ー玖ー

「……それでは私はそろそろ帰ります。私もまだ神社の掃除が残っていて、父ももしかすると心配しているかもしれませんので」

「あっ、では僕も。お菓子、ご馳走様でした」


 みーこさんが立ち上がったのを見て、僕も同じく席を立つ。たわいのない会話を続けていたが、そろそろ話も尽きた頃だった。


「いえいえ、大したお構いもできなくてごめんね」

「いえ、こちらこそ突然来たのに、長居してしまってすみませんでした」


 キヨさんはテーブルに両手をついて、「よっこいしょ」と言いながら僕たちを見送ろうと立ち上がった。

 この部屋に来る前に通った長い廊下を歩いて玄関へと向かいながら、みーこさんはふと思い出したようにこう言った。


「そうだ、あのご依頼ですが、今父が占ってくれているところです。今回他の依頼もなかったので早く貼り出せるかと思います。なので次号が貼り出されるまで少しお待ちください。もちろん必ず、息子さんのお誕生日までには張り出しますので」

「あら、ありがとう。宮司さんにもよろしくね」

「はい、伝えておきます」


 みーこさんと僕はキヨさんに頭を下げて家を出た。


「みーこさんのお父さんが占ってるって、言ってましたが……?」


 みーこさんの父親は全く霊感というものもなければ、左右だって見えてないと言っていたが、占いはできるのだろうか。いや、結果的に占いで調べてるのではないことはすでに承知済みだ。となるとあれはどういう意味だったのだろうか疑問になった。


「ああ、あれはそう言っておけば父の顔も立つかと思いまして。その方が神職者らしいと思いませんか?」


 ニッコリと笑うみーこさん。親の顔まで立てるとは、本当に出来た娘だ。娘の中の娘、クイーンオブ娘だな、なんて感心している中、ふと思い出したのが……。


「そういえば左右のやつ、どこに行って……?」


 あいついの一番に乗り込んで行ってたくせに、キヨさんと話をしている間ずっと姿を見せていなかった。

 すると——。


「ここにいる」

「……!」


 僕が周りを見渡していたちょうど死角となる背後のすぐそばに左右はいた。

 思わず心臓が飛び出すかと思ったじゃないか。お化けのように現れるのは僕の寿命が縮まるからやめろと言いたい。

 僕が心の中でそう思うと、左右のやつは僕の顔を見て、ニヤリと笑った。してやったりとでも言いたげなその顔……憎たらしいったらありゃしない。


「左右はずっと家の中をウロウロしていたんだと思います。私が依頼主の方とコミュニケーションを取っている間、左右が探し物をするというのがいつもの流れなのです」

「そうだったんですか」


 5メートル以内のものしか見つけられないのであれば、きっと僕たちがお菓子を食べながら話をしている間、左右は家宅捜索でもするように、家中をうろついてたってわけか。ますます泥棒と変わらない神使だな。まさにねずみ小僧のようではないか。

 そう思った瞬間、僕は慌てて口を両手で塞いだ。いや、口を塞いだところで僕は声に出して言った訳ではないから意味がないのだが。

 そろりそろりと隣を歩く左右に視線を向けると、これほどまでに鋭利な形の目を見たことがないというくらい、左右の瞳は尖り、僕を見上げていた。


「俺は泥棒などではない。お前、いつか祟ってやるからな」


 昨日のような攻撃を受けるのではないかと心配したが、左右は意外にもそんな末恐ろしい言葉を吐き捨てただけだった。

 いや、本当に祟るつもりかもしれないから、それならば物理的な攻撃よりも強力で危険なものなのだろうが……。


「ところで左右、キヨさんの息子さんの形見である万年筆は見つかったの?」

「……キヨはすでに万年筆のありかを知っていたのかもしれない」

「えっ、それってどういうこと?」


 左右は何を考えているのかわからない様子で、ただ真っ直ぐ前を向いて歩き続けている。

 キヨさんは万年筆のありかを知っている? それならなぜ依頼などしてきたのだろうか。いや、そもそもどこにあるのか分からないと言っていたのだ。それならばキヨさんは痴呆症とかそう言った類の病気だと左右は言いたいのだろうか。けれど実際話した感じからそんな風には到底思えなかったのだが……。

 わけが分からないが、左右はそれ以上は何も言わない。みーこさんと僕は顔を合わせて首を傾げた。


 神社に戻ると、みーこさんの父親が神社下の階段を掃除しているところだった。


「あっ、おはようございます。佐藤さんも満己と一緒だったんですね」

「キヨさんの家に行こうとしていたらばったり会ったから、付き合ってもらっていたの。お父さん、掃除代わるね」


 みーこさんは父親から竹ぼうきを掴み取り、父親の代わりに続きを掃き始めた。掃除ですら楽しそうに鼻歌を歌い、踊るように掃き掃除をするみーこさんは、女神様ではなく天使だろうか。愛らしいことこの上なく、そのほうきで階段を掃くたびに、僕の心の中にある薄汚い何かも浄化されていくような気がする。


「掃ききれないほど濁ってるからな。そう簡単にお前は浄化されないだろうな」


 なんて失礼な言葉を吐いた左右は、僕の隣を通り抜けて階段をのぼり始めた。

 このねずみ小僧め……静かになったかと思えば、口の悪さだけは一向に変わらないんだな!

 僕は握りこぶしを作り、必死に気持ちを落ち着かせる。昨日は取り乱してしまったが、ここは大人な余裕を見せなければいけない。いつまでも左右の手の上で転がるほど、僕は馬鹿ではないのだから。


「満己、佐藤さんを無理にけしかけてはいけないよ」

「あっ、いえ、僕がついて行っただけなので、みーこさんにけしかけられた訳ではないんです」


 昨日あんなに断っていたくせに、結局今日はキヨさんの家に一緒に行った。それは紛れもなく僕自身の意思だ。昨日の流れだけを知っているみーこさんの父親からすれば、みーこさんが無理やり誘ったように思えるのだろうが、それはとんだ早とちりだ。


「そうでしたか。それでしたらいいのですが」


 朗らかに笑うみーこさんの父親。どこか力が抜けるようなふわふわとした人物だ。しっかり者なみーこさんとはかなりタイプが違うように思えるのは、きっとこういう父親だからこそみーこさんが支えなければと感じているのかもしれない。

 なんてお節介にも人様の家庭事情を考察していると、左右はとっくに階段をのぼり切ったのか姿が見えなくなっていた。


「それで、キヨさんはどうだったんだい? 万年筆は見つかったのかい?」

「それが、左右が言うにはキヨさんは多分、万年筆のありかを知っているみたいなの」

「ふーむ、それは変だね。知ってて依頼してくるのは初めてのパターンじゃないか」


 みーこさんの父親はそう言いながら考え込むように顎に手を置き、首を傾げた。不思議なのがみーこさんの父親が言うと、おかしな出来事もさほどおかしく思えなければ、深刻な事もそれほど深刻でないように聞こえる。


「とにかく、掃除が終わったら新聞づくりに入ろうと思ってるの。実際はどうなのかよく分からないけど、キヨさんに早く結果を報告したいとも思ってるから」


 みーこさんはそう言いながら再び竹ぼうきで階段を掃き始めた。


「じゃあそれまでに父さんは昼食の用意をしておくよ。佐藤さんもよろしければご一緒にどうでしょうか? あり合わせのものしか用意はできないのですが」

「お言葉は嬉しいのですが、私は一度家に帰ります。祖母がもしかすると昼食を用意しているかもしれませんので」


 昼のことは何も伝えず出てきてしまったから、もしかするとばーちゃんは僕が帰ってくるまで昼食を取らないかもしれない。そう考えると申し訳ない気持ちになる。


「そうですか、ではまたいつでも遊びに来てください」

「私新聞を作ってあげるので、また覗きに来てくださいね」


 二人に見送られながら、僕はその場を去った。本当は新聞づくりをするみーこさんの様子を見てみたかったし、左右の言葉が気になっていたからもっと詳しく話を聞き出したいところだった。

 だけど結局僕は何もできることがなさそうだし、今回キヨさんの家について言ったけど、何の役にも立っていない。全て話を運んだのもみーこさんだ。本当にしっかりした大学生だと言うことを、まざまざと見せつけられる結果となっただけだった。

 昨日はばーちゃんにいきり立って人助けだとか言った手前、もう少し役に立つことをしたかったのだが、どうやら僕は鬼ごっこでタッチされても鬼になれないような存在だった。まるでそれは一人前と判断されない0.5人的な存在のごまめと一緒だ。


「——それで、人助けとやらはうまくいったんかいな?」


 家に帰ると、ばーちゃんが昼食を用意して待っていてくれた。用意したと言っても昨日の夜の残り物だが、僕にはそれでも十分ありがたい。

 ばーちゃんはバリンッと良い音を鳴らしながら大根のたくわんを頬張った。


「どうやら僕の助けなんていらなかったみたいなんだ」


 あははと笑って見せた後、味噌汁を啜る。昨日の具材とは違って、今日は味噌汁にナスとワカメとしめじが入っている。昨日は玉ねぎと人参だった。


「まぁ必要な時に助けてあげたら良いんよ」


 それは今だと思っていたんだけどな。なんて思いながら僕はばーちゃんと同じようにバリンッと音をかき鳴らしてたくわんを食べた。


「それで、一体どういった人助けしてるんだい?」

「神社の巫女さんに頼まれてちょっと新聞づくりのお手伝いをね」

「ああ、あのあやかし新聞かいな」

「あれ、ばーちゃん知ってるんだ?」


 日中のばーちゃんは家の裏にある小さな畑で自給自足の菜園に精を出している。昔はもっと畑も大きく、じーちゃんと二人で切り盛りしていたらしいけど、歳をとり、じーちゃんも亡くなった今、必要な分だけしか作らなくなったと言っていた。

 そんなばーちゃんだからこそ神社のことは知っていても、新聞のことまで知ってるとは思わなかった。

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