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「マサル、疲れとるんやろ? これ、飲んで!」




 さて、アルバイトから戻ってきたマサルをシャーミィは、入り口の前で待ち構えていた。



 マサルを出迎えるぞ! と宿の入り口に立ち、やってくる人がマサルではないとしょぼんとしたり、はやく帰ってこないかなとうずうずした様子のシャーミィは大変かわいらしく、見ているものたちはほっこりしていた。



 マサルの事を出迎えたシャーミィは、それはもう満面の笑みである。



 心からマサルが帰ってくるのを心待ちにしていたといった様子に、マサルは思わず恥ずかしい気持ちになる。


 シャーミィが差し出してきたのは、コップに入った飲み物である。



「シャーミィ、これは?」

「疲れが取れるっていうドリンク! 食堂のおっちゃんに聞いて、自分で作ったんよ。最近マサル疲れっとったい。やけん、おいしかもん飲んでもらって元気だしてほしくて作ったんよね」



 そう、シャーミィはマサルが自分のことで疲れているなどとはいざ知らず、何か疲れがたまる事でもあったのかもしれないと、疲れを取るドリンクを作って待ち構えていたのだ。



 これを飲んで元気を出してほしいというシャーミィの心遣いである。

 そこまで言われて、飲まないわけにもいかない。マサルはそれを口に含む。



「……上手い」

「よね! うまかやろ? 我ながらよい出来になったと思うんよね。美味しくて味見で結構飲んでしまったんよ」

「これはグループフルーツ?」

「そうね。こっちでの名前は違うけど、そういうやつよ! あとはパイナップルみたいなのとか、色々混ぜたやつなんよ。この宿でもお客さんが疲れとると出すんだって」

「そうか。美味しいな……」



 そのジュースは、疲労を取るものとしてこの宿に伝わっているだけあって飲めば飲むほど心にしみ、疲れが取れるような絶妙の甘さのある飲み物だった。



「ふふ、マサル、幸せそうな顔しとるね。やっぱおいしかってことは正義よね。最近、変な表情浮かべ取ったけど、これで疲れ取れた?」

「……ああ」



 何だか大人げなく、もやもやした感情をシャーミィに抱いてしまったと自覚してマサルは恥ずかしい気持ちになった。



 シャーミィはこんなにも自分を心配して行動をしてくれているのに……、シャーミィのことで何とも言えない気持ちを感じて、避けたりするなんてと自責の念にかられてしまう。



 シャーミィの作ったドリンクを飲み、二人で泊っている部屋へと戻る。






「ごめん、シャーミィ」



 色んな思いが胸に沸きあがってきていたマサルは、部屋に戻ってベッドに腰かけるとそんなことを口にする。



「ん? なんば、あやまりよっと?」

「いや、俺さ、シャーミィが言葉を覚えて、この街に留まることをよしとしてたんだよ。けど、なんというか、シャーミィが言葉を分かるようになって、ちゃんと働いているのを見て、なんかもやもやしたんだよ」

「もやもやした? なん、私が言葉を覚えたら、ここにのこっと思ったと?」



 素直に自分の心情を口にしたマサルに、シャーミィは心外だとでもいうように告げる。そしてシャーミィはマサルのベッドに立つ。驚いてマサルがシャーミィを見れば、シャーミィはベッドに膝をついて、その頬を両手で挟み込むように小さくたたいた。



「――マサル」



 そしてマサルの名を呼んで、じっとその目を見つめる。目をそらすことを許さない、そんな目だ。

 その目に見つめられると、マサルはぞくりっとした。



「私は、自分の言ったことをまげんよ。私はマサルについていくってきめとる。やけん、そがん不安はいらない。嫌って言われても――折角見つけた同郷についてこんとかありえんもん」



 真っ直ぐに見て告げる言葉は、どうしようもないほど本気に満ち溢れている。

 その目を見れば、シャーミィが本気でマサルについてきたいと思っていることが分かる。マサルはその言葉にぽかんとした表情を浮かべる。それを見て、シャーミィは笑って、マサルの頬から手を放す。



「……そうか」

「そうよ。私が言葉をおぼえよっとは、マサルの負担になっとって嫌やけんやもん。そがんこと考えんでよかと」

「……ああ。本当、ごめん。変なことでもやもやして、変な態度を取ってごめん」

「よかよ、気にせんで。ふふ、やっぱマサルもまだまだわかかね」

「……いや、俺の方が年上だろ」

「いや、それは……まぁ、よか」



 シャーミィはマサルよりもずっと年上だが、どうせ信じないし……ということでそのことを告げることはひとまずやめておいた。



「マサル! マサルは此処でアルバイトして色々学ぶ、で、私は言葉をもっと学んで、ここでの暮らしに適用すっけん」

「――ああ。そうだな。それでしばらくしたらまた新しいもの探しに行こうな」

「うん。私、おいしかもん、いっぱい食べたかもん。一緒に美味しかもん、食べよう!」




 そんな決意を二人で話し合う。


 ――そして、二人の距離は縮まるのだった。

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