魔王様、勇者パーティーを追放される

かりーむ

第1話:魔王様、勇者パーティーを追放される

 迷宮都市トトリスに名を轟かせるパーティーは幾つかあるが、その中で一番有名なものはやはり『新月の明かり』だろう。


 何せ『新月の明かり』はパーティー内に『勇者』を擁する。


 迷宮の最下層にて必ず待ち構える『魔王』。

 

 その『魔王』にダメージを与えることができるのは聖剣に選ばれた『勇者』だけなのだから、『勇者』が所属するパーティーが有名になるのも当然だ。

 

 そして『新月の明かり』は何も『勇者』だけが突出したワンマンなパーティーってわけじゃない。メンバーそれぞれが、一騎当千の英雄だ。


 いや、この表現は少し正しくない、か。


 ―――――俺以外のメンバー、、、、、、、、はそれぞれが一騎当千の英雄だ。



 俺はルイン・アクセリア。

 年齢は18歳。

 身長・体重は秘密。

 それとSランクパーティー『新月の明かり』のリーダーだ。




 正直嫌な予感はしていた。

 酒場に行く足は重かったし、胃はキリキリと痛んでいた。

 

 それでも俺は酒場のドアを開けると同時に顔に笑みを浮かべる。


 俺は『新月の明かり』のリーダーだ。


 上に立つ人間がピリピリしていれば、それは下の立場に人間に影響する。円滑なコミュニケーションが阻害され、パフォーマンスの低下に繋がるだろう。特に俺たちの仕事は命に関わるからな。

 

 他のメンバーは俺以外勢ぞろいだった。


 橙色の髪を短く刈った巨漢の青年。元騎士という珍しい経歴を持つパーティーの盾役、ギルベルト。


 水色の髪を緩い2つ結びにしたメガネの少女。アルカディア王国の魔道学院を優秀な成績で卒業した才媛。攻撃魔法を担当するリーゼリア。


 そして。

 遥か東方の血を色濃く継いだ、ここら一帯では珍しい黒髪。背まで伸ばしたそれを、ポニーテールにして垂らしている。東と西の意匠がミックスされた独特の服装に身を包んだ長身の少年。


 パーティーの遊撃役にして要。『勇者』ムラサメ。



 ちなみに俺はこのパーティーで回復役を担当している。

 

「来たか」


 一人立って腕組して俺を待っていたムラサメが口を開く。相変わらずの底冷えするような冷たい声と瞳だった。


「座れ」

「ああ」

 

 ムラサメに促され俺は席に座る。ムラサメは俺の体面に座った。


「……なんだよ、ムラサメ。随分と険しい顔をしてるみたいだが。……60層のボスモンスター討伐の祝勝会の雰囲気とは思えねえな。アイオーン迷宮の攻略は長らく60層で停滞してた。これで俺たちは名実ともにトトリス一のパーティーになったってのに」


「ああ。実際祝勝会などではないからな」


「なに?」


「前置きはなしにして、単刀直入に言わせてもらう。ルイン。貴殿には今この場をもってパーティー『新月の明かり』を抜けてもらいたい。率直言うとクビだ」


「…………は?」


 正直嫌な予感はしていた。

 それでも、その言葉は一瞬俺の思考を空白で埋め尽くした。


 ……実際に言葉にされるとここまできついのか。


 無様だと思いつつも、俺の唇は半自動的に言葉を紡ぐ。そんな俺の姿は他のメンバーにはさぞ情けなく映ったことだろう。


「ま、待てよ。このパーティーのリーダーは俺だぜ? 俺がメンバーをお前らに一人一人声をかけてこのパーティーを創ったんだ。その俺がクビだって? ずっと4人で仲良くやってきたじゃねえか。それなのに……」


 しかし、ムラサメの氷のような冷たい眼光に晒されるうちに俺の語勢は削がれていく。もはやリーダーの威厳も何もあったもんじゃない。


「……理由は」


 呟くように俺は言う。


「……理由はなんだよ。何かお前らを怒らせるようなことをしたってのか?」


「…………貴様のパーティーでの役割は回復役。そうだな?」



「あ、ああ……」


「だが、前回の迷宮探索で貴様が某たちを何度回復させた?」


 俺は答えられなかった。

 覚えていないわけではない。むしろ、よく記憶に残っている。


 0回。


 つまり俺は前回の数日に渡る迷宮探索において、一度たりともメンバーを回復させることはなかった。


「そういうことだ。最早貴殿はこのパーティーにおいて役割がない。……まあ、多少のバフ魔法を使えるが、あの程度の使い手は迷宮都市の冒険者の中には腐るほどいる。貴殿は今や『新月の明かり』において何もできない置物でしかない。……いや、それならば、まだ良かった」


 ムラサメの目が細められる。俺を睨むように。


「先日の迷宮探索でのボス戦。リーゼリアは貴様を庇ってケガを負ったな。幸い大した傷ではなかったが、この先同じことが、起きて最悪の結果にならない保証はない。そして、迷宮は下る程比例してモンスターの力も強大になる。貴様は足手纏いなのだ。パーティーにいるだけで某たちに害を与える寄生虫なんだよ」

 

 普段は言葉少ないのに、こういう時には口が回るんだな。

 そんな皮肉でも叩こうとしたが、無理だった。


 ムラサメの言うことは完璧な正論だった。俺は最後に、縋るようにギルベルトとリーゼリアを見る。


「……ギルベルト。リーゼリア。お前らも同じ意見なのか?」


「……ああ、そうです。私もこの『新月の月明かり』にアナタは必要ないと思っていました。ムラサメと意見を同じくしますよ」


「わたしも、ルインくんには悪いと思ってるけど……ごめんなさい」


「そうか、そう。、かよ……」


 いつからだろう。こんなルートに道が切り替わってしまったのは。


 分かっていた。

 俺が皆に回復魔法を使う機会がどんどんと減っていたことは。


 ならば、回復以外の他の分野に特化すればよかったのか。いいや、それも違う。


 鍛えれば鍛えるだけ、モンスターを殺せば殺すだけ、魔力と膂力は上昇していく。


 この世界は、、、、、はそういう風にできている。


 だけど。

 個々人によって能力が上がる上限値は存在する。


 同じモンスターを殺しているのに、ある人物は能力が上がり続け、ある人物は全く上がらない、そんなケースはまったく珍しくなく、ありふれている。


 俺はパーティーを結成して1年で、自分の力が上昇しているのか殆ど分からなくなった。


 他のメンバーは違う。未だに天井知らずに上がり続けており、底は見えない。


 だから今日の決裂は俺がどんな道を選んでいたとしても、必ず訪れていたのだろう。


 結局。俺はどうしようもなく凡人で、他の奴らは違った。俗に言う、英雄と呼ばれる存在。それだけの話なのだろう。


 もはや俺はこのパーティーにいられない。


 情に訴えようにも、ムラサメはそれで絆されるような男じゃない。それにムラサメは以前から俺を嫌悪していた節がある。背中に突き刺さるナイフの様なあの視線は、きっと俺の勘違いじゃないはずだ。


「分かった。俺はこのパーティー抜けるよ」


 俺はそう言うしかなかった。


「そうか。では『マジックポーチ』を置いていけ」


 『マジックポーチ』とは中に広大な空間を有する袋のことだ。長期に渡る迷宮探索の必需品と言ってもいい。俺はリーダーとしてその管理を任されていた。


「……ポーチごと、か?」


「当然だ。まさか貴殿、パーティーを抜けるにあたって分け前が貰える、とでも思っていたのか?………貴殿のような役立たずに」


 当たり前だが、普通メンバーが抜ける際には何かしらの補償をする。パーティーの共有財産から、等分した金銭を渡す、などだ。重大な罪を起こした場合でもなければ、こんな扱いはありえないだろう。


 なんだよ。

 俺の弱さはそこまでの罪だったのか?


「っっ分かったよ!」


 だが俺は従うしかない。


 机にマジックポーチを叩きつける。見た目はボロイ袋だ。見分けがつくように真っ赤な紐で口の所を縛っている。


 相手は『勇者』だ。ここでごねて騒ぎを起こしても大抵の奴はムラサメの味方をするだろう。俺のような足手纏いにここまで我慢したムラサメの寛大さを讃えるのだろう。


 俺は酒場を後にした。それをリーゼリアが追ってきた。

 

「ルインくんっ!! そのっ! その。わたしっ…………。っ、実はっ!」


 うぬぼれでなければ。

 リーゼリアは多分俺に気があったと、思う。


 以前は、やたらとスキンシップが激しかった。


 以前は、だ。


「リーゼリア。何をしている。こっちにこい」


 気づけばムラサメもリーゼリアの後を追って外に出ていた。


「……ムラサメ。……ごめんなさい」


 どんな感情か、目に涙のを溜めたリーゼリアはムラサメに抱き着く。ムラサメも彼女の背に手を回す。


 とてもじゃないが、何もない異性の距離感とは思えなかった。いつの頃からか、ムラサメとリーゼリアは付き合いだしていた。明確に言葉にはされてはいないが、間違いないだろう。


 リーゼリアの背中越しにムラサメが言う。

 普段は一文字に引き締められた口元が、珍しく弧を描いてた。俺を見て、嘲笑っていた。


「安心するが良い。アイオーン迷宮の魔王は某たちがちゃんと倒してやろう」


「………ああ、がんばれ」


 言いながら、俺はムラサメから離れていく。


 気づけば走り出していていた。

 声から嗚咽が漏れていた。いつしかそれは絶叫になった。目からは涙までもが零れていた。


「ちくしょおおおおお!!!!」


 それは怒りからか。

 それは後悔からか。

 それは絶望からか。


 どれも違う。



 ―――――恐怖からだった。

 


「いやだあああああああ!!! 無理だっての! 死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ! 絶対死ぬわ! 勝てる訳がねえ、あんな奴らに! 何が魔王は某たちがちゃんと倒してやろう、だっ! アイオーン迷宮の魔王は俺だっての!!!」


 あんな奴らが魔王城に攻めくる事実に俺は恐怖し、絶叫し、涙していた。

 

 俺はルイン・アイオーン・アクセリア。

 年齢は18歳。

 身長・体重は秘密。

 Sランクパーティー『新月の明かり』の元リーダーであり、パーティーを実力不足で追放された魔王である。


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