5

「ははははははは!! どうした? 動きが鈍いぞ!? 」

キンッと剣先の擦れる音を間近で聞きながら、ブレイブはジャックから自分を、そして床に倒れて眠っている仲間を守っていた。

「ああそうか。こいつらが邪魔なんだな。こんなに広い室内でも、これだけの人数が倒れてる中で決闘なんざしようものなら、誰かしら犠牲は出るもんだからなぁ。そうだ、良いことを思いついた」

名案だとでも言うように、ジャックは手をポンと叩く。

どうせろくでもない案であろうことは分かっていたが、少しでもの時間稼ぎのため一応「なんだ? 」と聞き返しておく。

「こいつらを先に殺して、邪魔者を排除するんだよ! そうすれば、後は俺とおまえだけの時間になる! 」

「……想像通り、ろくでもないな」

呆れている暇はない。

ブレイブから対象を外したジャックの剣先は、仲間の元へと向かっている。

どうにかして注意を自分に惹き付けなければ。

「んっ……ブレイブ、様? あれ、ここどこ……」

「ペトス! 起きたか! 」

考えていたところに目を覚ましてくれたのは、サリファナ騎士団副団長であるペトスだった。

「ブレイブ様、これはいったい……」

「説明は後だ! 剣を構えろ! 」

「なっ……! こいつは確か、シャトリック王国の騎士団長、ジャック・スノー……」

「俺はジャックを相手にする! ペトスは倒れている皆を守ってくれ! 」

敵である相手は1人。

ペトスも副団長としての力量はある。

皆を守るくらいできるはずだ。

ブレイブがそう命令すると、ペトスは素早く状況を頭の中で整理して口の端を上げた。

「まさか貴方様から頼られるとは……。分かりました、全力を注ぎましょう」

「頼んだぞ」

良かった。これでジャック1人に集中できる。

頼れる人が1人でもいることが、こんなにも心強いとは。

「お喋りは終わったか? じゃあ再戦といこうかっ!! 」

1人だろうが2人だろうが、関係なしにジャックは剣を振り回す。

精一杯避けるも、床に散らばった仲間を庇うようにして戦っているため動きずらい。

「っ……!? 」

脇腹に、嫌な感覚が走った。

目を見開いて視界を存分に広げるも、すぐにぼやけてしまう。

「ブレイブ! 」

ペトスの呼ぶ声を聞きながら床に膝をつき脇腹を触ると、べっとりとした赤いものが張り付いていた。

ジャック相手にこんな傷を負うなんて、と屈辱的な気分になるも、そんな考えは一旦振り払う。

「ジャック、貴様が俺に復讐をする理由は俺もよく分かっているつもりだ! だが、俺は何度だって同じ答えを言ってやる! あの時の入団試験、俺はおまえを貶めるようなことをするつもりはなかった! 本当だ! 」

「信じるかそんな言葉! 今更命乞いか? 騎士様が聞いて呆れるぜ。さっさと諦めて降参しな! 」

「くっ……! 」

このままじゃ負けてしまう。

せっかくペトスが皆を守ってくれているのに負けるなんて、情けないにもほどがある。

それに自分は団長だ。

どんなに酷い状況に陥っても、団長が頑張らなければ誰が頑張るというのだ。

『ブレイブ様』

心の底で、そんな声が聞こえた。

長い黒髪をたなびかせながら、凛とした瞳で真っ直ぐに見つめてくる少女。

ブレイブが恋焦がれてしまった、ヤナギという名の少女のことを思い出す。

彼女に恋をした理由は、ブレイブを水の中から引っ張りあげてくれたから。

団長だからと変な意地を張って「助けて」なんて言えなかった自分の小さな叫びに気がついてくれたからだ。

それを思い出してしまった以上、ブレイブに諦めるという選択肢はハナからなかった。

「そうだな……。今度は俺が助ける番だ」

「あ? 」

ヤナギが本当に無事なのかなんて、目で確かめないと分からない。

ジャックの言い方だと、何か事件には巻き込まれているようなのは間違いない。

ヤナギはブレイブを助けてくれた。

だから今度は、ブレイブがヤナギを助ける番だ。

「っ……!! うおおおおおおお……! 」

痛む脇腹を抑えながら気合いで立ち上がる。

剣を杖のようにして、何とかバランスを保った。

「まだ立つか……だが、これで終わりだっ! 」

「ぐっ……!? 」

血が出てくる脇腹に、今度は左足が飛んでくる。

かなりの威力があったため、身体を後方に飛ばされて壁に頭を強く打ち付けた。

意識が朦朧とするも、まだ立つ。立てる。

立たなければ、ここで本当に終わってしまう。

「たの、しいか……? 」

「あぁ? 何がだ」

「負けたから逃げて、弱いところの騎士団で1番強いと称えられて、そんなに楽しいか? 」

「貴様っ!! 」

「っ!? ぐ、あ……!! 」

見事に地雷を踏んだらしく、顔を真っ赤にしたジャックがブレイブの脇腹をぐりぐりと足で押す。

「俺は負けていない! 仮に負けていたとするならば、それは貴様のせいだ! 俺は強い! 誰よりも強いんだ! 」

「どうかな……? 少なくとも、俺はおまえより強い自信がある。何故なら、おまえと違って守る人がいるから……守りたい人がいるからだ」

「だからてめぇの方が強いってか!? んな綺麗事は仲間内だけでやっとけ!! 自分のために生きて何が悪い!! 」

「誰も悪いとは言ってないさ。……だが、だがな、自分だけを見て人に迷惑をかけるのは、違うだろ? いっ……! 」

ジャックの剣が、ブレイブの右肩を刺した。

抜くことなく、そのまま奥まで入っていく。

「迷惑だぁ? 俺様がいつ誰に迷惑かけたってんだ!? 」

「今、俺に」

「ふざけんなぁ!! 」

肩から剣が抜かれたと思ったら、次は顔に飛んできた。

避けたいのに、脇腹に触れている足が邪魔で動けない。

避けなければ、本当に死んでしまうかもしれないのに……

「ぐぼぁっ!? 」

ドスッ、と音がして、目の前でジャックが吹き飛ばされた。

「ペトス……? 」

ジャックに体当たりを決めたペトスは、息を乱しながらブレイブの脇腹にそっと手を添える。

悲痛な顔をしたペトスは、ポケットを探った後自身の上着を脱ぎ始めた。

「ペト……」

「静かにしてください。喋らないで」

脱いだ上着をブレイブの脇腹を中心に巻き付けている。出血を抑えてくれようとしているのだろう。

「どうして……。仲間は……」

「ブレイブ様も仲間です」

半開きの目が、段々と開けてくる。

視界もクリアになっていって、涙が滲んだペトスの瞳が鮮明に映った。

「……珍しいな、おまえが泣くなんて」

「泣いてません……」

「嘘を吐け」

「泣いてませっ……! 」

涙をゴシゴシと服の袖で拭って誤魔化す。

見ているのも悪いと思い横を向くと、壁にめり込んだジャックが気絶していた。

よほど強い力で吹き飛ばされたのか、持っていた剣にもヒビが入っている。

すると、落ちた剣の傍に1つの鍵が落ちているのを見つけた。

おそらく、この部屋の鍵だろう。

「ブレイブ様、無茶は……」

ペトスの声も聞かず、ブレイブは這いずるようにしてその鍵を取りにジャックの元へ行き鍵を取った。

「よし、これで出られるぞ」

「本当ですか? 」

「ああ」

さて、次はどうやって寝ている皆をこの部屋から出すかだが……。

「ぐぅ、うっ……てぇ……」

と、頭上でそんな声が聞こえた。

それは、言わずもがな、ジャックのもので。

「ブレイブ様っ、離れてください! 」

ペトスが剣を構えるより早く、ジャックは壁から出てブレイブの腕を掴んだ。

「おい、離せ……」

抵抗しようと暴れると、意外と腕はするりと抜けた。

弱っているせいで力が出ないのか?

そういえば、壁から出たは良いがさっきから表情をずっと暗くして、ぶつぶつと何やら1人言を呟いている。

「倒さないと……俺の、役目は、職務は……ブレイブ・ダリアを……たお、さなきゃ……恨みが、俺はこいつを、恨んでるはずなんだ……うら、まなきゃ……」

「ジャック……? 」

「従わなきゃ……嫌いにならなきゃ……嫌いだ……こいつのせい……そう、だ……こいつのせいで、俺は……」

「ジャック? おい、ジャック! しっかりしろ! 」

さっきまでの敵対心は何処へやら、気づけばブレイブはジャックの肩を掴んで揺さぶっていた。

譫言のように呟き続ける彼を怖いと思いながらも、手を差し伸べた。

「ジャック? おい! 返事を……」

「イベリス、様……」

「イベリス? 何故そこでイベリスの名が……」

「早く、しなきゃ……俺は、俺は最強に……」

「ブレイブ様、こいつ、おかしい……」

ペトスはすっかり恐怖心を抱いてしまったようで、剣をジャックに向けながらも足が震えてしまっているようだった。

「……俺は、俺は役に、役にた……」

「ジャック、俺にはおまえが何を言ってるのか理解できん。聞かせてくれ! 何故イベリスの名が出てくるんだ? この件には、イベリスが関わっているのか? ヤナギは無事なんだろうな? ヤナギは今、何処に……」

「イベ、リス……? そうだ、俺はあいつに……」

イベリスという言葉に、ジャックが反応した。

「そ、そうだ、イベリスだ! まずはその事からでいい! イベリスは、何の関係があるんだ? あいつはいったい何者なんだ? おまえはあいつに何をされた! 何をするよう言われたんだ! 」

「何を……するよう? あ、俺は……俺は、あいつに……ぐ、ああああああああああああ!? 」

「ジャッ……」

「くらい、くら、やみが……ぐあ、あああああああああああああああ!! 」

目を両手で塞いでのたうち回るジャックの姿を、呆然とした様子でブレイブは見つめることしかできなかった。

今、何が起こっているのか全く分からない。

ただ1つ言えるのは、これは今までのジャックではないということ。

何かに怯えているような、そんなジャックをブレイブは見たことなかった。

「俺は、俺はぁっ!! 」

「落ち着けジャック! 」

肩を掴んで声をかけるも、ブレイブの存在に気がついていないみたいに暴れ回る。

ブレイブ自身も喪失してしまいそうな、その時だった。

「おい、ブレイブか!? 」

ドンドンと、鉄扉を叩く音がした。

「その声……セルフか!? 」

「いるんだな!? ちょっと待ってろ! 今開けるから……」

「待てセルフ! 鍵ならある」

「は? あんのかよ……」

怪我をしていて動きずらいため、ペトスに鍵を投げて渡す。

受け取ったペトスは鉄扉を開けて、中にセルフを招き入れた。

「ペトス様……って、騎士の皆さんも! ブレイブ!? その怪我どうしたんだよ!? 」

セルフが大きな声をあげたところで、藻掻いていたジャックが、動きを止めてブレイブの方を見る。

「ブ、ブレイブ……ブレイブ・ダリア……。俺は、こいつに……」

「ジャック? 聞こえるか、俺だ。ブレイブ・ダリアだ」

「ブ、レイブ……。貴様、貴様よくも……な、んで……」

床に落ちた剣を取ろうとしたのだろう。

懸命に手を伸ばそうとするも、その手が剣に渡独ことはなかった。

ジャックは床に寝るようにして倒れている。剣があるのはジャックの顔のすぐ横。

ほんの少し手を伸ばせば確実に届くはずのそれを、ジャックは掴むことができない。

怪我のせいで弱っているにしては、大袈裟すぎる。

「力が、でない……? なんで……。動け、動けよっ! 動け……」

力が出ないし動けない。何か重いものが身体にのしかかっているかのような、そんな感じだった。

「お、おい……なんで、こいつの目、こんな……」

セルフが声を震わせながら、ジャックを指さす。

「目? 目がどうし……」

さほど注目していなかった目元を見ると、思わず掴んでいたジャックの肩から押すように手を離してしまった。

「これは……なにが……」

自分の声もすっかり震えてしまっていることにも気が付かないまま、ブレイブはその目を凝視した。

「あ、がぁっ……うぅ……! 」

苦しそうに嗚咽を漏らすその表情から、その、瞳から。

真っ赤な、真っ赤な液体が流れ出す。

涙なんかではない。

赤い赤い、赤い血が。

ドクドクと、じゅくじゅくと、ジャックの瞳から溢れ出していた。






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