真実の裏には~①

 シン達の目論見は結果的に成功した。北上に依頼して彼女を陸上部に引っ張り込んだ作戦が、思わぬ形で実を結んだ。井畑の事件が発端となり、彼女が攻撃された状況を利用し自然な形で近づくことができたのである。さらに事件の関係者とその周辺の監視という名の元、本来の目的である情報収集の糸口を掴むこともできたのだ。 

 その過程で井畑の中学生自殺事件の裏という、シン達にとっては有利で新たな情報を得たことは幸いだった。本来の目的以外でも、井畑に関わる重要人物達の弱点を掴んでおく事は悪く無い。切れるカードは多いほど良いからだ。 

 それでも想定以上に深い秘密まで辿り着いてしまった。もし事件の全貌を明かせば、被害者家族だけで無く、無関係の人々まで大きな傷を負うだろう。それは望むことでは無い。

「厄介な情報まで抱えることになったな」

 美樹の周辺を探る中で、定岡がそう呟いたことがある。シンも同じ思いを持っていた。

「だけど今後晶という生徒の自殺の件も、情報としてしっかり掴んでおいたほうが良さそうだ。現実に計画の関係者達がこの件にも多く絡んでいたと判ったからな」

 彼は険しい顔をし、自らにも言い聞かせるような口調で告げた。普段は飄々としているが、時折見せる厳しい顔はとても頼りになる大人だと感じさせる。父の同級生で親友の一人である定岡は、現時点で最も近くにいて信頼できる人物だ。

 しかしこの別件に関して考えると胸が痛む。そこでわざと話題を元の件に戻した。

「隠蔽体質というのは、何があっても変わらないのですね。抱える秘密が重なるほど逃げられなくなり、前の罪が暴かれることを恐れてさらに罪を重ねる。まさしく蟻地獄です。決して自分達の意思では抜け出せないのでしょうね」

「ああ。中に取り込まれた人達にはできないからこそ、蟻地獄の巣のように外側から穴全体を掘り返す必要がある。奥にある本体を表に引きずり出さない限り終わらない」

 美樹の件を機に井畑で暗躍する主要人物達から情報収集する一手が打てた。彼女を脅かす生徒達の存在を突き止め、定岡達が独自に開発した監視用ウィルスを相手のスマホやPCにメールやサイトから誘導させて感染させたのだ。所詮未熟な未成年の学生で危機管理と知識の無さから、多くの弱点があった為にできた手法である。

 その開けた穴から登録されている情報を抜き取ったところ、本来狙っていた井畑の主要人物達の一部と繋がっていることが判明した。そこで生徒達から本来のターゲット達にウィルス付きメールを送り、送付先のパソコンやスマホに感染させることにも成功した。

 その後は早かった。外部からの接触には慎重でも、仲間内でのやり取りに関しては油断が生じる。そこを突いて内部に入り込み、芋蔓式に関連人物とのネットワークを把握した。そして主要人物達が使用する大半のITツールほぼ全てに、監視ウィルスを潜り込ませることに成功したのである。

 ニュースなどで世間を騒がせた、パソコンの遠隔操作による事件を知っていれば分かるだろう。今や一度ウィルスが入り込めば、どこからでもITツールを使った時点で様々な情報を得ることができる時代だ。

 例えば今はほとんどのPCやスマホについているカメラ機能で、そこに映る映像を全て監視する側から覗くことや、マイクが拾う音声も入手できる。メールを打てば全ての内容を入手することも可能だ。個人情報などネット社会において完全に守ることなど出来なくなったに等しい。

 中には用心深く有料のウィルスバスターソフトを導入し、セキュリティを施している人もいる。しかし今や国家レベルでさえ破られるような時代だ。プロの手が入れば片田舎で使用している人達のセキュリティを破ることなど容易いことだった。

 今のところ井畑周辺の人物達に定岡達以上の知識や知恵を持った人はほぼいないため、監視業務は比較的順調である。これこそ美樹の登場によって生み出された恩恵だった。まさか子供達のネットワークから監視ウィルスが入りこむなど、監視対象者の彼らにとっては考えもしなかったはずだ。

「やはり井畑の旧炭鉱跡を利用して、産業廃棄物かまたは低放射能汚染物を埋め立てる計画を立てていることは確かだね。若竹にある旧亜炭鉱跡がそうだったように。だけどそうはさせない。過去にこの地区が巻き込まれた地獄を二度と繰り返さないよう、井畑計画は阻止しなければならない。その為には決定的な証拠を掴んで世間に公表し、世論を動かすしかない」

 彼は拳を握り締めながら、これまでにも何度か繰り返してきた言葉を口にする。しかしそれが安易でないことも彼は知っている。敵はとてつもなく手強くて大きい。また事を公にすれば、井畑に住む住民達が多大な非難や苦難に巻き込まれるだろう。下手をすれば若竹にまで被害が及ぶかもしれない。

 そうなれば関係の無い、どちらかといえば被害者である人達、弱者達ほど大きな被害を受ける。加害者達は助かり何の罰も受けることなく、責任のなすりつけをしながら逃げ出すことも可能だというのに、だ。

 その為確実な証拠を掴み、その上で他の人々への影響をできるだけ軽減する方法で告発する必要があった。それが容易でないため、口惜しいがこれまで少なく無い証拠を掴みながら、未だその大事な一歩すら踏み出すことを躊躇させられているのだ。

 本来の目的を達成するには、まずこの若竹地区の成り立ちから考えなければならない。

 過去に日本各地で多くの市町村改革が行われた。その時M市の中で若竹町が国の特別区として認定された理由は、無頼寺の北側に旧炭鉱跡があったためだ。一度は寂れた地区を盛り返そうと街は様々な手を打ち、今はその活性化に成功している。

 しかしその裏に、国による影の力が働いていた事は一部の人間にしか知られていない。街の活性化には多大な金銭が必要だった。空き地の確保、工場や大型施設の誘致における費用等がそうだ。

 人が集まれば集まるほど更なる受け皿が求められる。次なる投資の為に多大な資金が必要となった。そこに国や自治体、大企業が付け込んだ。

 多くの補助金や融資を提供する代わり、旧炭鉱跡の処理や地下にある亜炭鉱の穴を塞ぐ名目で、産業廃棄物の処理に利用したのである。実際特別区に認定された前後には、大量の土砂等を運ぶ大型トラックが炭鉱跡地へと鈴なりに連なって走っていたと聞く。

 全国には多くの炭鉱跡地があるが、地中深く掘られた穴はそれだけではない。個人や小さな集落単位では亜炭等の質の悪い燃料を得るため、勝手気ままに自分達が使う分だけあちこちから掘り出していた。その為日本の地下には、全国各地に今でも把握しきれない程数多くの穴が存在している。

 大きな都市では少なくなったものの地方には莫大な数がまだあり、把握してもその対処に困り放置したままのケースが多かった。それが予想を超える異常気象等の影響により大きな穴が開くなどして、表面化したりするのだ。その度にマスコミが騒ぎたて、急いで対応すると言った状態が続いている。

 しかし悪質なのは把握しながらも隠蔽し、穴を利用して本来許可なく捨てたり埋めたりしてはいけない廃棄物を、こっそり捨てていることだ。

 個人的に捨てる程度なら周囲の人達も気づかず、また健康被害や環境汚染被害が起こるリスクは低い。だが規模が大きく危険な廃棄物を捨てるとなれば話は別だ。それこそ大金や組織が動かない限り、世間の目をごまかすことなどできない。

 定岡達がこれまで掴んだ調査により注目したのは、危険な穴を埋める作業を試験的に国が主導して行う工事についてだった。その事業では安全な液体と混ぜた自然石などを機械で流し込み、周辺環境に変化が及ぶかどうかの実験を行う。それが全国各地で始められた。

 周辺の地質調査をせず適当に流しこめば地下水へ異物が混入して汚染される。セメント等では地下水脈の流れを遮断する恐れがあった。地下においては想定以上の変化が起き、別の場所で穴が開くなど二次、三次被害の危険性がある。

 その為地下水を安全に通す濾過効果のある軽石などを混ぜ、かつ急激な雨水などが流れたとしても地盤が崩れないよう、固い岩盤の役割にもなる物質を埋めこむ必要があった。

 しかし自然に対し、人間の知恵や技術で制御するには限界がある。そんな都合の良いものが果たして科学の力で出来るのかは、専門家や学者、研究者に任せることだが、そのような研究を国は実際にやっていた。

 亜炭鉱は全国各地の地下にまだまだ多く点在している。そこで研究という名を借りた助成金や補助金が動く為、自治体や関連企業は喉から手が出るほどその事業を欲しがった。そこで悪質な地域では穴を埋める研究費を奪い取り、そこに産業廃棄物を混ぜ込んで地中に埋めていると言う噂が出始めたのだ。

 さらにこの事態が大きく動いたのは産業廃棄物に止まらず、国が低濃度放射性廃棄物の処理にこのシステムを使おうと考えているという情報が流れたからだ。震災以来多くの原発が止まり、先延ばしにして来た核燃料の廃棄問題が表面化したためである。

 原発を動かすには時間がかかり、実際すでに廃炉が決まった原子炉が複数ある。この作業を行う際の原子炉建屋にあった配管や設備等は、いくら除染しても高い放射能汚染を完全に取り除くことができない為、低濃度放射性廃棄物として扱わなければならない。

 核燃料自体はさらにハイレベルなので、廃棄場所が決まりさえすれば設備も整えられるだろう。国としてもしっかりとした予算が付けられる。

 だが低濃度放射性廃棄物の量はその比では無い分、人体に影響が少ない。そこで国は大きな負担を避けようと考えたらしい。なぜならもっと危険性の高い廃棄物でさえ、違法投棄されている国だからだ。

 幸いこの国の人達は、目に見えないものには頓着しない性質がある。ならば埋めてしまえと考えるのは、自然の流れだったのだろう。そこで国はこれまで黙認していた、把握し切れていない旧炭鉱跡や亜炭鉱跡への廃棄に目を付けたのだ。

 地方再生というスローガンを声高に叫び、その延長線上にある案の一つとしてM県の秘境と呼ばれる田舎町がターゲットになった。そこで成功例の先駆者である若竹地区のノウハウを利用しようとしているのだ。成功すれば一挙両得の方策と考えたらしい。

 同じM県の土地が候補に選ばれたのは、新たな人脈を形成せずともかつて関わった、または現在も繋がっている官僚、財界のネットワークが使えるからだろう。自治体のコントロールもスムーズになると考えたらしい。

 だが一番の大きな要因は、和多津、田口両家の持つミカン山の地下に巨大な亜炭鉱の穴が存在していたことだ。両家の所有する山は井畑地区の中央部に位置する。その南部にかつて栄えた旧炭鉱跡もあった。その坑道跡地と地下で繋がる距離に、亜炭鉱の穴が大きく広がっていたのだ。

 その穴を埋める事業を行えば、大量のトラックが押し寄せても不自然ではない。さらに旧炭鉱坑道を利用すれば、新たにトンネルを掘る必要もなくコスト削減できるという利点があった。

 反原発団体が各地の発電所を監視している最中に、汚染廃棄物を運び出すことは至難の技である。だがその監視の目をすり抜けやすい環境が整っていた点も、この企みを推し進める要因になった。

 しかしそうはさせない。万が一汚染物が地上に影響を与えるようなことがあれば、奪われるだろう命は、おそらく一人や二人で済まない。さらに四日市公害や水俣病などのような大公害を起こす危険性もはらんでいる。

 この計画を止めなければ第二の若竹になる可能性は高い。若竹の場合は黒い噂に古くから住む住民達が気付いた時にはもう遅かった。多大なお金が裏で取引されたであろう頃には、街は多くの人が住みたがる理想郷のように祭り上げられており、表向きにはすでに素晴らしい住環境が出来上がって世界中から人が集まっていたのだ。

 その為今更地中に廃棄物が眠っている等とは口が裂けても言えない状態に陥った。それが表に出たら若竹は再び廃墟と化す。それだけでは済まない。せっかく生きる希望を持って集まった人々が、この地区から去らなければならなくなる。

 理想を言えば少なくとも未来ある子供達は健康異常が出る前に、この街を捨てた方がいいのだろう。しかし生きられる場所はここしかないと逃げ込んできた大人や子供、捨てられた親や子がこの街には数多く存在しているのが現実だ。

 そういう人々の為にも若竹は黒い闇に隠された後ろめたさを背負いながら、地方創生の成功例として君臨し続けねばならなくなったのである。

 若竹の情報は定岡から耳にするよりも早く、シンはすでに養祖父母や父から伝え聞いていた。というのも養祖父母達は若竹炭鉱で財を築いた人達の子孫にあたるそうだ。そこで育ち汚染された毒素を体に取り込んだ為、ふみは子供を産めなくなっていたという。そのことを結婚後に知った二人は、自分達の成り立ちを恨んだらしい。

 自分の親を含む先祖達が犯した過去の過ちを悔いた。その結果、他人の子を立派に育てたいという考え、修二を養子として迎えたそうだ。養祖父母と父達はある時若竹の黒い闇を知り、またかつての古い伝手から井畑にまでも毒手が伸びていることを耳にしていた。その中には美樹の実家に関わる和多津家や田口家の情報もあったという。

 つまり美樹が若竹に来る以前から、彼女の周辺は定岡やシン達に監視されていたのだ。ただ情報も当初は不確かなものが多かった為、これまで決定的な証拠や人の繋がりが見えてこなかった。しかし和多津家の訳ありの娘が学園に来て駒亭に住むと聞きつけた監視メンバーは色めきだった。これで情報を得る糸口が掴めると考えたからだ。

 それでも最初は慎重にならざるを得なかった。なぜなら駒亭は学園との繋がりが深い。下手に近づくと敵方に気づかれる恐れがあった。ただ定岡によると駒亭の立場は微妙らしい。若竹を発展させようと尽力した学園も、当初から放射能廃棄物の不法投棄を利用しようとしていた訳では無いようだ。

 途中で複雑な事情が絡み合い、国や自治体の思惑に絡みとられたとの見方が正しいという。学園で働く定岡達監視チームが掴んだ情報だからこそ読み取れたようだ。その中で学園と繋がりの深い駒亭が、どれだけこの闇に関わっているかは不明な点が多いらしい。

 料亭をやっていた時代は、夜な夜な国や自治体の偉いさん達が集まっていたそうだ。若竹山神社や無頼寺の関係者、及びその他地権者等と会合を開いていたという。しかし料亭はもう無く、下宿屋としての繋がりはあるものの今はどこまで関係しているのかは謎だ。

 その為定岡達は慎重を期して駒亭と距離を置いていた。そこに監視対象の和多津家の娘がやってきたけれど、北上によって陸上部に誘った以外は打つ手が無いまま時だけが過ぎていった。

 そんな中で偶然にも駒亭で事故が起こり、また井畑の生徒達による企みが明るみになったのだ。そこから美樹が駒亭から出て、しかもシンが住む下宿に近い渡辺家へ入ったことも好都合だった。渡辺家にはボランティアで訪れたことがあり、パソコンの操作で苦労しているお婆ちゃんに指導したこともある。

 シン達はこの地区で数々の家にボランティアと称して出入りし、一見関係ないと思われる家にも監視ウィルスを導入してきた。それはどこから情報が得られるか判らず、また意外な人の繋がりや弱点などを掴むことができるからだ。

 若竹にいるA達だけでなく、美樹が渡辺家に入居した時点でお婆ちゃんのパソコンを通じ、彼女の持つITツールへの侵入は容易にできた。そこから和多津家や田口家、その周辺のあらゆるITツールに監視ウィルスを感染させ、一気に様々な情報と人間関係の一端を掴めるようにもなったのである。

「そう言えば最近、監視ウィルスに妙な反応が見られるようになったんだ」

 定岡が思い出したように話題を変え、首を捻りながら呟いた。

「どんな反応ですか」

「おそらく渡辺家のパソコンと和多津さんのスマホやパソコンから、監視チームと同じように情報を吸い取っている形跡がある」

「どういうことです? 敵方にこちらの動きがばれたのですか」

 驚くシンを落ち着かせようと、彼は声を抑えて言った。

「違う。俺達と同様の動きをしている人間が他にいるようだ」

「井畑の情報を探っているのですか」

 彼は首を傾げた。

「目的が同じかどうかは不明だが、彼女達をマークしている人物が他にいることは確かだ」

「何の為だろう? 例の問題以外で彼女に関わるとしたら、井畑での自殺の件? でもそれなら渡辺家まで探る必要はないですよね」

 独り言のように考えを述べてみるが、定岡同様よく分からない。

「探っている人物の目星は付いているが、どうも曖昧で特定しきれないらしい。今その人物の過去を洗っているが、直ぐには出てこないようだ」

「特定できたのに過去の情報が出てこない? その人、めちゃくちゃ怪しいですね」

「そうだろ? でも一つの推測はできる。その人物はあの事故を起こした運転手だ。よってあれは意図的に起こされた可能性が出てきたことだ」

「あの事故って駒亭に車が突っ込んだ件ですか」

「そうだ」

 彼は頷きながらもだから余計に訳が判らない、という表情をしていた。

「大怪我する覚悟でわざと衝突したってことですよね」

「そう。名は鈴木正一しょういちというのだが、本名か否かも定かじゃない」

「本名じゃないかもしれないなんて、そんなことがあります?」

「正確に言うと事故時に提示された免許証には、そう書かれているから本名だろう。免許証が偽造でない限りね。ただ過去を隠しているのか遡って調べるほど、色々複雑な経路を辿っていることが判った。まあその点は時間がかかるだろうけど、いずれ明らかになるだろう。ただ手間がかかる程度に謎があるってことだ。問題はそんな人物がなぜ故意に事故を起こしたか、だ」

「駒亭に恨みがあるとか?」

「だったら誰も怪我人が出ないようにはしないだろう。あの事故では運転手本人が軽傷を負っただけだ。それどころか計ったように人がいない時間帯で、誰も怪我をしないよう誰も使っていない角部屋を狙ったと思われる」

「でも結果的に軽傷でも、運転手は怪我をしたはずですよね。救急車も呼ばれていたし。そこまでの危険を冒して何をしたかったのでしょうか」

「事故が意図的なら得をした者は誰か、または事故後それ以前の状況と変わったことで利を得る者がいるかに注目しないとな。何の得にもならないことを、大怪我するリスクを負ってまではしない。では誰か得した人は? 事故後は何が変わった?」

 問いの意味を考え、頭で整理しながら思いついたことを口に出してみた。

「工事をした業者は儲かっただろうけど、それ以外にいるかな。駒亭は賠償金が払われるから損もしないって女将が言っていましたし。和多津さんが駒亭から出て渡辺家に下宿することになって渡辺さんが得をした? それは無理があるか。単なる緊急避難ですから」

 悩んでいると彼が口を挟んだ。

「工事は終わったけれど、和多津さんは渡辺家に今も住み続けているよね」

「でもそれは他の下宿を追い出された、手森さんという人がいたからです。その人を預かった方が色々な事が収まるからそのままになっただけですよ」

 そう反論すると、彼は意味ありげな表情で、

「そう。たまたま事故が起きて、たまたま和多津さんの部屋が使えなくなり、たまたま渡辺家の部屋が空いていたから一時的に入居した。しかし工事が終わってもたまたま他の下宿を追い出された子がいて代わりに駒亭へ入り、和多津さんは渡辺家に住み続けることになった」

と、たまたまという言葉を強調して説明し直した。そのことに引っかかり質問した。

「じゃあ鈴木という人の目的は、事故で駒亭から和多津さんを別の下宿に移す為だった? でもそれだと手森さんのことはどうなります? これもその鈴木が関係して追い出されるように仕向けたとか? それはさすがに無理がありませんか?」

 それでも彼は頷かない。それどころか驚くようなことを言い出した。

「事故によって別の下宿に移すだけじゃ、渡辺家のパソコンの情報まで吸い取る必要はない。よって別の、ではなく渡辺家に下宿させることが目的、または目的の一つだったのでは、というのが現在分析チームの出した結論の一部だ。手森さんの件も何か関係があるのでは、ということでそっちも併せて調査している」

「渡辺さんの家に? 手森さんも? 結論の一部ってまだ何かあるのですか。その前になぜ和多津さんを駒亭から出して、渡辺さんの所に下宿させる必要があったのですか」

「そこはまだ不明だ。分析結果も仮説の一つで憶測の域を出ない」

「でも検討しているのは確かですよね。何故わざと事故を起こしたと考えたのでしょう」

 その問いには言葉に詰まりながらも答えてくれた。

「信じ難いがその鈴木という人物は和多津さんを駒亭から引き離し、渡辺家で守る為ではないかとの見解も出ている」

「駒亭が和多津さんに悪い事をするみたいに聞こえますけど、食事の件はどうなります? 彼女は今まで通り駒亭に通っています。完全に関係は断っていません」

「だからまだ仮説の一部で分析中だから説明はつかない。もし仮説が正しいとしても動機が判らないと。でも事故は仕組まれていたと考えれば、そうした仮説が導き出されるらしい。いずれにせよ鈴木の事がもっと判ればはっきりしてくる。事故の目的や彼が私達の味方なのか敵なのか、もね」

 話はそこで一度途切れた。シンとは違って彼には学園教師としての仕事がある。彼のスマホに連絡が入り仕事だと言い残し、急いで走って行ってしまった。

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