馬車の旅

 石細工の街メイスルは、鉱山の麓にある。

 良質な石を掘り出す鉱夫たちと、それを加工する職人たちが住む街だ。

 ジェロームが用意したという二頭立ての馬車に乗って、セレネたちはサフラを出発した。

 これから五日間、馬車に揺られることになる。途中に村や街が無いため、野宿は避けられない。

 日が落ちて、これ以上進めなくなったところで馬車を止めた。御者台から降りたジェロームがブリジットの手を握り、

「今夜は冷えるね、ブリジット」

「ええ。でも大丈夫ですわ。ジェローム様が暖めて下されば」

 二人の世界に夢中になっている中年男女を残して、セレネは馬車を降りた。黒衣の少年と、アイシャもついて来る。

 少し離れた場所で、焚き火を起こす。火が安定したあたりで、少年がごろりと横になった。

「適当なとこで起こせ。交代する」

 アイシャは少し離れたところで立ち尽くしていた。どうすれば良いのかわからないという顔だ。

「アイシャ、おいで」

 手まねきしてやると、アイシャはおそるおそる近づいてきた。セレネの隣に腰を下ろして、膝を抱え俯いた。

「甘いものは好き?」

 小さな頷きが返ってくる。セレネは自分の手荷物の中から、小さな布袋を引っ張り出した。

「そう。じゃあ、これ、食べてみて」

 中には小さな焼き菓子が入っている。そのうちの一つを、アイシャに握らせた。

 アイシャはしばらくの間、手の中の焼き菓子を見つめていた。やがて、座った時と同じように、おそるおそる口に含む。

「噛まないで、口の中で溶かすんだ。凄く硬いからね」

 言われた通り、口の中で焼き菓子を転がしていたアイシャの目が丸くなった。ふわりと花が綻ぶような笑顔が浮かぶ。

 その笑顔に、セレネは少し見蕩れていた。

(ずいぶん可愛く笑うじゃないか)

「おいしい、です」

「麦の粉と砂糖、それから…………干したクィナの実を混ぜて焼いたんだ。お菓子だけど、日持ちするから、私みたいな旅人がよく保存食代わりにしてる」

 にこにこと笑っているアイシャの膝の上に、布袋を置く。膝の上の布袋とセレネを交互に見るアイシャに、セレネは言った。

「それ、あげるよ」

「でも、セレネさん」

「私は他にも持ってるから」

「…………あ、ありがとう、ございます」

「どういたしまして」

(良い子だな)

 きちんとお礼が言えて、甘いものが好きで、笑顔が可愛い女の子。

 左腕が異形というだけで、神聖教会は彼女をおぞましい忌み子だと忌み嫌う。

 それは本当に、正しいことなのだろうか。

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