口紅は真っ赤で嘘
池田蕉陽
1
息が荒くなっていた。頭もどうにかなりそうだった。震えそうな体を、握り拳に力を込めることによって抑制した。右手の中には、彼女が愛用する口紅が収められている。母から誕生日プレゼントで貰ったものだった。
今ならまだ間に合うのではないか。その思いはあの日からあって、今も健全だった。だが先生が黒板に背を向けふとした拍子に目が合った時、
教諭の名前は
熱い信頼を得ていたのに、クラス全員で加味根を殺す計画を企てたのは、それが思いもよらない形で崩されたからに過ぎなかった。
加味根が教科書の朗読を始め、再び板書に入ったタイミングで隣席の
宮下が足音を潜め、5kgのダンベルを握り教卓に近づいていく。ダンベルが小刻みに震えているのは、重さによる筋肉の悲鳴でないのは確かだった。
誰もが板書していた手を止め、優來を含め彼を見守っていた。その時間は一瞬とも長くとも感じられた。
宮下が加味根の真後ろまでやってくると、気配を感じたのか、加味根は振り向く素振りを見せた。だが振り向く前に、宮下がダンベルを持った手を上にかざした。
ゴンという鈍い音と誰かの悲鳴が同時に聞こえた。
加味根は、糸を離された木偶の坊のように倒れた。
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