第36話『司令の事情』
まりあ戦記・036
『司令の事情』
首都大が……
そう言いかけて、みなみ大尉は吹き出してしまった。
「まずいところを見られてしまったな」
司令の声は異様に小さい。
小さいはずである、デスクに収まった司令は呼吸をしているだけの抜け殻で、喋っているのはカップ焼きそばのカップの中でお湯に浸かっている体の一部だからだ。
「どう見ても十八禁ですね」
「それを見て笑うのは君ぐらいだがね」
「以前は、この姿は絶対、人には見せませんでしたよね」
「くだらん作戦会議のあとは風呂に入るのに限るからね」
司令はカップ焼きそばの風呂の中で大の字になってプカプカ浮いた。
「お背中流しましょうか?」
「すまん、頼むよ」
大尉はデスクの上の綿棒を持って、司令の背中を流してやった。
「司令こそ有機義体に乗り換えてみては?」
「この姿だからこそ非情になれる。非情でなければ司令なんぞは務まらんからな……もう少し強くこすってくれんか、体中凝りまくってるんでな」
「なけなしの理性が飛んでしまいますよ」
「……これだけが無事に残ったと言うのも不便なものだ、個人的には、ヨミの最初の出現で死んでいたらと思うよ」
「で、お話なんですが」
「あ、そうそう、大尉が司令室まで来るんだ、さぞかし重要なことなんだな?」
風呂からあがり、特製のバスローブを羽織りながら話を続ける。
「首都大の薬学部、ちょっと問題なんじゃないかと思うんです」
「市民や学生の反応は度を越していた……と言うんだね」
「大学構内に被害が出たとはいえ、まりあの助けが無ければ命が無かったかもしれません」
「まりあのスーツに飛行機能を付けておいて正解だった」
「あの大学、なにかあるんですね?」
「ああ、ちょっとね……ん?」
「どうかしたんですか?」
「義体に戻ろうと思うんだけど、義体が動かない」
義体への出入りは義体にプログラムされたメモリーで行われるのだが、義体は電池の切れたロボットのようにカタカタいうだけだ。
「わたしがやりましょうか?」
「あ、いや……」
「恥ずかしがる歳でもないでしょ、手袋しますし」
そう言うと、大尉は司令を掴んで義体本体に戻してやった。
「やっぱり、この方が話をするにはいいな」
義体が人らしい表情を取り戻し、いつもの司令らしく冷たい表情で大尉に目を向けた。
「あの……チャック閉めたほうが」
「あ、すまん」
マジメな顔でチャックを閉める司令は、見ていてギャグそのものなんだけど、大尉は笑わなかった。
「大学でやっているのは何なんですか?」
「鎮静ガスだよ」
「鎮静ガス?」
「ヨミとの戦いは先が見えない。都民の間には不安やら不満が高まっていて、いつどんな形で暴発するか分からない」
「お気づきだったんですね」
「ああ、カルデラで隔てられていて、一見首都は平穏に見えるがね、潜在的には不穏だ。昨年のハローウィンが異様に盛り上がったのは覚えているだろう?」
「ええ、まりあも友だちと仮装して、ずいぶんハジケていましたし」
「ああいうところに現れるんだ、潜在化した閉塞感は、時に、とんでもなく陽気で明るい姿になる。大学の研究者たちは、人々の神経が昂り過ぎないように、鎮静効果のあるガスを流してパニックが起こるのを未然に防ごうと研究をしていたようだ」
「それが上手くいかなかったんですね?」
「マリアがまりあの身代わりになって火だるまにされた時に申し入れはしたんだがね、失敗を認めたくないのか、軍の介入と思われたのか、よけい頑なになってしまってね」
「なにか手を打った方がよくはありませんか」
「アマテラスは静観しろと言っている」
「AIの指示に従うんですか?」
大尉の目が一瞬険しくなった。
「そんな顔をするな、美人が台無しだぞ」
「この顔は司令がプログラムされたんです」
「やっぱり有機義体にしたほうがいいと思うよ」
「お気に召しませんか」
「気に障ったのならすまん、もう少し考えて答えを出すよ」
司令は椅子の背もたれに背中を預けると椅子ごとモニターの方を向いた。モニターには修理完了間近のウズメが映し出されていた。
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