ボールカッター ~~玉金喰種の猛襲~~

武州人也

玉金喰種

 七月某日、精子湖しょうじこで男性一名の遺体が発見された。陸地に釣り具が残されていたことから釣り中に湖に転落したのだろうと思われたが、奇妙なことに男性の股間部分が、何かに噛み砕かれたかのように潰されていた。死因はこれによる失血死だとされた。

 死因には首を捻らざるを得ない部分が多くあった。その奇特な死因はどうやってもたらされたのか。人の仕業なのか、それとも別の何かによるものなのか……


 ここ精子湖では四日後に、男子高校生選手による遠泳大会が行われることになっている。その現場で起こった不吉な事件は、大会運営に大きく水を差すものであった。

 この大会は私鉄会社がスポンサーとなっている著名な大会であり、主催である市は何が何でも開催を決行したい考えのようだ。結局、開催中止の判断が下されないまま、捜査が進められることとなった。


***


 夏草の青い匂いが、湿気を含んだ生ぬるい風に運ばれていた。

 湖畔の木陰に、三人の男が集まっている。がっしりした体格の中年男性、腰まで伸びた金の長髪を持つ燕尾服姿の青年、そして白い髭に覆われた、グレーのTシャツ姿の小柄な老人という組み合わせだ。


「タマーキン博士、ご協力ありがとうございます」

「ワタシからも、重ねて感謝いたします」


 中年男性、有島時雨ありしましぐれが白髭の老人に頭を下げた。後ろの金髪、メイスン・タグチもそれに続いて頭を下げる。


「いやはや、メイスンくんの頼みとあらば断われんさ」


 そう言ってタマーキンはスキットルの中身を一口あおると、茶色い筒をバッグから取り出し、その筒の蓋を開けた。


 警視庁特殊生物対策課の有島刑事は、嘱託職員である私立探偵メイスンとともに数々の奇怪な事件を解決してきた。殺人ダイコンやサメなど、例を挙げればキリがない。

 今回、調査の協力者として呼ばれたのは、ロシア系アメリカ人の海洋学者ジョセフ・タマーキン博士であった。メイスンの学生時代の師であるそうだ。


「これは?」

「餌だよ。木の実や水草を混ぜ合わせて作った特製の餌さ。これで今回の犯人を炙り出すのだ」


 タマーキンはピンポン玉サイズの茶色い球状の餌を釣り針に突き刺した。どうやらこれが餌であるらしい。


「釣りはワタシがやりましょう。博士、竿を」


 メイスンは博士から釣竿を受け取り、竿を振るって釣り糸を飛び込ませた。


「博士、その様子だと目星はすでについておられるようですが……」

「ああ、その通りだ」

「ワタシもです。男性のボールが潰されたと聞いてを思い出しました。あっ、引いてる」


 メイスンの竿に、手ごたえがあったようだ。メイスンは力を込めて糸を巻き取り、竿を大きく振り上げた。水しぶきが上がり、釣られた魚が姿を現す。

 

「うわっ! ピ、ピラニア!?」


 その魚を見て、有島刑事は素っ頓狂な声を上げた。餌に食いついた体長五十センチメートルほどの平べったい魚が、あのピラニアそっくりであったからだ。


「はは、刑事さんは魚に疎いようですな」

「時雨サン、これはコロソマという草食魚です。確かにピラニアに近い種類ではありますが」


 そう言って、メイスンは魚の口を開けて時雨に見せた。


「うわぁ……人間の歯みたいで不気味だ……」

「肉食のピラニアと違って、コロソマの歯は木の実を噛み潰すために臼状になっているのです」

「コロソマはとも呼ばれておってな、木の実と間違えて男のアレに食いつきカットしてしまうのさ」

「やめてくれよ……想像したくない」


 からかい混じりに語るタマーキンの話を聞いた時雨の表情が、引きつったものに変わった。


「まぁ、この魚がどの種類かはしっかり同定してみないことには分からないのですが。そこは博士に任せましょう」


 この後、メイスンは同様の魚を二匹釣り上げた。釣った魚を持って、メイスンとタマーキンは科捜研の施設へと向かったのであった。


***


「時雨サン!」


 次の日、家にいた時雨の元に電話がかかってきた。


「あのコロソマについて分かりました! 未記載の新種だったんですよ!」

「え、新種!?」


 生物学にそれほど詳しくない時雨でも、それが大発見であることは十分に理解できる。メイスンがいささか興奮気味であるのももっともだ。


「取り敢えず、研究所に来てくれませんか?」

「分かった」


 メイスンに言われて、時雨は博士が間借りしている施設へと車を飛ばした。


 研究所内の三つの水槽には、例の魚が一匹ずつ入れられ泳いでいた。どれもうろうろと落ち着きなく水槽の中を左右に泳いでいるのが見える。

 

「よく来てくれた。わしもびっくりしたさ。コロソマ属の一種と思われるのだが、同属のどの種とも違う新種だったのだ。これを見たまえ」


 タマーキンは屹立した男子の物を模したシリコン製の玩具を掴むと、それを一つの水槽の中に投げ入れた。ぼちゃんという音を立てて水の中に沈みゆくそれは、水槽の底に着く前に食いつかれた。

 食いついたのは、勿論新種コロソマである。新種コロソマは玩具のの部分に噛みつくと、一発でそれを噛み潰してしまった。まるで金づちで泥団子を叩き潰すかのように、シリコン製の玩具に付いているは圧壊されたのである。


「コロソマは大人しいことが多いのですが、この新種コロソマは非常に凶暴なようです」

「これは仮説でしかないが、餌の少ない環境で数少ない採食機会を逃さないために、目についた丸いものに何でも食いつく性質を備えるようになったのだろう。だがまだ分からないことが多い。そもそもコロソマは南米原産だ。日本の湖にいるはずがない。一体どこから来たのか……」

「取り敢えず遠泳大会を中止させなければ。大会はもう明日だ。時間がない」


 時雨は市長を説得するべく、きびすを返して施設を後にした。

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