第1回朝読書速読杯
半社会人
第1回朝読書速読杯
中学生というのは基本的に馬鹿な生き物だ。
もちろん、あらゆる中学生が馬鹿だというわけではない。
中学生にもかかわらず、大学レベルの自然科学を理解して、実際に研究までしている
すごい学生はいる。
でも、やっぱり、中学生の大多数は馬鹿だと思う。
「なあ、今日から朝読書だろ? 」
そう言って声をかけてきたのは
このクラスで一番の馬鹿だ。
「それがどうした? 」
自分が話しかけられたわけでもないのに返事をしたのは
このクラスで一番の愚か者だ。
「朝読書の時間だけ使って、一番多く本を読んだ人間が勝ちって勝負しないか?」
速人が相変わらず馬鹿なことを言う。
「なるほど……面白いな」
それに疑問を覚えず光が答える。
「お前はどうする? 」
満足気に頷いた速人が、僕の方に視線を移す。
僕は口を開いて
「いいよ。やろうじゃないか。朝読書で速読勝負」
他人のことを馬鹿だと思っている馬鹿がこの僕、
馬鹿だと自覚しているだけまだましだと思っている。
「よし!! じゃあ、さっそく今日から始めるぞ!! 」
かくして、第1回朝読書速読杯の幕が切って落とされた。
参加者は3人。
賞品はちっぽけな自尊心だ。
――――――――――――――――
朝読書の時間とは、文字通り朝、読書をする時間である。
高校生でやっているかのかは知らないが、中学生の僕らにとっては小学生の頃からあるポピュラーな時間で、
各々好きな本を持ち込んでは、真面目に読書に励む。
読書ペースは人それぞれだから、本来そこに勝ち負けが介在する余地はないのだけれど、馬鹿な中学生というのは、何にでも勝負をつけたがるものなのだ。
速人は日当たりのいい自分の席にやや浅く腰掛け、図書室で借りた「不思議発見科学シリーズ」を読んでいる。
対する光はというと、体を前のめりにしながら太宰の「人間失格」に取り組んでいる。
どちらも勝負に夢中になって、本当にそれで読めているのか不安になるペースでページをめくっている。
かつてここまでの熱量で読まれた「人間失格」があっただろうか。
ちなみに僕はというと、家から持ってきた300ぺージ以上ある文庫本をゆっくり読んでいる。
やがて朝読書の終わりを告げる軽快なチャイムが鳴った。
「ふふ、もう50ページも読んでしまったぜ」
「俺は200ページだもんね」
速人と光がさっそく戦績を誇らしげに語る。
それから僕の方を見て
「法人、お前は? 」
「20ページだよ」
「おいおい、大丈夫か?」
「そんなんでついてこれるのか? 俺達のスピードに? 」
これほど追い越したくないと思ったスピードも珍しい。
僕は嘆息して
「僕には僕のペースがあるから」
「まあ、いいけど。勝負からは逃げるなよ」
もちろん、そんなことはしない。
____________________
中学生の流行は大人の社会のそれよりも移り変わりが激しい。
先週まで好きだった芸能人が、今週には「どこのどなた? 」程度の認識に落ちてしまうのが通常だ。
とはいえ朝読書は毎日課されるものだから、速人と光の二人が飽きることはなかった。
ただ、その勝負の方法は大幅に変化した。
始めの内は、まだ真面目に読書に取り組んでいた二人だったが、このペースではとてもではないが相手を追い越せないことが分かったのだろう。
やがて、「本」として読書の対象にするものを、いかに薄くするかにその情熱を傾けだした。
50ページ足らずの文庫本をどこからか見つけてきたり、ライトノベルを持ち込んできたり、ひたすらイラストばかりの絵本を持ってきたり。
いかに早く読んで、いかに次の本に移るかが、この勝負の眼目というわけだ。
しかし効率の良い本となると、おのずと形は定まってくる。
次第に二人とも本のチョイスが被ったり、適当に読書をするようになる。
「おい、光! 俺の真似すんなよ! 」
「はあ? まねじゃないし! この『はらぺこあおむし』が『読んでください!!』って俺に語りかけてきたんだし!! 」
世界広しといえど、『はらぺこあおむし』に呼びかけられた人間は光が初めてだろう。
「お前こそ、ちゃんとウォーリーを探せよ!!なんでそんなにはやくページがめくれるんだよ!! 」
「俺の目には常にウォーリーが見えてるんだよ!! 」
多分この中学校屈指の動体視力だろう。
やいやい二人が言い争っている間に、僕は淡々と本を読んでいる。
「おい、法人!! 」
「なに?」
「お前は真面目に本を読んでいるみたいだけど、ちゃんと勝負にも参加しろよ」
「そうだぞ。さぼるのはよくないぞ」
だからそんなことしないって。
_____________________________
1学期の終わりが近づき、第1回朝読書速読杯もいよいよラストスパートに入った。
二人の本を速く読むための努力には、目覚ましいものがあった。
まず、市販の本を読んで勝負することに、二人は限界を感じつつあった。
どうしたって市場に出回っているものは、どんなに本文が薄くとも、商品である以上それなりの分量がある。
一々真面目に読んでいては、相手より読書量で上回れない。
そこで二人が考えたのが、ネット上の小説投稿サイトに掲載されている作品を読むことだった。
もちろん、建前としてスマートフォンの学校への持ち込みは禁止されているので、
二人はわざわざ読みたい作品を家で印刷してきて、別の本の陰に隠れて読んでいる。
しかしそれでは「本」を読んだことにならないのではないか、という疑問が二人の間で持ち上がり、今度は電子書籍を購入し、それを読むようになった。
こちらもわざわざダウンロードして印刷を行い、ブックカバーも掛ける念の入れよう。
電子書籍なら、販売しているサイトによっては一ページで終わったりしている作品もある。
二人の読書量は格段に伸びた。
やがて本の分量を減らすことだけではなく、二人は「読了」のジャッジにも
工夫を凝らし始める。
ウォーリーを探すのが目的なら、ちゃんとどこにいたのか報告する。
飛び出す絵本なら、きちんと絵本から飛び出させる。
あるいは、「俺の方が東に近いので、日付変更線に近い。つまり俺の方が1日に流れる時間が早い。つまり読書のスピードでもお前らより早い」というアクロバティックな論理を繰り出したり。
たかが朝読書。
されど朝読書。
二人は半年間、しのぎを削り続けてきたのだ。
やがて、訪れたその日。
朝読書の時間最終日。
二人は最後の読書を終えると、どちらともなく近づいて
「お前は何冊読んだ? 」
「お前こそ何冊読んだんだよ? 」
ついに始まった読書量比べ。
光が500冊だったと述べれば、速人は
510冊だと言う。
それを受けた光は「よく考えたら600冊だった」
と言い、速人は「欧米式に考えたら700冊だった」と
言い返す。
ここにきてとまらないインフレーション。
実に馬鹿げたことにエネルギーを費やしている。
「俺はー」
「俺の方がー」
肩でぜいぜい息をするレベルで議論を行う二人。
まったく事情を知らない他人から見たら、
いったいどんな重要な案件を話合っているのかと思うだろう。
どうあっても勝負が決まらないなか、思い出したように
速人が声を出して
「そういえば、法人は?」
「そうだそうだ。お前は何冊読んだんだよ? 」
「ずーっとスローペースだったもんな、お前」
僕は自分に向けられた質問に嘆息して
「それより、お前たちに聞きたいんだけど」
「? なんだよ? 」
「この半年の間に読んで、一番面白かった本は? 」
僕の質問に二人は顔を見合わせた。
一番面白かった本?
「別に面白かった本じゃなくても、感動した本とか、印象に残った本とか」
僕の質問に、二人はそれでも答えない。
いや、答えられない。
あれだけ矢つぎばやに消化していっては、記憶に残っていないのも無理はない。
「僕は10冊しか読めていないけど」
僕は「はあ」とため息をついてから
「それでも、身になる読書は出来たと思うよ」
単にスローペースを保っていたわけではない。
きちんと自分の栄養になるように読んでいたんだ。
君たちと違って。
そういう気持ちで言ったのだが、
二人は理解できない様子だった。
まあ、仕方ない。
中学生の大半は馬鹿だから。
そして、速読勝負にそのスタンスで臨んだ僕もまた……
かくして、朝読書と、中学生の日常は続いていくのだった。
―了―
第1回朝読書速読杯 半社会人 @novelman
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