第3話 ばあさんへ。家の事を調べてみました。
「………で、儂はどうしたら元の世界に戻れるんだ?」
職人がズズズっと茶をすすりながら、目の前に座る自称女神を見る。
「さっきも言いましたよぅ。この世界を支配しようとしている魔王を倒して欲しいんですよぅ」
「あのな、嬢ちゃん?。儂は見た通りこんな年寄りだぞ?。そんな儂にそんな訳の分からんやつを倒せると思うか?」
自称女神は目の前に座る職人をじっと見ると、大きくため息をつく。
「………無理ですよぅ。おじいさん、本当にごめんなさいですよぅ」
「…まぁやっちまった事は仕方なかろ。でも、お得意さんとかが困ってるよなぁ…」
困った顔をして頭をかく職人に女神がちょっとだけ胸を張って言う。
「そこは大丈夫ですよぅ。魔王を倒したら元居た地球の元の時間座標に戻れるので、実際には全く時間が経ってない事になるんですよぅ」
「………でも、戻るにはその魔王とかを倒さなきゃいかんのだろ?」
言われて自称女神は、またしゅんと顔を下に向ける。
「そうなんですよぅ…魔王を倒さないと戻れないんですよぅ…」
「しっかし、どうすっかなぁ。儂は鍛冶くらいしか取り柄ないぞ。家があるから作業は出来るが、材料もそこまであるわけでもないし…」
職人は立ち上がり周囲を見渡し、ふと台所を見ると声をあげた。
「そういえば、食料の買い溜めもそんなにないぞ!?。こんな訳の分からんとこで飯も食えんとか…」
「あ、それは大丈夫なんですよぅ。この部屋は召喚した瞬間で固定されてるので、減った分は元に戻るんですよぅ」
職人が自称女神を見て不思議そうな顔をする。
「瞬間で固定とか良く分からんのだが、どういう事だ?」
「だから、元に戻るんですよぅ」
そう言って自称女神は立ち上がり、壁に貼ってあった良く分からないチラシをベリッと破り剥がす。
「お前っ!。人の家の物を勝手に何しやがるっ!」
職人が駆け寄り、自称女神の胸ぐらを掴み吊り上げる。
たゆんたゆんな柔らかいものが掴んだ腕に当たるが、職人は全く動じない。
「だがら、ぐるじいでずよぅ…ほら、そこを見るですよぅ…」
プルプルとふるえる指先で、剥いだチラシの辺りを指す。
すると、剥がされたはずのチラシがぼやーっと浮き上がり、何事もなかったかのように戻る。
「こりゃ、どういう事だ?」
職人は自称女神を放し、破られたはずのチラシをじろじろと見る。
破れた継ぎ目も何も分からなくなっており、文字通り元に戻ったとしか思えなかった。
「無くなった分はしばらくすると元に戻るんですよぅ。でも、取った物はそのまま残るんですよぅ」
そう言うと自称女神が、先ほど破いたチラシをプラプラと振る。
「珍妙なこったなぁ…ん?、てことはなにかい?。儂が米やらを食っても元に戻るって事かい?」
「コメってのが良く分からないけど食べ物ですよぅ?。今この部屋にあるものは全部元に戻るので、それだけは安心して欲しいんですよぅ」
自称女神がエヘンとばかりに胸を張る。
「なるほどなぁ…ん?。そう言えばこの部屋の電灯は点いたままなんだが、これもそのままって事なのか?」
「デントウ?。あぁ、その灯りの事ですよぅ?。なんか魔力的なものは部屋にあった分は常に補充されるので、ずっと切れない筈ですよぅ」
職人は伝統から伸びる紐を引くと、パチンと灯りは消える。
「………これは勝手に点いたりはせんのか?」
「点く消えるは壊れたじゃないのでだと思うんですよぅ。きっと壊れたとかじゃなかったらそのままだと思うんですよぅ」
自称女神の言った言葉に、職人はハッとした顔をして自分の工房に戻る。
そこには、ついたままの火がゆらゆらと揺れていた。
「こういう火はどうなるんだ?」
「火自体はつけたり消したり出来るはずですよぅ。でも、その炭は減ったりしても元に戻るので、自分で消さない限りずっと燃えてると思うんですよぅ」
職人が驚いたような顔をして火を見ている。
ふと職人の目の端にTVが入る。
なんとなく近付いてスイッチを入れるも、どのチャンネルも砂嵐の様な画面しか映らなかった。
「TVはダメか…でも電気自体は流れるから、点きはするんだな」
そんな風に納得しながら、横で充電しているスマホを手に取る。
電源は入るものの、電波が入らないのでインターネット等への接続は無理な様だった。
「電話も無理か…まぁ写真程度は撮れるか」
運良く帰れた時は、いい土産になるかもなと職人は気楽に考える。
それから職人は部屋の水道やガスを調べる。
その結果、風呂は沸かせるし水も出るし、給湯器もちゃんと使える事が分かった。
念のため冷蔵庫も見たが、そちらも電力はきちんと供給されているようで、問題なさそうだった。
「そういえば、この中に入っている食品とかはどうなるんだ?」
「一応この部屋の時間は固定されてるので、傷んだりはしない筈ですよぅ。ところで、その箱はなんですよぅ?」
自称女神が興味津々に、中から明かりが漏れる箱へと近付いてくる。
「なんか冷たいんですよぅ!?。この箱は氷なんですよぅ?」
「冷蔵庫っていう便利なもんだ。肉も野菜もそこそこあるし、とりあえず飯は大丈夫か」
職人はそう言うとパタンと冷蔵庫を閉じる。
職人は足元に置いてある清酒を手に取って、そこをじっと見る。
すると無くなったはずの酒瓶がぼやーと浮かび上がっていき、しばらくするとまた清酒の瓶がそこにあった。
もちろん手に取った清酒はそのままである。
「…酒も飲み放題か!。こりゃあながち悪くないかもな」
職人は今日一番のいい笑顔を見せるのだった。
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