短編広場

如月冬樹ーきさらぎふゆきー

人生は航海

 人生は航海


 吹いている風がまったく同じでも、ある船は東へ行き、ある船は西へ行く。進路を決めるのは風ではない、帆の向きである。人生の航海でその行く末を決めるのは、なぎでもなければ、嵐でもない、心の持ち方である。


エラ・ウィーラー・ウィルコックス



 僕は昔、海の上にいた。プカプカと浮かんでいた。海に飛び込んだ時のことはもう思い出せない。気づいたらいつの間にか海の上にいた。


 海はとっても凪いでいた。風も波も少ししかなかった。チャプチャプと音を立てながら、海面はキラキラと輝いていた。何もしなければ水底に沈んでしまうだろうけど、僕は周りの大人たちによって守られていた。ワンワン泣けばいつでも助けてくれた。


 その内に助けられてばかりいるのが嫌になって、いつもイヤイヤ言う事にした。おかげで自分の事がちょっとできる様になった。こうして浮かんで流されているのも退屈だったので、僕はなんとなく泳ぎ始めた。足をバタバタさせて進んでいった。


 進んでいく内にいろんなことが起こった。恋の炎に焼かれたこともあった。最初は弱々しく燻っている火種が、そのまま消えてしまうこともあれば、一気に燃え上がったりすることもあって、燃え上がったとおもえば、僕の身をすっかり焼き尽くして灰にしてしまうこともあった。灰になるたびに、もう炎は嫌いだって思うけれど、またひょんなことから灰が燻り出してしまう。そんなことの繰り返しだった。


 海はいつも静かな訳ではなかった。大荒れの時もあった。それがずっと続く時もあった。疾風怒濤しっぷうどとうの時代だった。その時は泳ぐのがとっても辛かった。でも、運よく流れを見つけた。他の人もみんな流されていく海流、僕もそれに身を任せる事にした。


 そして僕が海に浮かび始めてから65年ぐらいが経った。もう海流はすっかり無くなり、僕は自由に泳げた。僕は「永遠の幸せの島」を求めて泳ぎ出した。


 残り時間はもう少なかった。残り時間が無くなれば僕は海に沈んでいってしまう。僕は必死に泳いだ。でも、どの方向に島があるのかわからなかった。それでもがむしゃらに泳ぐ内に体力の限界が来てしまった。結局、島には辿り着けなかった。


 体にはもう力が入らなかった。周りには誰もいなくて、一人ぼっちだった。海面がどんどん遠ざかって、光が届かなくなっていった。暗く、冷たくなっていく水に包まれながら僕は目を閉じた。


 僕は今、海の上にいる。気づいたら浮かんでいた。その内に疾風怒濤しっぷうどとうの時代がやってきた。多くの人が海流に身を任せていく中、僕は羅針盤を作った。それは、「僕の幸福の島」への方向をいつも指し示していた。

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