第6話  次元の穴

 そして第一話にもどる…って、誰に説明してるんだろ…僕。


 緊張の初顔合わせを終えた僕たちは、滞りなく身の回りの世話が出来たと思う。

 料理人も、この世界の料理としては最上級の品々を食卓に並べ、みなさんも笑顔で食事を楽しまれた様だ。

 柚夏の給仕も、執事長のセルバスさんからお褒めの言葉をもらえるほど、しっかりと出来ていたそうだ。

 ほっと一安心。

 なんたって、食と住が保障されている住み込みの仕事で、月に小金貨1枚と銀貨5枚の給金は、はっきり言って破格だ。

 それも、まだ見習いの域を出ない僕達が貰える金額。

 これだけのお金があれば、この世界での生活基盤は確固たるものになるはず!

 食堂で働いて居た時に聞いた、平均的な労働者の月の給金が、小金貨1~2枚。

 それで食事をし、家賃を払わなきゃならないんだから、いかにこの仕事の給金がいいのかわかるってもんだよね。


 選抜試験に合格し、引っ越しをする事になった時、リーズさんとノットさんは、

「しっかりと頑張るんだよ! 真面目に頑張ってきたあんた達に、聖なるネス様がほほ笑んでくれたんだよ。なんたって、あの使徒様のお家に仕える事が出来るんだ、きっと将来は明るいよ!」

 そういって、涙を流しながら祝ってくれた。

「…俺は口下手だから上手く言えない…だが、ユズキもユズカも真面目に仕事すれば、きっと良い事ある。がんばれ」

 僕も柚夏も、このお人良しの夫婦の暖かい言葉に、涙が止まらなかった。

 ノットさんもリーズさんも、泣いていた。

 おかげで送別会として作ってくれた料理の味は、塩味だらけになっちゃったけど。

 頑張って貯金して、いつかあの夫婦に恩返しをするんだと、柚夏と2人で心に誓った。


 そんな事を思い出しながら、初顔合わせの翌日も張り切って仕事をしていると、柚夏が窓から子爵様を見ていた。

 あれは…空手? 子爵様、空手の型しってるの? 何て事を柚夏と話してると、爆弾を柚夏が投下した!

「子爵様って、日本人なんですか!?」

 

 あの綺麗なプラチナブロンドと碧眼、男の俺から見ても整った顔、しかも僕より年下のはずなのに、かなり引き締まった身体。

 どう見たって、日本人じゃないだろ!

 どうすんだよ、変におもわれたら…この仕事をクビになったら、どうすんだよ!

 土下座して謝ったら許してくれるかな? ああ…柚夏の馬鹿馬鹿バカバカバカちんがー!

 見てみろ! 意味不明な事を言うから、子爵様が驚いて固まっちゃったよ!

 柚夏、謝れ! いいから謝れ! 僕も一緒に謝ってあげるから! 


「君たちは日本から来たのかな?」

 へ? トールヴァルド子爵は、タオルで汗を拭いながら、僕たちが居る窓辺まで来た。

「うん、確かに日本人顔だね。でも、その話をここでするのは、あんまりよろしくないな。あとで俺の部屋に呼ぶから、2人で来て」

 小声で僕たちにそう言った。日本人顔って…確かにそう言った!

 しかも、ちょっと好意的な雰囲気だった! あれ? 柚夏狙ってるわけじゃないよね…婚約者3人も居るんだから、大丈夫だよね? もしかして4人目? そう言えば、姫巫女って人は…黒目黒髪…あれ?


「どや? どや?」

 柚夏、うざい! うん、確かに今回は柚夏がお手柄かもしれないけど、ピンチかもしれないんだぞ?

 でも子爵様は、日本を知っている。何か情報が手に入るかもしれない。

 けどお前、狙われてるかもしれないんだぞ?

「ん~大丈夫だと思うよ。子爵様は、絶対に元日本人! 転生者だって!」

 お前のその楽観的でノーテンキなところが羨ましいよ。


 伯爵家の昼食も終わり、僕たちの食事も終わった。

 もちろん、順番に食事休憩をするんだけど、しっかり真っ白ふわふわなパンだった。

 この食事のレベルが3食付きなんて、本当に恵まれてるなあ。

 

 伯爵家の皆さんが、そろそろお茶の時間になろうという時に、執事長のセルバスさんが、

「ユズキ、ユズカ。トールヴァルド子爵様がお呼びです。身支度を整え、子爵様の元へ行きなさい」

 そう告げてきた。子爵様からの呼び出しだ。

「「はい!」」

 何を言われるかわからないけど、急いで行かなきゃ!

 執事の心得その一、ご主人様を待たせるべからず。

 2人で廊下をドキドキしながら、子爵様がお待ちになっている応接間へと急いだ。


 ノックをし、入室許可の声を確認した僕たちは、重厚で美しい彫刻が施された扉をそっと開けた。

「やあ、良く来たね。さあ、緊張しないで中に入って、座ってよ」

 部屋の中には、トールヴァルド子爵様と、専属メイドのサラ様の2人が待っていた。

「さあ、遠慮しないで入ってって。そんな所に立ってたら話が出来ないじゃないか。サラ、2人にもお茶を」

 促されるまま、僕と柚夏は子爵様の対面に座らせてもらった。

 すごく居心地が悪かった。

 サラ様の洗練されたお茶の淹れ方は、見惚れるほど美しかった。完璧だ。

 美術品の様なカップを、全く音もなく僕と柚夏の前に並べると、足音も立てずトールヴァルド様の後ろに周り静かに控える。

 これが専属メイドとなる人のレベルなんだなあ…どう見ても同世代なのに、すごい。 


「さて、君たちは日本から転移してきたんだね。転移だったら、苦労しただろう? これからは俺が後ろ盾になるからね」

 その言葉は、ある意味で僕の予想の範疇であり、ある意味で僕の予想外の言葉が続いた。

「僕の日本での名前は、大河芳樹。そしてこのサラは、輪廻転生システムの管理者でもある。君達の転移は、システムでも予測できなかったバグだった様だね。普通の転移だと、元の世界で死ぬはずなんだ。でも君たちは生きたままこの世界に飛ばされちゃった…というか、次元の穴に落ちたらしいから」

 子爵様の言葉を、目をランランと輝かせ、見るからにわくわくして聞いているノーテンキ幼馴染と違い、僕は言葉の1つ1つを噛みしめながら、理解しようと努力していた。 

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