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「おかえり、マサル!」
マサルが複雑な気持ちを感じているとはいざ知らず、シャーミィ満面の笑みである。
宿の部屋でマサルを迎えたシャーミィはふかふかのベッドの上に立っていた。何故かベッドの上に立ち、マサルが帰ってくるのを待っていたらしい。
シャーミィも宿の仕事をしていたはずだが、シャーミィには疲労の色さえも見えない。仕事とは楽しいことばかりではないものだが、シャーミィはまるで楽しい事しかなかった! とでもいう風な笑顔である。
それがなんとなく、気に障るというか、自分がもやもやした気持ちになっているというのに何も考えていない様子のシャーミィに少しのいら立ちをマサルは感じてしまう。
(こんなことを考えてしまうなんて俺は嫌な奴だ。俺の方がシャーミィより年上なのに、シャーミィよりも俺が余裕があるのか、なんというか、焦ってしまう)
マサルは焦りの気持ちを感じている。
余裕のある大人とはいえ、突如やってくることになった異世界での日々はマサルにとっての一種のストレスである。シャーミィという日本人仲間が出きたことが嬉しかった。
そして言葉も喋れないシャーミィを守りたいと思っていた。――けれど、シャーミィは焦るマサルと対称的にただ笑ってる。
「マサル、なんか嫌なことあったと?」
そんなマサルの様子を見て、シャーミィはベッドから飛び降りると心配そうにマサルの顔を覗き込む。
シャーミィは心からマサルのことを心配しているらしい。マサルの抱いている複雑な気持ちなど全く把握していないようだ。
そもそもの話、土の中での暮らしが長すぎるシャーミィは細かいところを気にしない性格である。マサルの悩みも、シャーミィは分かっていない。
――その笑みがマサルにとっては眩しい。ただただまぶしすぎて、目をそらしたくなるほどに。
「……シャーミィは随分、宿の人たちと仲良くなったんだな」
「そう見える? それなら嬉しか。一生懸命お手伝いしたら、仲良くなれたんよ」
心の底から嬉しいとでもいう風にシャーミィは笑った。
「――良かったな」
マサルはそれ以上何か話していると、何とも言えない気持ちを口に出しそうだったので、ベッドにそのまま横になる。
そしてアルバイトの疲れからか、寝息を立て始めるのだった。
その様子を見たシャーミィは、大丈夫だろうか? と感じて仕方がないのであった。
それ以降も、マサルは何処か様子がおかしかった。
アルバイトには真面目に取り組んでいるらしいというのはシャーミィも聞いている。
シャーミィが宿の従業員に連れられて買い出しに向かった時に、マサルが仕事をしているのを覗き見したがとても真面目にやっていた。街で聞く噂でも、美味しい料理を作る異邦人がいると噂になっているとも聞いた。
シャーミィは、マサルがアルバイト先で意気揚々と料理を作って、良い環境にいると知ってほっとした。
マサルの料理はおいしい。おいしい料理が、シャーミィが大好きな料理がこの世界の人々にも受けいられていっていることがシャーミィには自分のことのように嬉しかった。
にこにこと笑っているシャーミィに、宿の従業員は「シャーミィはマサルさんが本当に大好きね」とほほえましいものを見る目で笑っていた。
しかし、ならばマサルはどうして様子がおかしいのだろうかと思ってならない。
シャーミィは、三百年も魔物として土の中で生きていた存在だ。人の感覚というのは、地球に居た頃で止まっている。土の外に出て、同郷の者に出会えてうれしいという気持ちで胸いっぱいなシャーミィには、マサルが何をもってしってそんな態度なのか分からない。
(なんかマサルのためにできんかね。なんかせんと、マサルと距離が開きっぱなしになっかもしれん。折角会えた同郷やもん、このままでよかとは思えん。それか、私が魔物だと知ったんかな? いや、でも全然信じてくれんかったし、私がそれだと知ったらもっと怯えそうやし。んー……どがんしよ)
マサルを元気づけるためには何をしたらいいだろうか、そう考えた時、一つの案を思いつく。シャーミィは名案だと思い、さっそく行動を起こすのだった。
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