第6話 ばあさんへ。鍋を振舞いました。
「あの一瞬で野菜炒めに?。こりゃ魔法かっ!?」
職人が突然目の前に現れた野菜炒めを見て驚きの声をあげる。
「いえいえ、おじいさん。これは料理クラフトですよ。ただ私のレベルではこれくらいしか出来ませんが…こんな鍋を作れるおじいさんは、もっと凄いのでしょう?」
職人は作ってくれた職人に一言言って、野菜炒めをつまみ食いさせてもらう。
「…味がしねえ」
確かに葉野菜はきちんと切られて火も通ってるのだが、味付けは全くされてなかった。
「え?。野菜の美味しさがきちんと出てると思いますけど…?」
言われた職人は火にかけている鍋から椀に掬うと、住民の前に差し出す。
「え?。もしかしてこれを、頂けるんですか?」
住民が驚いた顔をして職人を見る。
「儂は濃い目の味付けが好きだから、これくらいにはして欲しいとこだな」
笑いながら差し出された椀を受け取った住民は、椀に刺さった箸を邪魔そうにどけると、ズズズっと啜る。
「!!!」
一口して目を輝かせた住民は、そのまま汁を啜る。
「なんなんですか、これ!?。ボアの肉と野菜だけでどうやったらこんな美味しさがっ!!?」
「はぁ?。味噌と塩コショウに醤油、鷹の爪もまぶしてあるだろうが?」
職人の言葉は何一つ理解できないが、美味しいというのは分かる。
「あの、おじいさん。お肉とかも食べたいのでスプーンはありませんか?」
「箸がそこにあるだろう?。それを使えばいいんじゃないか?」
住民が首をかしげ「ハシ?」とつぶやいている。
職人は別の椀に鍋を掬うと、箸を使って豪快にかき込む。
「ほら、こうやってる使うんだよ。やってみろ」
見よう見まねで持つ住民はどこまでも不細工な持ち方だったが、それでも椀の底の具材を口へと入れる。
「美味しいっ!!」
涙を流さんばかりに美味い美味いと食べる住人。
そんな住民を羨ましそうに見る他の住民へと、職人は「ちょっと待ってろ」と声をかける。
そして建物の陰に一度行ったと思うと、手に何か白いものを持って戻ってきた。
職人は持って来た使い捨ての椀に鍋を掬い、そこに居た住民へと振舞っていく。
ついでに横で指を咥えていた自称女神にも椀を渡す。
ちなみに、小さなスプーンを何本も持って来て椀に刺してやるのも忘れなかった。
そんな漂う香りと騒ぎに導かれた様に、住民達がどんどんと集まってくる。
職人は「なんか大人気だな」とご機嫌に鍋を振舞っていく。
途中減ってきたので、肉と野菜を追加で投入して煮込むのも忘れない。
「こんな美味しいものを初めて食べました。これは少ないですが」
そう言うと一人の住民が硬貨的なものを職人に差し出す。
そんな住民を見て、「私も」「私も」と次々に硬貨を差し出す住民達。
そんな住民を職人が不愉快そうな顔をして、掌を住民の前に出す。
「儂が気分良く振舞ってるのに、そんな下衆なもん出す馬鹿がおるかっ!。美味かったなら『美味い』と『ありがとう』だけ言いやがれっ!」
職人の一喝に、住民達は呆然とする。
まさか代金を渡そうとして怒られるとは夢にも思ってなかったからだ。
「おじいちゃん、すごくおいしかったよ。ありがとう!」
そんな中、1人の子供が空になった椀を持って職人の前にやってきた。
「おう、そんなに美味かったか?。まだいるならあるから言いなよ?」
子供に優しく語りかける職人を見て住民達は、自分達が如何に失礼な事をしたかと反省する。
そしてみなで「美味い美味い」と食べるのだった。
「しかしご老人。これほどの料理をクラフト出来るとは、さぞ高名な料理職人様なのですか?」
「また『くらふと』か。儂は鍛冶職人だと何度も言ってるんだがなぁ…」
職人の言葉に「料理職人でもないのにこれを?」「いやいや、それはあり得ないだろう」と住民達がざわつきだす。
「獅子鍋1つでそんなに喜ぶとか、そもそも、あんた達は一体日頃どんな飯を食ってるんだ?」
職人がふと疑問を口にすると、住民の1人が前に出てくる。
それは先ほど味のしない野菜炒めを作った住民だった。
「火を通したものをそのままいただいてます。水も混ぜて茹でる事もありますが」
「で、味付けはどうしてるんだ?」
職人の質問に住民達は首をかしげている。
「塩とか胡椒とかは使わんのか?」
「そ、そんな高級品、我々にはとてもっ!」
住民がそう言って取り乱してるのを見て、職人は「なるほどな」と一人納得をする。
「あんたらがさっき食べた鍋、それはきちんと塩・胡椒や味噌で味をつけている。美味いと感じたのはそれだけの差だ」
「そんな高級品がはいっていたのですかっ!!?。それをこんなに、代金も取らずに振舞うなんて…」
住民達が職人を、まるで素晴らしい指導者を見るような目で見て、人によっては手を合わせて拝んでいる。
「上手い事肉が手に入ったらまた作ってやるかもしれねぇから、楽しみにしとけ」
職人は空になった鍋を見て、満足そうに住民達に言う。
言われた住民達は、「ありがとうございました」と深々と頭を下げていた。
その後住民は散り散りに自宅へと戻って行き、職人は使った包丁等と鍋持って部屋に戻る。
そしてそこに掛かっている大鍋を見て「…増えちまったか」と苦笑いをするのだった。
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