第2話『新埼玉から首都へはノンストップ』


まりあ戦記(神々の妄想)

002『新埼玉から首都へはノンストップ』  




 俺は、この二年間仏壇の中にいる。


 つまり、二年前に死んじまって仏さんになっちまった。死んでからの名前は釋善実(しゃくぜんじつ)という。

 仏さんなのだからお線香をあげてもらわなきゃならないんだけど、妹のまりあは水しかあげてくれない。

「だって、家がお線香くさくなるんだもん」ということらしい。こないだまでは「火の用心」とか「水は命の根源」とか言ってたがな。


 そのマリアがお線香をたててくれた。


「ナマンダブ、ナマンダブ……じゃ、行こっか」

 そう言うと過去帳の形をした俺を制服の胸ポケットに捻じ込んだ。


 ちょ、ちょ、マリア…………!


 俺はドギマギした。ガキの頃は別として、妹にこんなに密着したことはない。

 いま、俺は三枚ほどの布きれを隔てて妹の胸に密着している。生きていたころは、ちょっと指が触れただけでも「痴漢!変態!変質者!」と糾弾され、機嫌によっては遠慮なく張り倒された。

 それが胸ポケットの中に収められるとは、やっと兄妹愛に目覚めたか? 俺を単なる過去帳という物体としてしか見ていないか?



 思い出した。


 妹は大事なものをポケットに入れる習慣があった。



 もう何年も妹と行動を共にすることなどなかったので忘れていたんだ。

 しかし、あのまな板のようだった胸が(〃▽〃)こんなに……妹の発育に感無量になっているうちに、お向かいの寺田さんに挨拶したことも、大家さんに荷物のことを頼んだのも、駅まで小走りに走ったことも上の空だった。


 ガタンゴトン ガタンゴトン ガタンゴトン ガタンゴトン ガタンゴトン ガタンゴトン……


 いまは新埼玉行きの電車の中だ。


 車窓から見える風景が荒れていく。



 新埼玉が近くなると、先の大戦のツメ跡が生々しくなる。

 かつて山であったところがクレーターになったり、低地であったところがささくれ立って不毛な丘になったり、かつて街であったところが焼け焦げた地獄のようになっているのは、ホトケになっても胸が痛む。

 圧を感じると思ったら、まりあがポケットの上から胸に手を当てている。


 ギギギギ……


 マリアの奴、歯を食いしばっている。


 そうか、まりあも、この風景には耐えられないんだ。まだ十七歳の女子高生だもんな。

 住み慣れた家を出て、学校も辞めて新しい人生に踏み出す妹に哀れをもよおす。


 辞めた割には制服姿だ。


 それも、いつものようにルーズに着崩すことも無く、第一ボタンまでキッチリ留めてリボンも第一ボタンに重ねるという規定通り。校章だって規定通りの襟元で光っている。実は、この校章、辞めると決めた日に購買部で買ったものだ。まりあのことをよく知っている購買のおばちゃんは怪訝に思った。「記念よ記念(#^―^#)」と痛々しい笑顔を向ける、目をへの字にしたもんだから、両方の目尻から涙が垂れておばちゃんももらい泣き。


 そんな制服姿なんだけど、あいかわらずスカートは膝上20センチというよりは股下10センチと短い。


 まあ、これがまりあの正装(フォーマル)なんだ……よな。



 ああ、腹減ったあ……


 ポツリと呟いた一言は、やっぱたくましいんだろうけど、なんだかカックンだ。

 新埼玉に着くと、乗り継ぎの時間を一睨みしたまりあ。

「よし、余裕だ!」

 ホームの階段を二段飛ばしで降りると、駅構内のファストフードに駆け込んだ。

「特盛一つ! つゆだくで! お茶じゃなくてお水!」

 出てきた牛丼に紅ショウガと七味をドッチャリかけると、100人いたら一番の可愛さをかなぐり捨ててかっ込み始めた。

「ゲフ……お代置いときますね!」

 グラスの水をグビグビ飲み干すと、マリアは首都方面行きのホームに駆けあがっていった。


 首都は、あの大戦のあとに新東京としてつくられたが、あくまで日本の首都は東京であるという日本人の誇りから、あくまで便宜上の仮のものであるという気持ちで、普通名詞の首都と呼ばれている。


 新埼玉から首都へはノンストップである。


 首都は再びの攻撃にさらされるリスクを冒しながら廃都東京の近くに作られている。東京は江戸の昔からの霊力が宿っていることから、その霊力を少しでも受信できるところに作られたのである。

 ただ、その霊力は大戦の元凶であるヨミとの戦いにおいてのみ有効であるので、首都のみが突出していて、それ以外の街は発展していない。


 首都駅の改札を出ると、スッと寄り添ってくる人がいた。


「舵まりあさんね……こちらを見なくてもいいわ、このままロータリーの車に乗ってちょうだい」



 まりあはホッとした。迎えの人間についてはパルスIDのパターンしか教えられていなかったので、きちんと分かるかどうか不安だったのだ。間違いない、この女性は特任旅団の高安みなみ大尉の正規のパルスIDを明瞭に発している。


 二人は、ロータリーの端に停めてあった新型セダンに乗り込んだ。

   

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