第37話


 娼館の主は、俺のことを知っていた。かつてAランクパーティのエースとして活躍していた頃の俺を知っているらしい。

 どうでもよかった。

 まずはお茶でも、と愛想笑いをしながら椅子を引いてきたその仕草が気に入らなかった。俺のことを知っているなら、俺のことを見捨てたということだ。生きていていい理由などない。

 剣を抜いた。相手はキョトンとしていた。

 なぜ自分が殺される可能性があると想像して俺の前に立たないのだろう?

 俺は戦士だ。裕福な豪農とは違う。階級が違う。生き方が違う。

 在り方が違うんだ。

 俺は使用人たちの前で、オーナーの首を飛ばした。生首はごろごろ転がっていって部屋の壁面にぶつかり軽い音を立てた。大した脳みそも入っていなかったんだろう。クズ肉が。

 怯えてその場にへたり込む使用人どもに怒鳴る。


「おまえらそれでも人間か、コキ使ってきたゴミが死んだぞ! 喜んだらどうなんだ? おまえらは自由だ。誰に使われることもない、誰を殺したっていいんだ! 死ぬやつのほうが悪いんじゃないか!」


 だが使用人どもは目に涙を浮かべたまま首を振るだけだった。俺はため息をつく。いったい俺は、何人の生きていても意味のないゴミを見なくちゃいけないんだろう。今すぐ皆殺しにすれば、俺の苛立ちも収まるというのに。


「生きていたくないなら、そうしろ」


 俺はへたり込んでいた使用人どもの首を斬り飛ばした。やはり人を斬るのはいい。肉の繊維を刀身が滑った瞬間に、もうこいつらは俺を不快にすることなんてないんだと落ち着いた気持ちになる。深呼吸できたような気持ち。


「ひ、ひえっ……」

「生きていたいなら、最初からそうしろ!」


 逃げていくやつらは追わず、俺は娼館を出た。もう首飾りなんてどうでもよくなった。

 一人になりたかった。

 かつて、育ての親代わりだった老婆が言っていた。おまえの父親は火山のように怒り狂うと誰も手をつけられなくなった。だから、盗みの疑いをかけてムラ全体で殺してしまったのだと。おまえもその血を引いているから、ろくなものじゃないと。

 俺はその老婆も殺した。そして冒険者になった。

 父親? たかだか田舎の農民に槍で串刺しにされる程度の雑魚、血縁関係があると思うだけでおぞましい。

 俺は俺だ。

 だが、たしかにこの気性は先祖から引き継いだものらしい。めまいと怒りで視界が真っ赤になっているのをどこか遠い気持ちで感じる。

 そうか。

 もしかしたら、俺はこれでも無理をしていたのかもしれない。

 この大陸の農民は、かつて狩猟民族を滅ぼして領地を広げてきた民族だ。

 よってたかって弱いものいじめをして、自分を高めようという気概のないやつらだ。それが俺の鼻につく。きっと俺は、滅ぼされた民族の末裔なのだ。

 だったら殺してもいいか。

 いくらでも。

 あいつらの方が、俺の血縁者を殺してきたのだから。数を合わせておくに越したことがない。

 こういう気分になると、誰かを巻き込んでしまう。

 だから俺は俺の女たちに何も告げず、その街を去った。

 一人になりたかった。

 だから、次に寄った小さな村の人間は皆殺しにした。

 俺一人になったところで、村長の庄屋の寝床に転がると、思っていたよりもずっと安らかに眠りにつけた。

 これを幸せというのかもしれない。


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