賢狼だけが世界の秘密を知っている
落花生
第1話賢狼
これは、人間の文明が滅んだあとの物語だ。
死人が、どんな獣よりも醜い叫び声をあげながら歩き回っていた。
賢い狼たるハルは、その叫び声を聞きながら三度目の出産で得た我が子に乳をやっていた。死人たちは、狼のハルたちは襲わない。そのため、のんびりと子供たちの世話をすることができる。
しかし、ハルの気分は浮かなかった。
生まれた子供たちは、どれも自分の頭脳を受け継がなかった。
一度目や二度目に授かった子供たちも、すべてが言葉を理解することができない。祖先から受け継いだ賢狼の血は残すことができたが、知識はここで途絶えるのかと思うとハルは落ち込んでしまうのである。おそらくは、父の血筋がどれも悪かったのだろう。
子供たちの父親は、すべてが普通の狼だ。できるだけ賢い者を選んだつもりだったが、それでもやはり普通の狼ではいけなかったらしい。だが、賢狼の血を引いている雄狼はすでにいなくなってしまっている。父親は、普通の狼から選ぶしかなかった。
死人と風の音が響くなかで、人間の赤ん坊の声が聞こえてきた。
その声に、ハルは耳を立てて音を確認する。赤ん坊の声しかしないということは、近くに人間の大人――親はいないようである。捨て子ということだろう。ここらの森にでも置いておけば、狼か死人が赤ん坊をむさぼり食うとでも親は思ったのかもしれない。
ハルはゆっくりと立ち上がり、縄張りの森を歩きだした。声のほうに行ってみると、すでに赤ん坊を死人が取り囲んでいた。死人は、人間が生き返った化け物である。知能はなく、ただうろうろと歩いて同胞であったはずの人間を喰らう化け物であった。そんな化け物が、赤ん坊を襲おうとしている。
普段であったら、ハルは赤ん坊を見殺しにしていただろう。
だが、そのときハルに名案が浮かんだ。
人間の赤ん坊に、自分の知識を与えよう。
血筋とは別に、知識を残せる存在を育てようと考えたのだ。ハルは大きく吠えて、赤ん坊と死人の間に入った。そして、布にくるまれている赤ん坊を咥えて逃げ出す。赤ん坊は激しく泣いており、その声は獣と死人しかいない森のなかに響いた。
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