第5話 ばあさんへ。くらふとってなんですか。
「あら?。おじいさんこんな町へようこそ」
扉も何もない門を抜けると、1人の夫人と出会う。
「はじめまして。この街は初めて来るんだが、ここは何というんだい?」
「ここは『ハジマリの村』だよ。何もない平和だけが売りの村さ」
職人は横に立つ自称女神を肘で小突く。
「ん?。おじいさん、なんですよぅ?」
「嬢ちゃん、町ですらなく村じゃねぇか、ここ?」
キョトンとした顔で「ちゃんと人が住んでますよぅ?」と答えたので、悪気はなかったのかと、職人はため息をつく。
職人は「ほー」としげしげと周囲を見渡すと、小さな家がちらほら建つ小さな町なんだなぁと感想を持つ。
そんな職人の背負うボアを見て、夫人が驚いた顔をする。
「え?。おじいさん、その背のボアはどうしたんですか?」
「あ、これか?。さっき仕留めたから獅子鍋にでもしようかと思ってるんだが…どっか料理をしても怒られない広場はあるか?」
職人の質問に、夫人が不思議そうな顔をする。
「料理?。クラフトならどこでやってもいいと思うけど、おじいさんは料理の職人か何かなのかい?」
「クラフト…ってのはよく分からんが、儂は鍛冶職人をしとる」
職人の答えに、夫人が驚きの声をあげる。
「こんなろくな鉱石も何も採れないとこに鍛冶職人が来てもしょうがないでしょうに…」
「まぁ工房はあるからどこでもなんとかなるんだがな。兎に角ありがとう」
夫人は「いえいえ」と頭を下げて近くの家へと入っていく。
職人と自称女神は手近な建物の裏に回る。
「─────
壁に手を当て職人が唱えると、キラキラと引き戸が現れる。
職人は家から背の高めのベンチの様な台と、何種類かの包丁を持って出てくると、仕留めてきたボアに刃を入れる。
そして皮を剥ぎ手慣れた手捌きでボアをどんどん解体していく。
「…おじいさんは料理職人なのですよぅ?」
「さっきもあの夫人に言っただろう?。儂は鍛冶職人だ」
そう言いながらも解体の手は止めない。
そしてどんどん部位ごとに肉が並べられていく。
「でも、ボアをこんなに奇麗に解体するのはかなりの料理クラフトレベルが要るはずですよぅ?。なんで出来るんですよぅ?」
「ん?。さっきも言ってたが、その『くらふと』ってのは何のことだ?』
訊かれた自称女神が「うーん」と頭を捻る。
「クラフトはクラフトですよぅ。例えばこんなやつですよぅ」
そう言うと自称女神が手近な肉を一片取ると、それに両手をかざす。
「─────」
少しすると手から風の様な何かが出てきて、肉がスライスされた。
「ふぅ。これが料理クラフトの初期で出来る『食材の切断』ですよぅ」
「ほー、包丁も使わず上手い事切るもんだな。これが魔法ってやつなのか?」
職人はスライスされた肉を手に取ると、しげしげと見る。
「魔法ではないですよぅ、これはクラフトですよぅ」
「ほーん…儂には魔法と何が違うか分からんが、凄いじゃないか」
そんな事を言ってる間に解体は済み、職人は肉を部位毎にラップで包み冷蔵庫へと持っていく。
そしてかわりに葉野菜や干し茸を持ってくると雑に刻み、残しておいた肉と一緒に鍋に放り込む。
それからキャンプで使う様な簡易的な焚き火一式を持って来て、ぐつぐつと煮込んでいく。
もちろんある程度火が通ったら、味噌と調味料を入れて味を調えるのも忘れない。
そんな風に外で調理をしていると、その香りに釣られたのか数人の住民がやってくる。
「あら?。おじいさんこんなところでなにをしてるんですか?」
「見て分からんか?。獅子鍋を作っとるんだが…?」
住民たちは顔を見合わせて「シシナベ?」と頭を捻っている。
「ところで、ソレはなにをしているんですか?」
住民の1人が火にかけている大鍋を指さす。
「何って、煮込んでるだけだが?。この村では火を通さないのか?」
「煮込む?。料理をするならクラフトですればいいんじゃないです?」
また出てきた『クラフト』という言葉に、職人が首をかしげる。
さっき自称女神が見せたスライスだけで、どうやって料理になるかが分からなかったからだ。
「すまん、儂はその『くらふと』ってのが良く分からんのだが、一度見せてもらうことは出来るか?」
「え?。こんな立派な料理を作れるなら、よっぽどのクラフトレベルがあるんじゃないんですか?」
少し戸惑ったものの、住民は「これ使いますね」と台の上に残っていた葉野菜のを皿に載せる。
住民が両手をかざすと、何やら風と一緒に火の様な物が出た。
シュワシュワ───────────────ピカーン
そこには、簡単ながらも野菜炒めが出来上がっていた。
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