第19話
俺たちはダンジョンの最下層に到達した。
まがまがしい雰囲気を放つ扉の前で、ミルキがごくりと生唾を飲み込む。
「つ、ついにダンジョンボス戦ですね……」
「そうか、ミルキは初めてか」
「はい……というか、ほとんどの冒険者が見たこともないと思います。大半は途中で引き返すものですから……」
「ふむ。そう気を張らなくてもいい。こんなものは慣れだ」
「な、慣れますかね……私……レイジ様は特別だと思います」
「そんなことはない。アリシアだって怯えていないだろう?
俺たちにあるのは自信だ。いいかミルキ、たとえ相手が自分より強くても、相手は雑魚だと思い込め」
「ひ、ひい……そんなこと、できないです……」
俺はミルキの両肩をしっかりと掴んで励ます。
「いいや、相手は雑魚なんだ。なぜって、相手が自分より本当に強かったら俺たちは死んでしまうからだ。だが、俺たちは死なない。死なないのだから、相手は自分より弱い。当然の帰結だ」
「う、うう……」
「……まだ難しいか。いいさ、おいおいな。アリシア、いくぞ」
「かしこまりました、レイジ様」
俺たちは扉を開いた。
広大な空間の中央に、騎士の鎧が椅子に腰かけていた。
「え、装備だけ?」
「いや、違うな」
俺が呟くと、それに呼応したように騎士の鎧が立ち上がった。
兜の奥の瞳を爛々と輝かせている。
「我の眠りを妨げるのは貴様らか?」
「そうだ。我が名はレイジ。このダンジョンを攻略しにきた。神妙に死ねぃ」
「ふっ、女連れで何を血迷ったことを……この剣魔・ガゼリア様に盾突いたことを後悔するがいい!」
裂ぱくの気合が風となって吹き荒れる。
ガゼリアという騎士は剣を抜いた。
「アリシア、距離を取って攻撃しろ。おまえが斬られては叶わん」
「はい、レイジ様」
「ふふふ……愚かな。距離を取って攻撃する権利など、貴様らにはない!」
ハアッ!
ガゼリアの一閃が奔った。どこを攻撃しているのかと思えば……
ズババババババッ!
「き、きゃあ! 服が……」
「あらあら」
俺の背後で、ミルキとアリシアが下着一枚の姿に剥かれていた。バラバラになった衣服が床に散らばっている。
「ふははははは! 見たか、我が風王剣の力! この剣にかかれば、自分が望んだものだけを遠距離から切り刻むことができる! 次はおまえだ、レイジとやら!」
「ほう……なかなかいい剣だ。だが、俺には効かないな」
「なんだとォ……!?」
「遠距離からの剣撃など俺にもできる。どれ、見せてやろう」
俺は太刀を居合の構えに取った。
ガゼリアも鼻で笑うと、俺とまったく同じ姿勢を取った。
「我はガゼリア、人間だった頃は王都騎士団随一の剣士だった男! 流れの冒険者に引けを取る剣では無いわァッ!!!」
「それは……どうかなっ!」
ガキィィィィン!
俺たちは剣を抜き放った。
そして……
「ふ、ふふふふ……グハッ!?」
ガゼリアが膝をついた。鎧に一文字の傷跡が生まれている。
「ば、バカな……この我が……」
「よい剣筋だった。誉めてやろう。だが、魔王討伐者である俺には通じんな」
「ま、魔王討伐者……そうか、貴様が噂の……う、うぐっ……」
ガゼリアは両手を広げた。
「斬るがいい……最後の相手にはふさわしい男であった」
「ふむ……俺の強さを感じ取ったか。よかろう」
俺は剣を収めた。
「おまえもこのダンジョンに封印されていただけだろう。逃がしてやる」
「な、なんだと……」
「その代わり、その剣をよこせ。気に入った」
「……ふ、情けをかけられるとは……天晴也(あっぱれなり)。
了解した。我はレイジ……いや、レイジ殿。逃がしてもらう代わりに、今後はそなたの力になろう」
「ほう、いいのか?」
「ああ。強いものに従う。それが男の世界だ」
「物わかりのいいやつだ」
俺はガゼリアから風王剣を受け取った。
「それがあれば、いつでも婦女子の衣服をはぎ取ることができるぞ」
「べつにそれが目的ではないのだがな……ま、ありがたく貰っておこう」
「うむ。それでは、我は失礼する。用があるときはこの角笛を吹いてくれ」
ガゼリアは半裸のミルキにいかつい角笛を渡した。ミルキは思わず受け取る。
「わ、わわ。重い……」
「小さくなれと念じてみろ。クビにかけられるほど縮む」
「あ、ほんとだ。小さくなった」
「では、我はこれで。旅の幸運を祈ろう」
ガゼリアは去っていった。
「……いい人、だったんですかね?」
「それはわからん。裏切るかもしれんしな。今後のやつの働き次第だ」
「レイジ様は凄いです……あんな強い相手も従えてしまうなんて」
「まあな……ところでミルキ」
「なんですか?」
「胸を隠したらどうだ?」
「えっ? き、キャーッ!!」
「やれやれ……」
丸見えであった。
アリシアの管理するアイテムボックスから、二人は予備の衣服に着替える。
そして、俺たちはダンジョンコアのある部屋に入った。
「これで、この都市も滅亡だ」
アリシアがいとおしげにダンジョンコアを見上げている。
「これで、レイジ様に逆らえばどうなるか、また世界が一つ知るのですね」
「ああ。誰もが俺に頭を下げるようになるまで、俺の戦いは続くのだ」
俺は安置してあるダンジョンコアを掴み、粉々に打ち砕いた。
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