家事って意外と大変なんだね
必要最低限の日常的な会話は筆談でやり取りをした。
といっても僕から話しかけることはなく、妻が一方的に「今日は天気がいいね」とか「暑くない? 窓開ける?」とか「今日の晩御飯何がいい?」とか。声が出なくなる前と内容はそんなに変わらなかった。
それらに対して僕は「そうだね」、「暑くないよ」、「今日は唐揚げがいいなぁ」とかの短い返事。いつも聞かれることは定型文として残して、ご飯の内容だけは毎日書き換えた。
筆談でのやり取りをしていく中で、僕らの当たり前だった夫婦生活は徐々に形を変えていった。
僕が働けなくなった分、彼女は週四で働いてたパート業務のシフトを週五にしてもらい、趣味で継続していたキックボクシングと料理教室をやめてしまった。
「お金の心配はしないでいいから!」
妻は心配をかけないようにと、僕の前で笑顔を絶やさなかった。
僕が少しでもばつが悪そうな顔をすると、
「その顔は禁止。今度そんな顔したらお高いものおごってもらうからね!」
彼女はぷくっと頬を膨らませ、子供のように拗ねた顔して怒るのだ。
不覚にもそれが可愛いと思ったけれど、心の内に留めておいた。
そんな妻の負担を少しでも減らそうと思った僕は、昼間の家事全般を担当した。
産まれてこのかた数十年。碌に家事というものをしてこなかった僕にとって、家事とは恐ろしく時間を消費するのに初めて気付いた。
ご飯の用意はもちろん、洗濯、掃除、買い出し。僕が出社していた頃はお弁当も作ってくれていたし、子供がいる家庭だとここに幼稚園や学校等の身支度も加わるだろう。世の母親とは実に苦労をしているのだなと思い知らされた。
家事に慣れていなさすぎて、洗濯物を畳んだ初日は妻からダメ出しを食らい、料理は料理評論家よろしく厳しいコメントをいただいてしまった。
『次は頑張る』
メモを見せると「まぁ、そう慌てないで。少しずつ慣れていけばいいんだからさ」と僕を励ました。主夫への道は遠そうだ。
家事を終えて余った時間を使って交換日記を書き進めた。その日一日の出来事と、家事での反省点、僕が思ったことなどを自由に。
『家事って意外と時間かかるんだね。時短時短言ってる人の気持ちが少しわかった。家事は君に言われた通り、少しずつ慣れるよ。今日は一日お仕事お疲れさまでした』
日記を書き終えたら、夜寝る前に妻に渡した。
次の日になると妻からの返事は書き終わっていて、彼女は仕事に行く前に「はい、これ」とぽんと手渡して家を出る。
『そうだよ! 家事ってあっという間に時間経っちゃうんだよ! 時短は悪っていう人いるけれどそれは間違いなのだ。時間を短縮して自分の時間を作ることで、好きなことや他にやらなくちゃいけないことを進めるんだよ。だから時短レシピとか主婦の知恵とかで調べてみるといいよ! あとわからないことがあったら聞いてね! 今日は一日家事ありがとう!』
文面からにじみ出る彼女の優しさに、僕はひっそり涙した。
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