第4話 洞窟。

木の上でしゃがんでいた体を起き上がらせると、体全体に魔法を掛けた。


(『偽装変装ハロウィンハロー』──発動)


彼の体が一瞬だけ光りで歪む。全身に広がって収まると、まったく別の姿をした者が姿を見せた。


【無属性】原初魔法『偽装変装ハロウィンハロー』。


対象の姿を変えてみせる変装魔法。目撃者の目欺く為、ジークは自分の姿を冒険者仕事用の姿へ変えた。


(よし、変装完了)


黒だった髪は真っ赤な色となり髪型も変わる。瞳も赤く変色すると、身に付けた学生服と黒のローブが一変。白のローブと長袖の黒い服、薄い黒いズボン姿に変わっていた。


「一応顔も隠すか」


念には念を入れ、ローブの紐を結び付いているフードを深く被る。身元がバレないように変装してあるが、万が一正体が露見すると厄介なので気を付けている。


「じゃ、……狩りの時間だな」


剣を構えて洞窟内に侵入する。目の虹彩は違うが、その視線は先程オークを見下ろした時と寸分違わず同じ。


──薄い笑みを浮かべて、狩人の目をしていた。



◇◇◇



「『眩しき照明フラッシュライト』!」

「ブォッ!?」

「ブォホ!? ホッ!?」


左腕を上げると手のひらを開き、そこから魔法を発現させる。眩ゆい光が洞窟内を照らし、敵の視界を奪った。


【光属性】Dランク魔法『眩しき照明フラッシュライト』。

視覚阻害の閃光魔法である。


「じゃあ、な!」


目が眩んでいるモノたちにそう言い捨てると、持った剣を振るう。一時的に視界がダメになっている為、そのモノたちはあっさりと彼の刃を受ける。狩の対象となったオークたちは何が何やらと、混乱した様子で死んでいく仲間の死を感じた。


「ブォ──!?」


「ブォ! ブォ──!?」


肉が切れる音と血しぶきが飛び交い、激しく動揺するオークたちだが、ジークは止まることなどせず、クリスタルの大剣を片手で振るって扱い、慌てふためく群れごと斬り裂いていく。


「ブォッ! ブォッ!」


「ブォホ! ブォホッ!」


「ブォ!? ブォ〜〜〜!」


「ブォ──!?」


洞窟内に響くオークたちの悲鳴。その悲鳴に驚いて奥から次々とオークが現れていく。それを繰り返して奥に潜むモノたちを引っ張り出していくと、彼の予想通り、様々な種類のオークが住み着いていた。


「ッ! どこの飼育場だ!? 居過ぎだろ!」


来るわ来るわ烏合の衆。

洞窟の奥からや端から端。至るところから続々と現れるオークをバサバサと斬り捨てる。種類云々も気になりはしたが、あのジェネラルブラックオーク級ではないのならと、殆ど確認せず斬っていく。


……完全に無双状態である。


暗い洞窟に住み着いているオークたちに、光の魔法は有効な魔法なのは確かだが、こうも簡単に次々と斬っていくと、この程度で苦戦したどころか仲間を失ったという冒険者たちに、少なからず不満もあった。


(それも含めて危険な依頼だということかもしれないが、それでもちゃんと安全にやってほしい……な!)


そうして視界を奪い混乱させる方法を連続で行い、その間に次々と剣で斬って進む。辺りのオークも一通り倒し終えると、さらに奥の穴ぐらへ進んだ。


すると。


「ブォ〜〜〜ッ!」

「ブォホ!」

「……来たか」


奥からまた複数のオークが出現。その中には最重要の討伐対象であるジェネラルブラックオークの姿もある。その数は二体。


一体は大剣を持ち、もう一体は前のオークと同じで石の棍棒を構えてジークに向かって突進して来た。他にも五星のレッドオーク、オークメイジ、オークアーチャーなど、数にして三十近くが揃っていた。


通常のオークも加えると、その総数は五十を超えていた。


「『眩しき照明フラッシュライト』!」


それを確認するや否や、すぐさま先手を取った。突っ込んで来たジェネラルブラックオークを中心にして。

再び強烈な光を発生させる魔法でオークたちの視界を潰した。


さらに。


「『増悪障害ヘイトジャマー』!」


追加で精神干渉系の闇の魔法も全体に放つ。薄い闇が洞窟内で広がる。


【闇属性】Cランク魔法『増悪障害ヘイトジャマー』。

受けた対象の増悪ヘイトを増加させる精神系。効果の大小はあるが、興奮状態にして冷静さを奪ってしまう。


抵抗レジスト耐性がないオークには効果的だった。


「ブォ──!?」

「ブォブォ〜〜!?」

「ブォホブォホ!?」


二重の妨害魔法の影響で、数は多くても混乱状態になるオークの衆。その中には、五星のオークも混じっているが、普通のオークと大差なく、取り乱した様子で戦える状態ではなかった。


「いくぞ!」


混乱状態でいるオークの群れに突っ込み。一気に斬り捨てて行く。先程と同じ展開である。側のオークが殺されたのを野生の勘か、肌で感じ取ったオークが慌てて、それが他のオークたちに連鎖していく。


(群れを狙うなら共倒れを誘えだったか? いい具合に広がっているようだ)


冷静に見ながらジークはそれらのオークたちを斬っていき、さらに残ったオークたちも始末しようとする。


……だが。


「ブォ!!」

「───ッ」


四体程斬り捨てたところで、彼の前に黒い影が浮かぶ。咄嗟に後方へ退がると、他のオークからの奇襲に警戒しながら、そいつに視線を向けた。


「ブォホッ!」

「ブォブォーー!」

「やっぱお前たちは効いてないのか」


彼の前に立ったのは二体のオーク。この場で最も警戒すべき相手。ジェネラルブラックオークだ。

混乱している仲間たちを守るように立ち塞がって来た。


「そこまで簡単ではないか」

「ブォーー!」

「ブォブォ!!」


先程の魔法が効いてなかったか、手に持つ武器を振るって警戒する彼を襲う。同士を倒していく彼に憤慨して地響きを上げながら、二体のオークはさらに迫って来た。


「ッ! デカ物が……」


そんな二体に一瞬だけ顔をしかめるが、すぐさま戦法を切り替える。


(『短距離移動ショートワープ』)


素早く魔力を練り上げて魔法を発現させる。薄い魔力の渦が体から発生すると、飲み込むように彼を包み込んで。


──シュンッ!


次の瞬間、その場からジークが姿


『無属性』原初魔法『短距離移動ショートワープ』。

空間を移動する魔法を発動させた。


「「ブォ!?」」


突然視界から消えたジークに、二体のオークは驚愕する。慌てて視線を左右に動かすが見つからない。気配は確かにするが、何処かにいるか分からなかった。


その時間は約数秒ほど。


「『絶対切断ジ・エンド』」


その僅かな数秒が、彼を見失ったオークたちには致命的である。そんなオークのたちの耳に。彼の声が届いた。


「「──!?」」


空間移動で二体の背後に回ったジーク。片手に持つクリスタル剣を構えると、再び魔力を練り魔法を発動させた。


【無属性】原初魔法『絶対切断ジ・エンド』。


静かに呟くと同時に、持つ剣に複雑な魔法式が組まれて魔力となり浸透する。

解析が不可能な特殊な魔法式を込めた魔力。発動させるとクリスタルの刃が発光する。


激しさはないが、静かに揺らめて発光する魔力には冷たさがあった。


「ブォホ!?」

「お、気付いたか! ……けど遅い!」


二体の内一体が背後にいる彼に気付いたが、既に剣を横に振り斬ろうとしている。洞窟ということもあってか、狭い中、オークたちは躱す暇もなく腹部を横に斬られてしまう。


「ブォ、ブォ……!?」

「ブォホ……!」


腹を斬られたオークたちだが、まだ死んではいない。痛みで苦しむが、視線はまだ彼を捉え腕も動いた。


「ほぉ、まだ動けるのか」


視線に気付いた彼が感心したように呟くが、オークたちは気付いていない。ギリギリのところで倒れずに済むと、すぐに武器で攻撃をしようとした。が、そこまで動かしてたところで、自身の体に違和感を感じた。


「そんな体で」


斬られた腹から上の感覚はあるが、腹から下の感覚がないことに気付いた。


「ブォ、ブォ……!」

「ブォ……!?」


自身の体が上半身と下半身で真っ二つにされていることに。


「生命力はなかなかだが、肝心の頭がな」

「ブォ……!」

「ブォホ……!」

「終いだ」


絶望感を漏らした二体のオークだが、感心から呆れた顔をしたジークの無慈悲な一撃が迫っていた。


「『絶対切断ジ・エンド』」


なんとか抵抗を、と最後の足掻きをしようしたオークたちだが、既に斬られた半身は感覚を失っており、大して動くことも出来なかった。


立ち尽くした姿勢のまま、ジークの剣によって縦に真っ二つにされた。


「ブボッ!?」

「ブゥッ……!」


二重の妨害魔法に行動を制限されたオークたちが、二体のジェネラルブラックオークの敗北に驚きの声を上げた。


「さっきから耳障りな鳴き声だ」


そんなオークを冷えた眼差しで見るジーク。洞窟の所為で反響するオークの悲鳴にイラついた様子で呟くと。


「心配する必要は無い。次はお前らだ……豚共」


宣言と共に彼の狩りは再開され、オークたちの悲鳴もしばらく続いた。



◇◇◇



「本当に数だけは無駄に居るな」


倒したオークたちを魔法で回収しながら、そんなことを呟く。 既に七十体近く倒したが、まだ洞窟内にはオークの反応が沢山存在する。まだまだ先があるようだと理解して、どうしたものかとため息を零す。


「はぁ、……先を進むか」


とりあえず歩き出すことにする。退治もそうだが、人質の救出もある。急がなくてはならない。


「一番の問題はジェネラルブラックオークの数だよな」


倒したジェネラルブラックオークは全部で三体。情報ではあと最低一体は必ず残っている。だが、その情報も過去の物だ。現在もジェネラルブラックオークが四体という保証はない。


それほど脅威でなくても油断に繋がり、思わぬ事態に発展する可能性もあるのだ。


「いっそまとめて倒せれば楽なんだが」


そう呟くが、すぐ首を横に振る。出来たら最初からこんな苦労はしない。現実的ではないと、心の中で否定した。


(いやいや、それは駄目だろう。まとめて片付けるとか、悲惨な光景しか浮かばんぞ)


確かにさっさと貫通系の攻撃魔法で周囲に一斉攻撃するか、入らずに洞窟の入り口から強力な魔法で洞窟ごと大群を全滅させる。シンプルであるが一般の魔法師には出来ないが、その常識には入らないジークは、仮の案として考えてはいた。


(仮でも危な過ぎる。どうも俺は昔から変な方向に考えがいってしまう)


当然、囚われている人質が居る中で、そんな魔法を使ってしまえば間違いなく人質の命はないだろうが、できない方法というのにそんなことを考えてしまう。


昔から突拍子のないことをよく思い付いたが、こんな時でもつい脳裏に浮かんでしまった。


「けど、このままだと時間が掛かるな」


洞窟内にはまだまだ沢山のオークが居る。人質の安全を考えるとすべてのオークを倒してから救出した方が確実だが、今言ったように時間が掛かり過ぎる。 焦りはないが、時間が過ぎていくごとに辛くなってしまう。


「どうするか」


このまま長期戦で倒していくかそれとも。危険を承知で賭けてみるか。


(ここまで入れば見つける方法もある。まとめて倒す殲滅案はある。問題は後々の影響か……どうする?)


二つの作戦案を頭の中で並べて、どちらの案を採用するか考える。


「……」


しばし黙り込み、少し間を置くと。


「まあ、しょうがないか。ここは人質の安全が優先だ」


またギルド、というか街が騒がしくなるかもな。と諦め顔でため息を吐いて、持っていたクリスタル剣を魔法でしまうと周囲に意識を集中する。


「『魔力探知マジックサーチ』、『魔物探知モンスターサーチ』」


洞窟内で二重の探知魔法を掛ける。その際、脳裏で上から見下ろすように、地図のようにして魔物の位置とそれ以外の者たちの位置を把握すると。


さらに追加魔法を加えた。


「『透視眼クレアボヤンス』」


感じ取った魔力のある方へ視線を向ける。視界の先には洞窟の壁があり、先は一切見えない。


しかし、その眼は先を見透かす魔眼。瞳に魔力が集まり効果を発揮させる。


「……いた」


ジークの目には壁が透き通り、奥の奥まで視界が進んでいく。いくつもの岩壁を通り抜けた先まで進み。そこへジークは捉えた。


自作で作られたであろう檻。その中に押し込まれている人質の姿を。


これが彼が扱う魔眼の一つ。

あらゆる遮蔽物を通し視野を広げていく瞳。


【無属性】原初魔法『透視眼クレアボヤンス』。


言葉の通り透視の魔法であるが、悪事なことには使ってないと付け加えるジーク。 場合によってはとんでもない能力なので、極力戦闘以外では使わないが、今回は当然例外。


その場所に視界を集中させる。


「予想以上にヤバイな」


予想通り男性は居らず女性のみで人数は四人。

全員グッタリしており、その光景を向けたジークの瞳に……。


「……」


怒りのようで、殺意のようで、悲しみのような、負の感情が赤い彼の瞳を濁らせ──。


「──っ!? うぉ!? 危なっ!? ダメだ! ダメだぞ絶対!?」


と、寸前で慌てたジークが、首を左右に強く振るうと霧散して消える。なんとか戻ったことに安堵するが、急激な精神的な変化に、今度は心臓が激しく鼓動を鳴らしており思わず膝を付きそうになった。


(いかん! つい抑えが外れそうになった!)


無意識のうちに洞窟を破壊し尽くして、怒りのままに暴れようか。一瞬でもそんな感情が巡ったことには、これ以上は危険だと途中で思考を切り替えた。


「ふぅ、……よし」


心を落ち着かせ自分が今何をしないといけないのか、改めて認識し直す。

透視眼クレアボヤンス』を解除して捕捉した人質の魔力を伝って、空間移動の魔法を使用した。


「『長距離移動ロングワープ』」


【無属性】原初魔法『長距離移動ロングワープ』。


先程の『短距離移動ショートワープ』の上位魔法。


同じように魔力の渦が出現して、ジークを包み覆い尽くすと。


魔力の発生位置を目印に空間を移動した。



◇◇◇



「ぅっ、だ、だれ……?」


空間を飛んだ彼の視界には、ボロボロの服を着た女性の姿がある。

壁にもたれたまま、突然現れたジークのことをぼんやりとした目で見ている。

すぐ近くにも横たわっている女性もおり、そちらの女性も服がボロボロで、ぼんやりした目でジークを見ていた。


(この二人はまだ大丈夫そうだ……問題は)


視線をさらに檻の隅へと移す。視界を飛ばして事前に視たが、そこには魔眼越し以上の悲惨な光景があった。


「ぅ…ぅっ」

「かぁ〜〜! あぁ〜〜!」


正気であるかどうかも怪しい。壁を背にして膨らんだお腹をさすり、虚ろな目で苦しんでいる二人の女性がいた。


「っ」


辛そうに目を逸らしそうになるジークだが、もう一度目に魔力を込めて確認した。



(『透視眼クレアボヤンス』)


先程ここを視る為に使用した魔法。

透視の魔法で女性のお腹の中を確認した。


「っ───!!」


中にいるモノが視えた瞬間、酷く吐き気に襲われ──心がざわついた。


(お、落ち着け! こ、この感じは……マズいから! 頼むから落ち着け!)


瞬間、蘇りそうになる血の記憶。

殺戮さつりくという言葉が似合う、地獄の景色が目に飛び込み、彼に思い出させようとする。


「っ、ふぅ、……よし!」


が、どうにか持ち堪えて状態を確認したジークは、まだ間に合うと知り急ぐことにする。こんな時にトラウマで固まっている場合ではないと、凍りそうになる思考を動かした。


「失礼します」

「うっ!?」


二人のうち片方に近付くと、女性の服をめくりお腹を出させる。苦しむ中ジークを視認して一時的に正気になった女性。突然の彼の登場に驚いているが。


「これから脱出しますが、その前にあなた方のお腹にいるモノをします。少しの間、じっとしててください」


「え……?」


困惑する女性を無視して右手を女性のお腹に触る。

一度息を吐くと覚悟を決めたようにを唱え始めた。

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