3

「先日、若林楓莉さんがお亡くなりになりました」

急だった。

涙ぐみながら告げた先生の目には、くっきりとクマができていた。

「自殺、だそうです」

シンと静まり返った教室に、先生だけの声が響く。

「以前、皆の親御さんに虐めについての連絡をさせていただいたと思います。このクラスに虐めがあったと言う人は、正直に挙手してください」

誰も手を挙げない。

仁奈は目を見開き、先程から身体を小刻みに震わせている。

胡桃は下を向いたまま動かない。

千夏は、知らないというように知らんぷりを決め込んでいた。

他の生徒も、何もなかったというように各々顔を見合わせたり顔を俯かせるばかりだ。

「それでは、皆さん顔を伏せてください」

恐る恐る、ゆっくりとした動作で、皆先生の言葉に従った。

顔を伏せて、真っ暗闇の中に顔を埋める。

「……このクラスに虐めがあったと言う人は、手を挙げてください」

10秒、20秒経った頃。

「顔をあげてください」

先生の声で、生徒は一斉に机から顔を離すと、生徒は皆、次の言葉を待った。

「このクラスに、虐めがあったことが分かりました」

伝えられた事実に、仁奈の身体がビクッと震える。


そこからは生徒達にとって地獄の時間だった。

誰が虐めていたのか犯人探しをして、

犯人が分かったところでクラス全体で楓莉のことを無視していたことが発覚して、

楓莉の親が学校まで来て泣き叫び、

お葬式に行っても冷たい目で見られ、

ニュースで報道されて、


「ごめんなさい。ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」

「うるさいっ! あんた達のせいで楓莉は……。楓莉を、楓莉を返せぇ! 」

「お母様、どうか落ち着いてください」

そんなやりとりが、毎日続いた。


「ただいま」

「おまえのせいでこんなことになったんだ! おまえがやなぎにそんなことを言うから……! 」

「だって、そうしないとあの子まで虐められるじゃない! ああ言うしかなかったのよ! 」

やなぎが家に帰ると、母と父の怒鳴り声が聞こえた。

「どうかしたのですか? 」

やなぎが2人にそう問いかけると、2人はハッとしたようにやなぎを見た。

「やなぎ、あの、若林さんのことなんだけど……」

「やなぎ」

母を遮って、父が前に出る。

「なんでしょうか?」

「おまえは、若林さんのことを、無視したのか?」

「はい」

なんでもないことのように、やなぎは答える。

「なぜ、無視をした?」

「そうしろと、お母さんに言われたからです」

「……そうか」

珍しく、父は言葉に詰まっているようだった。

そして数分が経過した頃、ゆっくりと言葉をつむぎ始める。

「やなぎ。これからお父さんが言うことを、これから生きていく上で、絶対に守りなさい」

「はい」

「1つ。まず、成績は絶対1番をとりなさい」

「はい」

「2つ。人を、傷つけてはいけない」

「はい」

「3つ。自分で自分を守りなさい」

「はい」

「4つ。自分と他者を、認めてあげること」

「はい」

「5つ。嘘を吐いてはいけない」

「はい」

「6つ。周りを見なさい」

「はい」

「7つ。努力し続けること」

「はい」

「8つ」

そこで父は、窓の外に視線を向けた。

やなぎもまた、そちらを見た。

立派な柳が風に揺れている。

「柳に、なりなさい」

「はい」

父と交わした、8つの約束。

これらは絶対に破ってはいけない。

「それだけだ」

「あっ! あなた……! 」

2階に上がる父の後を母が追う。

やなぎは言われたことを頭の中で反芻しながら、1人その場で立ち尽くしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る