萌研のオレがネトゲ嫁を本当の嫁にするまでの話

ヒチャリ

第1話 入部っ!したいですぅ……

 自宅PCに映り出されたゲームのアバターをジッと眺める。今のオレは勇者ゼクノス。凛々しく切れ長な目と整った鼻筋、加えて引き締まった口元を兼ね備えたイケメン勇者である。


 文句なしのパーフェクトフェイスで金色の髪を揺らしながら堂々と一人の女の子の前に立つ。


 目の前に立っている彼女は、嫁のハル。ゲームのプライベートルームではフリルのついたエプロン姿でキュートに出迎えてくれる魔法使い。赤色ロングヘアーの彼女はキラキラした眼差しでいつも甘い言葉をかけてくれる。

 

 オレはそんな彼女が、好きで好きでしょうがないのだ!


 ゲーム内で結婚歴1年を迎えようとしている今、一世一代の大勝負に出ようとしていた。


 ゲームのチャット欄に打ち込んだテキストを再三見返し、メッセージを送ろうか送るまいか迷いに迷う。


「じゃあ私そろそろいきますね」


 彼女からメッセージが来ると同時に、もうここしかないという勢いでエンターキーを押す。

 

 人生最大の大勝負。さぁ、伝えることは伝えた。あとは相手の出方を待つのみ。


 しばらく、間があり、一言メッセージが来る。


「ちょっと考えさせてもいいですか」


 えーと、これは保留ってことですかね。まだ望みはありますかね。大丈夫ですかね。ねぇ神様、教えて!

 

 オレは机に突っ伏しながら待つしかなかったのであった。




 それから一週間後。


「ユナたんルートキタァァ〜」


 部室のテレビでノベルゲームをプレイしていた及川の歓喜の声が部室中に鳴り響く。が、オレがその会話に乗らず無視したせいで再び部屋は静寂に返る。


「おいおい、今田氏まだ引きずっているのかい?」

「ほうっておいてくれ」


 やはりここでも机に突っ伏していたオレは、顔を上げる。辺り一面、女の子キャラのフィギュアやポスター、漫画で埋め尽くされている部室。


 オレ、今田俊(いまだしゅん)は2次元をこよなく愛し続けて8年、現在20歳の遅田(ちだ)大学萌研メンバー。


「どうせ、ネトゲの嫁なんてネカマでしょ」

「ネカマじゃねえし、ゼッタイ女子だから」


 及川はオレと同じ萌研メンバー。一緒に2次元を語り合うベストパートナー。ちょっぴりふくよかなお腹と真丸メガネがトレードマークである。

 

 彼もオレのネトゲの嫁のことは周知であるのだが、性別すら疑い出す次第である。弁明するためにオレは再び口を開く。


「だって、アバターセンスもいいし、言葉もカワイイし、優しいし」

「でもそれ、女であるって証拠じゃなくね」 

「いやいや、価値観も合ってたし」

「価値観というのは?」

「それは、萌え系の押しキャラとか」

「怪しいでしょ、やっぱり」

「グヌヌっ……」

   

 及川の冷静なツッコミに対して、言葉が詰まっていく。つい目の前にあるフィギュアを手に取り、助けを求めてしまいたくなる次第だ。

 

「それに今田氏っていつからそんなグイグイキャラになったの」

「ゲーム内結婚の関係だけかと思ってたよオレも。だけどなんか止められなくて」

「だけど、もう1週間ログインもないんでしょ」

「うぅぅ」


 オレと会話しながら、淡々とゲームを続ける及川だったが、


「私も好きだよ」


 テレビ画面から出てくるサービスボイス。


「ぬホォー、ユナたんはやっぱり裏切らない」


 テンションマックスな及川に対し、オレは呆然としながらフィギュアを持ち上げる。フィギュアの女の子の顔をジッと見つめる。


 あの子にはやっぱり届かなかったのかな。


 ハルのことをぼんやり浮かべながら、思いを馳せていると突如ドアのノックの音がなる。

 

「はーい、どちら様〜」

 

 ゲームをしながら返事をする及川。少しだけドアが開く。しかし静かな間ができてしまう。

 

 オレはつい及川と目を合わせてから、ドアの方へ寄っていく。少し開いたドアを開けていくと、


「はいぃっ!」


 声を上げながらもドアの前で飛び跳ね、その場から一歩退く女の子。黒髪ボブカットで瞳はお人形のようにくりくりしている。どことなく緊張した面持ちで、いわゆる小動物系。3次元でありながら可愛さにあふれている要素が詰まっている。


 そんな女の子がなんの用事であろうか?

 ついオレが見惚れていると、背後から及川がやってくる。


「あのぉ〜、どちら様?」

「あのあの」


 少女は及川から質問され、余計に戸惑い気味になってしまう。


「今田氏、知り合い?」

「いや、はじめましてかな」


 改めて彼女の方へ見やるとオレの方をマジマジと見ているではないか。


「いまだ……」

「えっ?」

 

 オレの名前を呟くとともに、その後、言葉が出ないままの彼女だったが、何か意を決したかのような表情になる。


「もしかしてなんかの勧誘とか?そういうのは」


 及川が口を切ると同時に、彼女がスカートの裾を手で握りながら、真っ直ぐオレの目を見つめる。そして一言、


「入部っ!」

「にゅうぶ?」

「したいです……」

「えっ、、、えーとここに!?」

 

 オレのリアクションに全力でうなづく少女。


 あまりの一瞬の出来事に困惑し、立ち尽くしてしまうオレと及川であった。




 

 

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