第28話 コイツはすげーぜ! 聞いた俺がバカだったぜ!

「おまたせ。時間かかってごめんなさい」


「別に。俺はお前のを読ましてもらってるしな」


 俺が姫島から借りた漫画を読んでいるとパジャマ姿の姫島が髪をタオルで乾かしながら戻ってきた。

 一先ず、これで互いに風邪を引く心配は無くなったんだが......どうしようか。


 姫島がシャワーを浴びてる間にチラッと外を覗いてみれば雨が凄まじい。たとえ制服が乾いたとしてもすぐに帰れる気配がない。


 そして、こういう時に姫島の両親が帰った日には最悪よ。まず俺は姫島家から変態のレッテルを張られるかもしれない。


 なので、俺は早く制服が乾いて尚且つ雨が軽くなるのを待ってこの時を過ごす。どうか、運命の神よ。この時ばかりは俺に安らぎを......フラグじゃねぇぞ!


 俺が姫島のベッドを背もたれ代わりにして座っていると姫島がベッドに座る。

 ベッドがやや軋む音がするとともにフワリのいわば風呂上りのニオイが鼻孔をくすぐってくる。


 そのニオイに俺は妙な気分に駆られると姫島が髪を乾かしながらふと笑った。


「なんだかパジャマパーティーしてる気分ね」


「あぁ、女子のサバトか」


「その認識はいかがなものと思うけど。でも、やっぱり似合ってるわね。普段の刺々しさがだいぶ中和されてると思うわ」


「俺ってそんなにトゲトゲしいか?」


「私に対して当たり強いじゃない」


「お前が変態じゃなければな」


 にしても、姫島との会話にも慣れてきてしまったな。なんだか嫌な慣れだけど、これが人間の適応能力というべきなのか実に恐ろしい。


「さてと」


「?」


 俺は漫画を閉じると本棚に戻していく。つまりは、俺にとってこれから本題に入るわけだ。

 姫島にこれから伝えることは音無さんのこと。姫島のジェラシーが溜まっては余計な支障も出かねんからな。


 それにいずれはバレることだ。だったら、現状どうして俺が姫島に仕事を任しているかという説明をこちらが積極的にやった方が変な勘繰りはされんだろう。


 俺は姫島と向かい合うように床に胡坐をかくと告げ......ようと思ったが、思わず別の部分に目が留まった。


「それじゃあ、ちょっと聞きたいことが.......っと待て、ドライヤーは使わんのか?」


「え? 音がうるさいだろうし、影山君が帰った後でもしようかなと......」


「バカたれ。髪が痛むだろうが。お前の家なんだから好きに使え」


 そういうとキョトンとした顔で見られる。何か間違ったこと言ったか?


「どうした?」


「影山君がそういうの気にする人なんだと思って意外で」


「まあ、これはなんというか習慣だな」


「習慣?」


「小さい頃に妹の髪を乾かしてやったら、どんどん俺任せにめんどくさがりになってな。

 その一方で、俺は妙にそういうのには細かくなってしまっただけだ」


「そして、ついには人のが気になるようになったと?」


「......まあ、そうだな。変に気を遣わせたなら悪い」


 確かに、今のは無遠慮すぎたな。姫島といえど女子である。

 それこそ男の俺に小うるさく言われたら、女子の自分より女子力あるということになって腹も立とう。


 ......っと思ったのも束の間、姫島はやや頬を赤らめた表情で恐る恐る聞いてくる。


「それって頼んだらやってくれる?」


「いや」


「即答はないでしょ!」


 といわれても、俺にやるほどの気力もないし。


「そもそも、俺はお前の欲まみれの動物パジャマを着て我慢してる時点でさすがに図々しいと思わんかね?」


「後生ですから!」


「お前はここでその選択をするのか」


 お前の後生軽そうだなぁ。後々に、また「一生のお願い」って言ってきそう。

 しかしまあ、このまま雨が止むまで姫島と会話が続けられる自信もないしな。

 それに俺が、別に髪フェチというわけでもないが気になってしまってるのがいけない。


「はぁ~あ、しっかたねぇな」


「わざとらしく大きなため息をしながらも結局やってくれる辺り、私のツボを押さえてるわね」


 手をちょいちょいと手招きすると姫島はパァと表情を明るくしてベッドを降りてこっちにやってくる。うん、やっぱこいつ犬みてぇ。


「それではよろしくお願いします」


 そう言って、姫島は俺の前で長い髪を投げ出して土下座し始めた。いや待て、お前はこの状態で俺に髪を乾かさせるつもりか? 普通に後ろ向けよ。


「何やってんの?」


「好意に対しては誠意で示そうと」


「うん、その姿勢は大変すばらしい。なんなら、二重の意味で大変きれいだ。だが、違うだろ?」


「どうか卑しいメス豚めにご主人様の寵愛を」


「どこを変えてんだ、バカ」


 そう聞くともはやこれからやることがプレイみたくなってくるじゃねぇか。ちげぇよ、普通わかるだろ。


「普通に後ろを向けってこと」


「わかった――――」


「そのままの状態で後ろを向けということじゃないからな?」


「わ、わかってるわよ!」


 なら、なぜどもる? お前、まさかわざとやってるわけじゃないよな? 教えてくれ、お前のポンコツって素だよな?


 そして、姫島は髪を投げ出した状態で顔を上げた。あぁ、すげー貞子だ。貞子がいるよ。

 それで何が一番凄いって本人が顔に髪かかってるのに全く気にしてない辺りな。

 あと、嬉しそうな表情が駄々洩れだぞ。そんなに嬉しいんか?


「んじゃ、ドライヤ―貸して」


「え?......あ、こっちに持ってくるの忘れた。少し待ってて」


 おい待て、ならさっきのやり取りは何だったんだ? いやまあ、俺も姫島が部屋に入ってチラッと確認した時に持ってないことを言ってやれば良かったか。

 そうすれば、こんな無駄な茶番じかんを過ごさずに済んだ.....はぁ。


 そして、ドライヤーを片手に帰ってきた姫島がコンセントを刺して、本体を俺に渡してくる。

 それから、本人は俺の前で後ろを向けながら三角座りをした。


「んじゃ、始めるぞ。なんかあったら教えろ」


「大丈夫、(あなたの愛は)全て受け止めるから」


「教えろっつてんだろ」


 そして、優しく髪を左手で救い上げながら温風を当てていく。うん、こいつはもともと髪に対する意識は高そうだな。


 俺がドライヤーを当てる前に十分に水分を取ってやがる。まあ、もともとあいつの髪はクラスでも浮くほどにしっかりした黒髪のサラサラストレートだったしな。


 昔はそうでもなかったのに。高校デビューのために相当頑張ったんだな......ってかなりきもいこと言ってんな。さっさと本題に入ろう。


 そして、俺は姫島の髪を乾かしながら俺の今置かれてる現状について話した。

 つまりは音無さんとの関係のことだ。それに姫島は納得したように「そう」と呟くだけ。


「――――つーわけで、お前には今後とも光輝と乾さんの監視を頼みたいOK?」


「ええ、別に構わないわ。とはいえ、心配なのはその音無さんが影山君に惚れないかよね」


「いらん心配だろ」


「そんなわけにはいかないわ。女は常に男を求めるハイエナ。誰かがフリーとわかればすぐさま飛びつき、強い者だけがえものを掻っ攫うのよ」


「お前はいつ頃の時代の話をしてるんだ。今時、そんな肉食な女子はいないって」


「いるじゃない、目の前に!」


「違うな。お前は肉食の女子じゃなくて肉食の変態だ」


 そう言うと「何よ、変態変態って......あなたの前だけよ」とぶつくさ呟いている。いや、仮にも好きな人にそれはさらけ出し過ぎだろ。


「ともかく、それでお前に聞きたいことは例えばお前に頭を撫でたとして――――」


「撫でてくれるの!?」


「ステイ。お前がまともになれば褒美をくれてやらんこともない」


「イエッサー。学校の真面目ちゃんモードになるわ」


 まあ、やるとは言ってないからな。つーか、学校のってキャラ作ってたんだ......。


「撫でたとして、その後に急に頭良くなったりする?」


「どういう意味かしら?」


「つまりだな、例えば解けない問題があったとして、それが10分近く考えてもわからない時に頭を撫でたら急に問題が解けるようになるかってこと」


 あの時の勉強会以来、ずっとそのことが気になってる。

 俺は一体どんなマジックをしたんだと思いたいが、俺自身に自覚がない以上やったのは音無さん本人であろう。


 しかし、どう考えても頭撫でただけですぐに悩んでた問題が解決できるとは思えない。何かからくりがあるはず。


 それに対して、姫島はこんな斜め上の切り替えしをしてきた。


「それは賢者モードじゃないかしら?」


「け......え?」


「賢者モードよ。あなたなら知ってるでしょ? スッキリした後の悟りの時間。その時間って多少はIQ上がってるものよ」


 いや、知ってるけど......それって女子にも適応されんのか。

  つーか、え、コイツ......マジか......なんかもう俺、お前が可哀そうになってきたよ。


「ごめんな、俺が変態変態と言ってるせいで、ついに思考回路までがおかしくさせてしまって......こんなに脳内ドピンクになるなんて......」


「ちょっと! 何悲しそうな顔をしてるのよ! 私は大いに真面目よ!」


 それはそれでどうなんだ......。


「あなたの話を聞いて思ったんだけど、その音無さんが反応したのって影山君が言った『立たせる』や『受け止める』、そして音無さん自身がおかしくなった『突っ込まれる』。

 それから、極めつけとしてはラブロマンスのジャンルが並ぶ中で徹底的に守り通した一部のブックカバーのついた本。

 それからから導き出されるのは......音無さんがムッツリということよ」


 姫島は指を向けながら探偵が犯人を言い当てたようなセリフで告げてきた。

 すげー......すげーよ、姫路。お前はただの変態じゃない。真の変態だ。


「すまん、まさかお前の変態がまさかそこまで浸食されてるとは思わずに......俺にはもうどうすることも出来ない」


「ちょっと、人がもう病気の進行が止められない域まで達した患者みたいに扱わないでよ」


「これからは少し優しくするよ」


「嫌、やめて! もっと普通になじって!」


 それはそれでダメだろ......。

 ともかく、今日俺が相談したかった音無さんのことでの成果はまるでダメだった。

 むしろ、姫島が真正な変態であるということを目の当たりにしただけだった。


 ......ふぅ、今の俺ならすげーいい笑顔で言えそうだ。


?」


「やめて、敬語はやーめーてー!」


 そして、俺は生乾きの制服を着て魔窟から脱出した。あのダンジョンを攻略する家でまともに過ごすにはレベルが全然足りなかった。

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