7
去年、入団試験が終わった後も、ここにいた。
草がボーボーに生い茂った、ヤナギとセルフの秘密の場所。
まぁ、こんなに人が集まってしまっては、もう「秘密」ではないのだけれど。
夏ということもあって日が沈むのが遅く、空はまだ明るい。
群青色の空の下、ヤナギも、誰も何も言わない。
様子を伺うように、顔を覗き込むだけだった。
慰めも、「頑張れ」の一言さえも、全てが無責任で、その場しのぎの言葉にしか聞こえないだろうと思ったからだ。
誰も、彼の気持ちを理解できないから。
分かるよなんて、簡単に言えない。
悲しいのも、辛いのも、悔しいのも分かる。
でも、どのくらい悲しくて、辛くて、悔しいのかなんて、彼にしか分からない。
下手に、言葉をかけることができない。
余計に彼を、傷つけてしまうかもしれないから。
その沈黙に、彼はふっと微笑んだ。
「悪かったな。応援してくれたのに」
「悔しい」も、「なんで」も言わず、「悪かったな」と、相手を気遣う言葉。
今1番辛いのは、セルフのはずなのに。
「ヤナギにも、かっこ悪いところ見せちまって……。情けなくて、ごめん」
「いえ。私は、情けないなんて思っていません。寧ろ、素晴らしかったと思います。セルフ様は、全力を出して試験に臨んでいたように、私には見えましたので」
「そっか。なら、良かった」
本当に? 本当に良かったと、そう思っているのだろうか。
「すまなかった! 」
ブレイブが、セルフに深く頭を下げる。
そうだった。彼も、責任を感じて辛い思いをしている1人だった。
「俺が、俺が渡したお守りのせいで……! おまえを助けるための物が、足枷になってしまって……」
「いや、ブレイブのせいじゃないだろ。つか、俺が裏ポケットに入れてたから、あんなことになったわけだし」
決してブレイブのせいではないと、セルフは首を振る。
けれど、ブレイブが頭を上げることはなかった。
それを見て、セルフが困ったように頭を搔く。
「不合格になったのは、完全に俺の……自分のせいだしな。俺が、背後からの攻撃に気づけなかったせいで……。ただの訓練不足なんだから、気にすんなって。ま、俺のミスのせいで同じAチームの人も落としちまったのは、申し訳ないと思ってるけど……」
「本当ですよ」
そう言ったのは、スイセンだった。
厳しい言葉でセルフを睨むスイセンの手には、剣先がかけている木剣が握られている。
「貴方がリタイアしたせいで、チーム全体に迷惑がかかった。その責任、どうやってとってくれるんですかね? 」
「ちょ、ちょっと待ってください! そもそも、先にセルフ様の邪魔をしてたのは、スイセン様じゃないですか! 」
メリアがセルフを庇うも、スイセンはどうでも良いといったようにため息を吐いた。
「僕は別に邪魔なんかしていませんし。兎に角、1人のミスは、全体のミスに繋がるんです。貴方が退場した後、同じチームの奴らもやられていって……最終的には僕1人。Bチーム全員で1人を攻撃してきたら、数的に僕に勝ち目なんてありませんよ。貴方のせいで、チームの雰囲気を悪くしたんですから……」
「本当にすまなかった」
文句も言わず、セルフが謝罪の言葉を述べる。
「それに関しては、本当に、すまなかった……」
セルフは何も悪くないのに、セルフだけが謝っている。
さっきからずっと、セルフは自分を守れていない。
ヤナギ達に「ごめんな」と気遣って、スイセンに言われて自分を責めている。
「もう、終わったことだろう? 次に活かせばいいんだから、とりあえず今日はもう帰ろう。試験も終わったんだしな」
カルミアが、さっさとこの場を収めようとそう切り出した。
もう終わったことだから仕方がない。そう言って。
「次に活かす、か……」
セルフが、小さくそう呟いた。
「次……」
去年も、今年も駄目だったのに。そう言っているように思えた。
「ネイラ先生の、言う通りだな。今度こそって思っても駄目で……。この状態が、ずっと続いてたんだもんな。そりゃ、諦めようって思うか……」
努力しても、報われなくて。
自信ばかりを失っていく。
きっと、
ヤナギが考えているよりも、セルフは苦しんでいる。
「分かってるよ。たった2回の挑戦で、諦めちゃあいけないってこと。でも、今回は……」
セルフが背中を向ける。
「今回こそは、大丈夫だと思ったんだけどな……」
自身の目元を、服の袖で拭った。
その背中を見つめていると、ヤナギの横をいつもと何ら変わらない、楽しげな様子で誰かが通り過ぎた。
「イベリス? どうしてここに……」
アイビーが彼の名前を呼ぶと、イベリスはにっこり笑ってこちらを振り向く。
「どうしてって、試験が終わった後、アイビー様達がここに行くのが見えたので。こんな薄暗い場所になんの用かなー? って思って見に来てみたんです」
あっけらかんと言ってのけたイベリスは、再びセルフの背中を見た。
「どうして、セルフ様はなんで騎士になりたいんですか? 」
セルフの背中に問いかけると、その肩が小さく揺れた。
「なんでって……。そう、だな。初めは、ブレイブの真似だった。ブレイブの夢につられて、俺も騎士になりたいって思うようになって。でも今は、人を守る騎士に、憧れてる。だから……」
「そこが分からないんですよねー」
セルフとイベリスは、今日会ったばかりのはずだ。
だが、イベリスはそんな初対面の相手にも、臆することなくズケズケと踏み込んでいく。
「なんで、わざわざ赤の他人を守るんですか? 自分のことより、人の為に行動する騎士って職務が、僕にはいまいち理解できないんですよねー。やっぱり、高いお金が入るからですか? 」
「ちが……。俺はただ、人を守る騎士に憧れて……」
「だーかーらー、それが意味分からないんですってー。人を守って、何か得あります? 僕的には寧ろ、不利益しかないと思うんですけど。だってそうでしょう? 騎士って、自分の命かけて人を守ってるじゃないですか? よく知りもしない相手の為に、そこまでする必要無くないですか? 」
ヤナギの視界の端に映ったブレイブは、もう頭は上げていたが、その瞳は鋭かった。
見た事のない冷たい瞳で、イベリスをじっと睨んでいる。
怒っていることは、誰の目から見ても明らかだった。
そんな視線には気づくことなく、イベリスはセルフに話しかけ続ける。
「もう無駄なんじゃないですか? だってセルフ様、去年も落ちたって観客の方達が噂してましたよ? その噂が本当なら、才能ないってことじゃないですか? 諦めるのが得策だと、僕は思いますけどねー」
「おまえには、関係ないだろ……」
掠れた声でセルフが言っても、イベリスには何も伝わらなかった。
「うっわー。人がせっかくアドバイスしてあげてるのに、その態度はないんじゃないですか? 」
「アドバイス? 俺にとってはお節介だよ」
「あの、試験に落ちて怒ってるのは分かるんですけど、八つ当たりはよしてくださいね? 僕はただ、諦めた方が身のためだって言ってるだけなんですから。このまま頑張っても、どうせ無駄でしょ? 」
「どうせ無駄」そう聞いて、セルフが顔をイベリスの方に向ける。
大きく見開かれた瞳からは、怒りと悔しさ、それに確かな苦しさが伝わってきた。
「諦めるだぁ? このまま諦めて、将来騎士になった奴らを見て、惨めな思いを抱えながら生きていけって言うのかよ!? 騎士を見る度に、もしかしたら俺もあそこにいたかもしれないって、そう思いながら生きるのかよ!? 」
セルフも、迷っているのだろう。
このまま諦めるか、それとも前に突き進むか。
諦めたいけど、諦めきれない。
そんな想いが、渦巻いている。
「まだ、まだたったの2回だ! 今日入団試験を受けた人達の中には、俺よりもずっと! 長い間! 騎士になりたいと思って、思い続けた人がいる! 諦めずに、頑張り続けてる奴がいる! 俺はそいつらのことを、頑張ってるなって、尊敬してる! そんな、そういう存在に、俺もなりたい! 頑張りたい! まだできるって、そう思って、頑張り続けられる奴になりたい! このままじゃ終われないんだ! 才能がないことは誰より承知だ! 自分のことは、自分が1番よく分かってる! でも、でも! そんな、日陰でしか生きられない奴でも、生き延びたいって思うんだ! それは、そんなに悪いことなのかよ!? 」
「だからそれが無駄だって言ってるんですよ」
セルフの悲痛な叫びも、イベリスはたった一言で一掃した。
スイセンの傍まで行って、彼の肩をポンと叩く。
「スイセン様には才能があるって、今日の入団試験で分かりましたよね? 誰よりも上手くて、誰よりも人気、人望もある。正直、セルフ様がいなければ、合格で間違いなかったでしょう」
イベリスの言葉に、スイセンも大いに頷いた。
「日陰でしか生きられなくても生き延びたい? 馬鹿な、冗談はよしてください。そんな奴、生きてるだけ無駄でしょ。才能ある人が活躍して、ない者は後退していく。それが当たり前。それが、この世界のルールなんです」
「ルール、だぁ? 」
「はい。これ以上セルフ様が足掻いても、何も得るものはありません。何かを失っていくだけ。そうですね、例を挙げるとするならば、時間でしょうか? 報われない努力をする、無駄な時間の使い方。もったいないと思いませんか? なれもしない騎士なんかのために、時間だけをどんどん消費していく。そして、現実に気づいた時にはもう遅い。結局何にもなれないまま終わるんです。あの時ああしとけば良かった、そんなことを思っても、失った時間は取り戻せない。よくある話でしょう? セルフ様、貴方が今いるのは、1歩踏み間違えれば落ちてしまう、崖っぷちです。今ならまだ引き返せます。そのまま、落ちたくないでしょう? 何も、失いたくないでしょう? 」
夢を追いかけ続けることは、未来の自分を苦しめることになると、イベリスは言った。
何かを失ってしまうとも、言った。
その言葉に、セルフの表情が固まる。
「失う、だと? 」
意識が喪失したように呟くセルフに、イベリスが悪魔のように囁く。
「はい。努力なんて結局報われない。今やってることは無駄なんです。それとも、絶対に騎士になれる保証が、貴方にはあるんですか? 」
「そんなの、な……」
「ですよね? だったら、続ける意味はありません」
「ちが、違う! 俺は、崖っぷちでも、俺は……」
何かを言おうとして、何も言葉が出てこない。
もがき苦しむセルフを見て、イベリスは実に楽しそうに笑った。
「もういいじゃないですか。何回やっても駄目なら、次もどうせ駄目なんですから。セルフ様も、分かってるんでしょう? 分かってるのに、まだ頑張ろうなんて、見苦しいだけですよ」
「見苦しくて何が悪い」
イベリスの戯言を、ハッキリとした、重みのある声で、ブレイブが貫通した。
怒りの中には、悔しさも混じっているようだった。
セルフを、セルフの頑張りを馬鹿にされた、悔しさも。
「セルフが今いる場所は、1歩間違えれば落ちてしまうような崖っぷちなんかじゃない! 登るか登らないかの狭間で揺れる、長い長い階段の前だ! 」
拳は、強く握りしめられていた。
ブレイブは、恐らくヤナギよりも知っている。
セルフとずっと一緒にいたブレイブなら、誰よりも分かっているのだろう。
ずっと近くで、見てきたのだから。
「何も失うものなんてない! 努力してきた時間を、俺は無駄だとは思わない! 無駄なことなんて何1つない、それを証明するために、今セルフは頑張っているんだ! 長い階段を登りきれるか、頂上の景色を見ることができるかなんて、今はどうでもいい! 1段でも登ることが大切だと、俺は思う! 」
ブレイブが、イベリスの胸元を掴んだ。
大きな声で叫んでも、怒りは留まるところを知らない。
「……理想論、綺麗事ですね」
「綺麗事で何が悪い! 挑戦しようと、前に進もうとしない者に、理想の未来なんてない! 俺が騎士になれたのは、毎日頑張ってきたからだ! 誰よりも努力してきたと、そう言える自信があるからだ! 」
「ブレイブ……」
溢れる涙を拭うこともせずに、セルフが顔を上げてブレイブを見る。
そんなセルフに、ブレイブは強く叫んだ。
「おまえはどうなんだ! セルフ・ネメシア! 」
「……俺は」
「どうなりたいんだ! 騎士に、なりたいのか……! 」
目に溢れている涙を拭って、大きく息を吸って、吐いた。
何かを、決意するように。
宣言するように、
「なりたい……なる! 俺は、絶対騎士になる! 」
そう言った。
まだ、涙は頬を伝っていた。
その強い涙を見届けて、ブレイブはもう一度、イベリスに向き直る。
「俺は、人の努力を、頑張りを、馬鹿にして笑ってる奴が、1番嫌い……大っ嫌いなんだよ! 」
ガインッと、ブレイブがおでこをイベリスのおでことぶつける。
あまりの衝撃に、イベリスはその場に倒れ込んだ。
「いっつ……」
額を抑えて蹲るイベリスに、ブレイブは尚も厳しい瞳を向ける。
「これ以上の虚言は、許さんぞ」
圧のある言葉に、イベリスは黙り込んだ。
ただ、睨むような目でブレイブを見つめている。
「も、もう行きましょう? イベリス様」
と、怯んだ様子のスイセンが、イベリスに声をかけた。
騎士団長からの瞳に、耐えきれなくなったらしい。
焦ったように、イベリスと共に去ろうとする。
「……そうだね。これ以上付き合っていても、時間の無駄だし」
最後まで睨みながら、イベリスはスイセンと背を向けた。
「おい! 」
その背中に、セルフが声をかける。
「確かに俺には、才能なんてない! 」
でも、イベリス達が足を止める気配はない。
「でも、才能なんかなくたって夢は実現できるってことを、俺が証明してやる! 」
どんどん進んでいくイベリスに、それでも負けじとセルフは大きな声で言った。
「だから、それまで待っとけ! 」
いつか、騎士になれる、その日まで。
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