第3話 探索。

ギルドからの依頼を引き受け、街を出たジークは森林の中を歩いていた。


「ここら辺か?」


依頼内容に記載された標的がいる『森の道』。

情報が正しければこの近くにいると予想して、彼は迷うことなく歩いていく。


「んー」


しばらくすると、周囲から感じ始める微かな気配。一度歩みを止めて周囲を見渡した。今いるのは『森の道』と呼ばれる場所。ウルキアの街を出て、二時間ほど歩いた先にある森林。


(当たりか?)


ここは昔から魔物が多く住み付いている森林として有名だ。奥に進めば進むほど危険な魔物と遭遇する可能性が高く、大変危険な場所なのだ。


(人がいなくて助かる。お陰で誤魔化す必要がないからな)


決して今の彼のように、一人で呑気に歩くような場所ではない。


ただ、彼がここに来たのは、ギルドで依頼を受けてから二十分も経っていない。

かなりの移動距離だったが、大して疲れた様子もなく彼は依頼を完遂する為に、さっさと魔法を使用した。


「さ〜て、どうかな?  ──『魔力探知マジックサーチ』、『魔物探知モンスターサーチ』」


最初に使用したのは、周囲の魔力を探知する魔法だ。五感を通して彼に伝わる。


【無属性】Dランク魔法『魔力探知マジックサーチ』。


周囲の魔力の気配を視覚など感覚器官を通して伝っていくのが分かる。


【無属性】魔物探知モンスターサーチ』。


そして通常の魔力探知に重ねて発動させたのは、周囲の魔物を探知する『魔物探知モンスターサーチ』。魔物専用の魔法で他の生き物には使えないが、この魔法を使えるのは彼だけだ。


魔物を探知するためだけに特化した『魔力探知マジックサーチ』の上位の派生魔法とも言える。


他のことでは使えないが、探したいのが魔物であれば、実に便利な魔法だ。

さらに見つけた際の対象次第では、どの種類の魔物を探知したのか、ある程度の識別も可能だ。


「───《《見つけた》》」


そして、二重の探知魔法により周囲を探索していると、探知魔法に反応があった。

そして簡単な識別で魔物の種類を見分け。


「近付くか」


あっさり見つかった敵がいる方角に、体ごと視線を向けて駆け出す。


◇◇◇


「……ん、アレか」


それを目にした途端、走るのを止め木の陰に隠れる。

チラリと目を向けて、彼はそこに居る標的───魔物を観察した。


「ブホッブホッ」


豚みたいな顔で人のように立ち。二メートル程はある巨体のオーク。

上半身は裸で下は布のような物を着けて、地面には武器らしき石の棍棒が置いてある。


「んー、情報通りただのオークじゃないな」


キリアに借りた資料を頭の中で読み返して、情報が正確であることを再確認する。


少し話をズラすが、魔物にはランクが存在する。

最弱の一星の《小級》から十三星の《最上魔神級》までランク付けされている。


ちなみにオークは四星の《初級》ランクで、CからDランクの《中級位》の冒険者が討伐することが多い魔物だ。

特徴はさっき言ったのと同じ。


ただし。


「確かにCランクぐらいじゃ、あのオークは無理だな」


ジークの視界に映っているオークは、通常のオークとは全く違っていた。


四星のオークと特徴が同じなのは体型だけで、その皮膚が違っている。

通常は薄い灰色で背中の毛が濃いが、目の前のオークは──全身が黒い。


「黒い皮膚で背中には濃い逆撫でた毛──ジェネラルブラックオーク。の《獣魔級》だな」


通常のオークとは二つ星違うだけに思えるが、四星のオークを狩ることが多いCランクやDランクの冒険者にとって、この差はとても大きい。


たとえば四星の《初級》オークが十体分くらいの戦闘力を持つのが、五星の《中位級》のレッドオーク。


他にもオークウォーリア、オークメイジ、オークアーチャーなどの同列ランクのオークもいるが、彼の視界に入るジェネラルブラックオークは先程挙げた、五星のオークの戦闘力を持つ魔物だ。


ジェネラルブラックオーク級を討伐するには、最低でもBランク以上かつチームでの討伐が好ましい。

Fランクの《初心者》な彼が戦うなんて、馬鹿馬鹿しいと思える程の相手なのだ。



しかし、彼は退かない。

ようやく見つけたといった表情で笑みを浮かべた。


「さて、やるか───ふぅ」


コキっと首を鳴らして軽く息を吐く。手のひらに魔力を集めて意識を向ける。

すると手から小さな魔法陣が浮かび、そこから蒼色の輝きを放つ。剣の柄と思われる持ち手を抜くとクリスタルで出来た大剣が出現した。


魔力の原石で出来ただ。


何処か高級そうな形の柄から刃先まで全部クリスタル。刃からはジークの魔力によって蒼の光が纏っていた。


「よっ、と!」


右手で持った剣を肩に乗せ、首を左右にコキコキと鳴らす。

軽い準備運動のようなもので、全身に魔力を巡らせてると。


「じゃ、行きます───かっ!」


バッとその場で跳躍する。一気に十メートルほどの木の天辺まで跳躍して、生えている大きめな枝に飛び乗った。


移動走法の一つ『跳び兎』。

一瞬だけ足の裏に魔力を集めて跳躍力を高めることで、高く跳躍することができる走法。


「ブォッ?」


飛び乗った際に発生した草の掠れる音。それに敏感に反応したオーク。

自然と危険を察知したか、置いていた石の棍棒を持ち周囲を警戒している。


「よっ、ほっ、とっ」


その間にもジークは『跳び兎』を連続使用で、木の上を飛び回って行く。

警戒するオークを一切無視して、木へと木へと飛び移り、オークが立つ頭上の木へと飛び着くことができた。


「ふっ」


頭上からオークを見下ろすジークは不敵に笑う。

しかし、オークは気付いていない。少し警戒しているが、ジークに言わせれば隙だらけだった。


「──!」


一瞬の間を空けて、剣を構えたジークは乗っている木の真下。


重力に従い一気に降下した。


「ブォッ!?」


そこでようやく頭上に居るジークに気付いたオーク。だが、既にジークはオークの頭上。すぐ真上まで迫っていた。


回避するには、明らかに遅過ぎた。


「つぁぁぁぁぁっ!」


気合いの雄叫びと共に、ジークは剣を振り下ろしオークを叩っ斬ろうと──。


ガキッ───ィ!!


「ブホッ!」


が、そのジークの剣撃は咄嗟に手に持ったオークの棍棒によって防御される。逃げられないと直感したか、ギリギリで守りに入ったのだ。

流石は七星の魔物。その辺りにいる並みの魔物とは一味違うのだと、ジークは剣を叩きつけながら思った。


「っ!」

「ブホッ!」


激突し合う棍棒と大剣。

衝撃音に周囲の大気が振動する。


持ち堪えたオークは、ここから激闘が始まる。そう感じて闘気を燃やす。とそこで。

均衡しあった状態のまま不敵な笑みを見せたジークが至近距離で呟いた。


「残念だったな」

「ブォ───!?」


均衡を保ったのは一瞬だけ、次の瞬間ジークが持つ大剣が、オークの石の棍棒をいとも容易くに斬り裂いた。


その勢いでオーク自身も斬られてしまう。

守りを維持している所為で回避が遅れた。


「ブッ! ……ボッ!?」


右肩から下へ深く斬られる。

石の棍棒もスパッと半分にされてしまい、痛みながらも呆然とする。


その動揺もまた命取りであった。


「シッ!」


呆然とするオークへ斬った勢いのまま、ジークはさらに強烈な一閃を。


「ブッガッ!?」


避ける暇もなく一閃を、その身に浴びて落ちるオーク。

ほんの数手の攻防だけで、ジークはジェネラルブラックオークをいとも簡単に真っ二つにした。



◇◇◇



「まずは


死体となったオークを見下ろしながら呟くジーク。

呟いたようにまだ討伐依頼は終わっていない。報告ではジェネラルブラックオークは複数体居るとされているのだ。



今回、キリアから渡された依頼内容は以下の通りだ。


難易度は【二星】であるが、本当は【七星】。

『森の道』奥地に最近オークの出現情報が多くなっていた。オークは人類の天敵の一体、優先して倒そうと冒険者ギルドも動いたそうだ。


討伐依頼を出しCランクとDランクの構成チームが引き受けたが、結果は失敗。


八人のチームの内、男性メンバーは二人だけ生き残ったが瀕死の重傷。女性メンバーは三人居たらしいが一人しか帰って来ておらず、その女性も重傷を負いながらも命辛々帰還した。


残りの二人については、一人はオークに辱められ最後に死亡し、もう一人は現在も行方不明である。


……恐らく囚われていると思われるのが、ギルドからの見解だ。


ここからがジークの依頼。

情報にあったジェネラルブラックオークを含む、四星から五星以上あるオークの群れの殲滅と囚われている人たちの救助。


この情報だけを述べれば既に脅威度は七星の《獣魔級》どころではない。一体だけで【七星】の難易度が四体。それ以外のすべてのオークも一人でやらせるなど、どうかしていた。


実質この依頼の難易度は、八星の《龍魔級》か、九星の《剣魔級》だと推定される。


本来であればギルドから緊急要請で大勢の冒険者たちを招集して、一斉に攻撃を仕掛けて殲滅するのが、定石でありそれ以外の選択は無い筈だった。


だが、今回その殲滅依頼を一人で引き受けたのはジークだ。


ウルキアのギルドマスターが密かに協定を結んいる彼にとって、この程度の難易度は取るに足らないレベルだ。

本人にその気にさえあれば、いつでも葬れる程度だ。


「回収」


死体のオークを手で触れる。するとそこから黒い靄のようなモノが出現し、オークを飲み込んでいく。


【闇属性】Cランク魔法『常闇の押収ダークリカバリー


完全に飲み込んで黒い靄が消えると、一緒にオークも消える。残っていたのは斬った際に流れたオークの血のみだった。

何かが居た形跡はあるが、それ以外は何もなかった。


使用したのは闇の空間に収納する魔法だ。

ランクが低く便利だが、色々と機能の低さもある魔法である。


「群れが何処かに居るはずなんだが、──あそこか?」


周囲を先程と同じように、二重の探知魔法で探索する。

するとすぐに複数の魔物の反応があった。その位置は現在の場所からそれ程遠くなかった。


「この魔力流れと気配は……、オークで間違いないな」


前に感じ取ったオークの気配と魔力を感覚的に覚えていた為、複数の反応がオークであると断定する。


それが一ヶ所に集まっている場所。

そこがオークの拠点だと理解したところで。


「──ッ」


再び駆け出して一気にオークの拠点近くまで接近する。

さっきと同じように『跳び兎』で木の上を飛びながら、拠点と思われる森の中にある洞窟に視線を向けた。


近くまで接近すると、その洞窟へ探知魔法を使用する。


「……ビンゴ」


彼の予想通り洞窟の中から複数のオークの反応があった。

魔力の大きさと気配が違うのがあることから、様々な種類のオークや上位オークが住み付いていると思われる。


もうそこはオークの巣穴であった。


「あとキリアさんの言った通り人もいるな」


洞窟の中から幾つかオークとは違う気配がある。

違う魔力質を感知したジークは囚われている人たちだと判断した。


しかし、それにしても多いと顔をしかめる。それは人質のことか、それとも巣穴の主のことか。


「大家族のようだ。ウジャウジャ居やがるよ」


探知魔法は人質以外の邪魔な存在もちゃんと探知している。

洞窟が実はオークで出来ているのでは、と錯覚するほど探知魔法から数多く反応する。流石に引いてしまっていたが。


「まぁいいや、──さてと」


それも数秒の間である。

根城が見つかればあとは行動あるのみ。


「では、始めますかな」


次なる手を打とうと立ち上がり、魔力を練りだした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る