暗闇に包まれている、カーテンには所々穴が空いていて、そこから陽が射し込んできていた。そのため、それを開けるための道はさっきよりも分かりやすかった。ついでに窓も開け、空気を入れ替える。重苦しがったものが消え、陽の暖かさと、少しの寒さが入り込む。

 目的であった黒のビニールは、部屋の片隅に置かれていた。それを持ち上げると、少し量があり、思った以上にずっしりとしていた。

「早く教室に戻ろう」

 そう零し、準備室を出る。そして美術室を 出ようと思い前のほうを向くと、そこには一人の生徒が立っていた。

 ホームルームの時間とはいえ、何故こんなところに生徒が居るのだろうか。何か材料でも取りに来たのなら、準備室にあるのだから、早く入ってこればよかったのに。

 私はそんなことを心の中で思いながら、その人の方へ少しづつ近付く。

 割れた硝子から吹き込む風に揺られ、その髪がふわりと動く。黒い綺麗な髪に陽が当たり、少し茶色がかって見えた。長さは、肩より少し上で、女の子なら短め、男の子なら少し長いくらいだ。その生徒はこちらに気付いていなかったのか、ずっと背を向けている。

「あの……」

 近くへ行き声をかける。するとその生徒はこちらを振り向く。ものすごく整った顔立ちで、目はとても澄んでいた。

「何してるんですか?こんなところで…」

 低い男性の声、どうやら男子生徒だったらしい。確かによく見れば男の子だと分かるが、中性的と言ひ現すことが出来てしまうような生徒だ。

「私は学園祭で使う物を取りに……貴方は何をしているの?」

「僕は………君と同じで必要な物を取りに来たんだよ」

 最初の空白に少しの疑問を残したが「まぁいいか」と自分の中で納得させた。彼は準備室へ体の向きを変え「じゃあ僕も必要な物を取りに行ってくるよ」と言い歩いて行った。

 携帯の時計で時間を確認する。教室を発ってから、とうに二十分が経過していた。きっと細川さん達はまだかまだかと腹を立てている頃だろう。私は足早にその場をあとにした。誰かの視線を、背後から受けたまま………

 

 教室へ戻ると「夜柳さん、やっと戻ってきた!何処まで行ってたのよ!」と、少し怒り気味の細川さんからの出迎えを得て、旧校舎へ行っていたことを話なんとか落ち着いてもらえた。

「田川先生も、私達があれ使うって分かってたんだから持って来てくれればいいのに……夜柳さんに旧校舎まで行かせて………」

「大丈夫だよ、そんなに遠いわけじゃないし」

「でもあそこは…行きたくなかったでしょ……?」

 きっと彼女は幽霊のことがあるからそう言っているのだろう。まぁ、確かに行きたくはなかったが、行きたいと言う子はまず居ないだろうから、私が行ってよかった。

 それからというもの、使う物は全て旧校舎にあった。その度に私が取りに行く。だが何故だろうか。私が行く度に、あの彼もそこに居るのだ。

「ねぇ、何で貴方は何時もここに居るの?もしかして、サボり?」

 そう尋ねると、彼は呆けたかおをしてしまった。もしかして本当にサボりだったのだろうか。それとも他に何か理由が……

 そんなことを考えていると彼が口を開いた。

「僕は、教室に居たくないんだ。あまり周りと馴染めないから……」

 なんてことだ。私はどうやら彼の傷を抉ってしまったようだ。なんと声をかけよう。私から彼に言ってあげられる事はあるのだろうか。いや、無いのかもしれない。

 私は別に一人でも問題が無い。一人の方が楽しい事、楽な時がある。だが誰しもそうとは限らない。周りと仲良くしていたいと思う者、楽しく過ごしたいという者それぞれである。彼はどれなのか、私には分からない。

 だけれど、彼の様子からするに、きっと彼は周りと仲良くしたい、馴染みたいと、そう考えているんだろう。

「クラスに仲の良い子とか居ないの?」

「それは……」

「居ないなら私が友達になってあげようか」

「えっ……?」

 それはそうだ。戸惑うだろうな。私が彼の立場なら絶対に驚く。

 

 それからというもの、結局私達はよくあの美術室で会って話をしたりするようになった。彼に教室を教えて欲しいと頼むと〈教えたくない〉の一点張り。連絡先を聞いても〈携帯を持っていない〉と言われてしまう。

「ねぇ、名前はなんて言うの?」

「名前は……」

「あ、答えないのは無しだよ?名前くらいなら別にいいでしょ」

「まぁ、そうだね。僕は崎村、崎村悠斗」

「それじゃあこれからは悠斗って呼ぶね」

 異性同士の友情は存在しないという。しかし私と悠斗の間には、確かに友情があった。友達という関係で表すことが出来るものが、そこにはあったのだ。

 

 〜学園祭当日〜

 

 朝から多くの人で溢れる校内には、異装をしている生徒、目を輝かせ校内を見回る中学生、保護者や誰かの兄弟に卒業生など。校内がこんなに騒がしくなるのはこのような行事の時だけだ。普段は流石にここまで騒がしくなることはない。

「夜柳さんは誰と回るの?」

「私は…最近出来た友人と」

 旧校舎、三階にある美術室へ向かう。陽が差し込むそこに、悠斗は今日も居た。

「悠斗、またこんな所に居たんだ。折角の学園祭なんだし一緒に回ろうよ」

「いや、僕は……」

 すると廊下から誰かの声が聞こえる。この声は、きっと細川さんだ。それ以外の声も聞こえる。ということはもしかしたら、準備で使った物を片付けに来たのかもしれない。

「あれ、夜柳さん、こんな所で何してるの?」

「友達を迎えに来てたんだ。いつもここにいる子だから」

「どんな子?」

「どんなって…ここにいる子がそうだよ」

 そう言って私は悠斗が居る方を指さす。そちらを見て細川さん達は一気に青ざめていった。まるで怖いものでも見たかのような。

「夜柳さん……そ、その子…」

「えっ?悠斗に何か……」

「あ、あ、あ、足……足が………」

 細川さん達が言った通りに足を見てみる。今まで教卓を挟んで会話をしていてよく見ていなかったが、それは、皆が青ざめるのも理解が出来た。なんと、悠斗には足がなかったのだ。正確には、透けていると言った方がいいのだろうか。

「悠斗…足、どうしたの………?」

「ごめん、夜柳。実は俺……とっくに死んでるんだよ…今まで黙っててごめん……」

 

 それ以降というもの、悠斗が私の前に姿を現すことはなくなり、校内では噂が本当だったと話題になっていた。

 

 またいつか、彼に会えると、私はいつまでも、いつまでも信じている。

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