第2話 ばあさんへ。自称女神に会いました。



「あ、やっと出てきましたよぅ。全然出てこないから転移を失敗しちゃったんじゃないかって、ずっとドキドキしてたんですよぅ」


引き戸を開けたままの恰好で固まっている職人に、珍妙な服装をしたまだ若い女性がトテトテと駆け寄ってくる。


「…あんたは誰だ?。そもそもここはどこじゃ?。儂はあの街に居た筈なんだが?」


職人は混乱しているのか、指示代名詞ばかりで何を言ってるかさっぱり分からない。


「あ、自己紹介がまだでしたよぅ。私、この世界の女神の『ショコラ』っていうんですよぅ。以後よろしくなんですよぅ」


「あ、こりゃどうも」


自称女神がちょこんと頭を下げるので、つられて職人も頭を下げる。



「………ところで、なんでお爺さんなんですよぅ?」


自称女神が不思議そうな顔をして、目の前の職人を見る。


「なんでって…儂は儂なんだが?。嬢ちゃん、もしかして儂を誰かと勘違いしとらんか?」


「え?。木下さんで当ってるですよぅ?」


未だ不思議そうな顔をしたままの自称女神は、そう言って職人の顔をじっと見る。


木下きのした藤吉郎とうきちろうさんですよぅ?。自分の手腕だけで天下統一を成し遂げた、凄い人って聞いてますよぅ?」


「それは太閤さんの事だろ?。儂は『木下藤吉』なんだが?」



自称女神の顔が、不思議からどんどん変わっていく。


「え?…胸から靴を出したり、一晩でお城を作った凄い魔法使いって聞いたんですよぅ?」


「近い話はあるが、魔法は違うのじゃないか?」


自称女神の顔が、不安という色に染まり、目が完全に泳いでいる。


「え?、え?…じゃあ、お爺さんは天下統一をしてない木下さんですよぅ?」


「…天下統一をした木下さんは太閤さんしかおらんしなぁ。とりあえず儂は違うな」



自称女神がガクガクと膝から崩れ落ち、両手を地面に着ける。


「え?、え?、え?。魔力使い果たしちゃってるから次の人を呼ぶ事は出来ないのですよぅ?。これからどうするですよぅ?」


ブツブツと独り言を言い続けている自称女神を見下ろしながら、職人は申し訳なさそうに声をかける。


「まぁ人違いは大変だったな…って事だから儂は関係ないんで、元に戻してくれんか?」


職人はどの程度状況を理解しているのか、それとも考えない様にしているのか、極めて冷静なそぶりで話しかけながら自称女神を見る。


話しかけられた自称女神は、眉を寄せてハの字にして涙目だ。


「…………戻せないですよぅ」


「…は?」


職人は語気強く言うと、自称女神をキッと睨む。


「ひぃっ!?………ご、ごめんなさいなんですよぅ。でも、この世界を襲っている魔王を倒すまでは、召喚された勇者は戻れない事になってるんですよぅ」


「魔王って…昔話でもあるまいし、そんなもんが居る訳なかろうが!。儂は忙しいんじゃ、さっさと戻さんかっ!」


自称女神がきょとんとした顔に変わり、目の前で手をフルフルと振る。


「いやいや、お爺さん。ここは既に『異世界ジェラート』なんですよぅ?。お爺さんの居た地球ってとことは全然違う時空なんですよぅ」


「…つまり嬢ちゃんは、儂にずっとこの森で過ごせっていうんか?」


片手で額を押さえ、どうしたものかと考えている職人に、すくっと立ち上がった自称女神が近付いてくる。


「それは大丈夫なんですよぅ。お爺さんの家ごと別空間に固定してあるから、こうやるといいんですよぅ」


そう言うと自称女神が引き戸に手を当てると、引き戸がキラキラと光りながら消え去る。


「わ、儂の家の入口がっ!?。嬢ちゃん、儂の家をどこにやった!!?」


職人は自称女神の胸ぐらを勢い良く掴むと、軽く吊り上げる。


豊満な胸がぽよんぽよんと掴んでる腕に当たってはいるが、職人の表情が柔らかくなることは全くない。


「ぐ、ぐるじいですよぅ…お爺さんの家は、こうやるとどこからでも戻れるんですよぅ…」


そう言って手をワタワタとさせ、辛うじて届いた大木の幹に触れる。


するとまたキラキラと光ったかと思うと、見慣れた自分の家の引き戸がそこに現れた。


職人は自称女神を掴んでいた手を離し、ガラリと引き戸を開ける。


そこには今まで何十年も過ごしてきた、見慣れた自分の家兼工房があった。



「…よく分からんが、そーやってペタって触れば家の扉が作れる、って事か?」


「触るだけじゃないんですけど、大体あってるんですよぅ。あの扉以上の大きさのある程度平面なとこなら扉を呼び出せるんですよぅ」


職人は腕を組んで「ほぅ、なんか便利な世になったのぅ」と普通に感心している。


「…まぁいいや。茶位は出してやるから、とにかく嬢ちゃんもうちに入れ。色々分からんことだらけでじっくり話が聞きたい」


「………はい、ですよぅ」


自称女神がしょぼんとした諦めモードの顔のまま、ノロノロと職人に続いて引き戸をくぐる。


職人が後ろ手で引き戸を締め、大木の幹の一部がキラキラと光ったかと思うと、引き戸がさっぱり消えてなくなっていた。



そして森林は、また静寂に包まれるのだった。


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