第57話

「お前の目は節穴か? どこ見てパスしてやがる?」

 ……うわぁ。こういう人種も入学試験を受けに来てるんだ。


 ☆


《桜四係》を拝命してから三週間。

 今日は待ちに待った入学試験当日だ。

 拝命してから今日に至るまでの詳細は割愛させてもらうよ? 

 だって、ただひたすら勉強の日々が続いただけだからね。


 毎日机の上で云々うなるだけの日常なんて誰も興味がないと思うし。

 ちなみに叔父と妹への倍返しは一旦停止している。鳴川さんたちが紹介してくれた試験日まで時間がなかったこと、仮にも公安に関わる立場になったからだ。


 もちろん復讐を断念したわけじゃなく。

 魔法の行使を黙認してもらえる特権を得たわけだから、むしろ容赦を加えないつもりだ。

 とはいえ、自己破産まで視野に入っている叔父を二度と浮上させたいためには


 悪か善かで言えば間違いなく、悪を成そうとしているわけだから、長官や九条さんに一報してから事に当たろうと思っていた。

 

 もちろん彼らが賛同してくれるわけがないだろうけれど、僕は言わば異物だ。

 勝手な想像だろうけれど、《桜四係》に属している面々も。仮にも異世界からの帰還者が報酬と特権の見返りで警察と手を組むことを決めた連中だ。まともであるはずがない。


 僕もその一人であり、《桜四係》制度を危惧する存在であることを早く刷り込ませたいというのもあった。何より本当に黙認で済むのかどうか、試験の意味も含んでいるわけで。


 あの日交わした《呪術契約》も本当に機密事項漏洩阻止に係る条文のみの記載ではあったけれど、約束を反故にするようなら警察に手を貸し続ける必要はないからね。


 そんなわけでしばらくは勉強漬けの日々が続いたわけで。

 鳴川さんは主演映画の撮影に入り、源さんもアクション撮影が始まったとのことでめっきり会う機会も減ってしまい、メッセだけのやり取りになっていた。


 九条さんも長官から色々と激白され、場合によっては鍛えられている頃だろう。一才音沙汰がなかった。

 彼女なら異世界や異能、魔法といった存在をすぐに飲み込める肝の持ち主だけに再会が怖い。

 もちろん《魔眼》の移植は成功を祈っているけれど、もしも九条さんが適合してしまったら――ぶるっ。あっ、良くない妄想だ。やめよう。鳥肌がおさまらないや。


 あっ、そうそう。

 鳴川さんのお母さんだけれど、近々手術が予定されている。

 といってもすでに《治癒魔法》で病魔は取り祓われているはずだけど。


 あれから九条長官からも音沙汰がなかったのだけれど、鳴川さんから母親が患っている奇病治療の第一人者――ようは凄腕の医者が突然現れたそうだ。


 どうやら妙齢の女性らしいけれどその正体はおそらく長官が裏で手を回した《治癒魔法》の使い手だろう。

 鳴川さんのメッセによると、直美さんをこれまで担当していた医者と凄腕の彼女は知り合いで、担当医は奇病のことをよく相談していたこともあり、この度海外から帰国する彼女に診てもらう手筈になった、とかなんとか。


 この辺は鳴川母娘に不振がられないための設定だろう。

《治癒魔法》という現代医療のあらゆる法則や技術を超越する存在を隠し通すための工作。

 まあこれからハンドパワーで直美さんの奇病を治しましょう、なんて打ち明けるわけにはいかないよね。

 どう考えても近寄り難い危ない人物だもん。だから外向きは手術で完治したように見せることにしたんだと思う。


 僕が《治癒魔法》を行使できない点から考えてもこの使い手がいかにとんでもない存在なのか痛いほど分かる。

 凄まじい金と欲望が渦巻く、ある意味特大な爆弾とも言える存在であるわけだ。


 で、余命幾ばくの直美さんだけれど、タイミング的には娘の主演が決まった時期でもあるわけで。

 娘の晴れ姿を一眼見たいというバイタリティが手術成功という『奇跡』を創り上げるわけだ。


 僕でさえこんなに容易に展開が予想されるわけだから、僕と鳴川さんの関係を洗い尽くした上で、握手を求めてきた長官なら予め描いていた筋書き通りだろう、きっと。

 転んでもただじゃ起き上がらないわけだ。

 さすが【白い暗殺者】

 戦闘力で劣っても暗躍や裏工作では何手も先を行く。油断できない存在だ。

 

 余談だけれど、僕は《桜四係》に係る報酬は

まだ一文足りとも貰っていない。

 けれど年間100億もの予算が付いていることから、お金には困らないことは想像に難しくないわけで。

 なんなら《魔法》や《錬金術》を黙認される立場になったことでその問題は解決してしまったとも言える。


 とはいえ、表向きは一般人の生活を続けていくわけだから、いきなり豪遊や豪華な暮らしをするつもりはなくて。


 本来の高校生が得られる報酬の範囲内かつ学問との両立等をした水準での生活というものに興味があって。


 僕はこの三週間質量残像により徹底的にマネーリテラシーも磨き上げていた。

 結論から言って僕は月8万円ほどあれば生活できそうだった(叔父から仕送りされる学費を除く)。


 家賃もワンルームであれば2万円以下のところはいっぱいあるし、今や警察がバックにいる僕は職権を濫用すれば保証人がいなくても契約を結ぶことだってできるだろう。


《桜四係》は警察の犬、長官の駒になる代わり、やはりその見返りが大きいと言わざるを得ない。僕にとっては悪くない勧誘だと言えそうだね。


 さて、そんなわけでペーパーテストを終えて、実技試験――バスケットボールの試合をすることになり、事件それは起きた。


 鳴川さんと源さんが紹介してくれた高校はアイドルや女優のために設立されていたこともあり、採用される男子生徒の数が少ないことは前述のとおり。


 転入生は四半期ごとに行われる入学試験を受けることになっているのだけれど、競争が激化している事実があるためか、目が血走っている受験生も少なくなく。


 試験員や面接員に気に入られようとここぞとばかりにアピールしてくる。

 倍率が激化している人気校ならば決して珍しくない光景だろうけれど、中には彼のような行き過ぎた少年もいるようで。


「ごめん。鬼龍院くん」

「アん? ごめんで済んだら警察は要らねえんだよ下手くそが」


 両耳にピアス。派手なパーマと刈り上げが特徴的な受験生――名を鬼龍院というらしい――は自身へのパスをカットされて腹が立っている様子。


 ミスをした男子生徒――名を下野くんという――に荒い口調で迫っている。

 ちなみに今は3on3での試合中。人生で数回ほどしか経験したことのないバスケットボールの試合をすることになった僕は異世界で鍛えられた目と順応性により見よう見まねでプレーしていたのだけれど、この鬼龍院という男は異様なまでに上手かった。


 いや、上手いなんてレベルじゃない。間違いなくプロの世界でも通用するレベルだ。

 バスケではかの有名な「左手は添えるだけ」なんて名言は誰でも聞いたことがあるけれど、彼はシュートの型がなくても見事に点を取ってくる。

 

 3Pより全然遠い位置から適当に投げたように見えるボールもまるでゴールに吸い込まれていくように決まっていく。

 ドリブルやボールさばき、フェイント全てが完成されている。

 あまりに卓越したプレーにチカラを隠した帰還者だと疑ったぐらいだ。


 ただ、そうじゃないかと思って《導の魔眼》で覗いたのは失敗だった。

 結論から言えば彼はただの無能力者――狭義の意味で一般人だったわけだけれど。

 マズかったのはその経歴だ。


 彼はかつて全国プレイヤーに選ばれるほどの実力を兼ね備えていたにも拘らず、強姦未遂に手を染めていた。

 気分が悪いのは強豪校はその事実を認めることなく、事実上の更迭――退学で対応していたこと。

 

 学校もクソなら生徒も顧問もクソだった。

 試験員や面接員の見えないところで足手纏いの下野くんに暴言を吐く姿や時折、視界に入るアイドルや歌手、女優の卵に舌なめずりをする彼は控えめに言って気分を害する存在だった。


 何よりタチが悪いのは甘いマスクに長身――どうやらモデル活動もかじっているらしい――なことだ。


 下心が見え見えだ。もちろんモテたい、芸能人とヤりたいという欲でこの業界を目指す若者だっているだろう。

 けれど、世間には容認される境がある。理性が働かずに欲望のまま行動する人間は獣や鬼と変わらない。


「佐久間。てめえも俺様にボールを回せ。絶対に下野にはやるんじゃねえぞ。安心しろ。俺に任せておけばこのチームは安泰だ。必ず優勝させてやる。にしてもお前ら本当に運が良いよな。俺にボールを回すだけで評価が上がるんだからよぉ」


「下野くん! パス行くよ!」

「「えっ⁉︎」」

 レイプ魔(未遂だったようだけれど)の注意などガン無視で僕は下野くんにパスを回す。

 両者共に驚きを隠せない様子だった。


 不穏な空気は試験を受けている他の学生も感じ取っていたのか、僕の行動に驚いているようだった。

 バカなやつ、偽善者、強い者に巻かれない俺カッケー、評価狙いなど嗅ぎ取れる匂いは様々。しかもタイミングの悪いことに女子生徒まで体育館に。どうやらあちらは別の競技で試験をするらしい。


「……どういうつもりだてめえ」

「どういうつもりって……これはチーム戦だよ? 一人だけ抜群に上手い人がいるからって全部任せてたら僕たちが要らないじゃないか」


 なによりこれは就活で言うところの集団討議に当たるんじゃないかと思っていて。

 こういうのとって一人がガツガツ主張すればいいわけじゃなくて、周囲の言動を尊重し、他人にいかに気を配れるか、一歩引いたところで皆と接することができるかを見ているわけで。


 まあ、実力を測っているわけだから、そういうところは評価されないのかもしれないけどさ。

 でもシュートが決まるからってボールを回せってどうなのかな? それもたまたま自分が得意な競技が実技試験だったからって他人を蔑ろにしていいわけがない。


 むしろ鬼龍院くんに任せなかったことで不合格になるような学校ならこっちから願い下げだよ。

 善人になるつもりはもちろんないけれど、言ってみればここに志願した生徒は僕と同じように明るい未来を想像し、希望を乗せて志願したわけで。


 言ってみたら同じ志の人たちが集まる場で。ライバルであるのと同時に仲間にもなるわけで。自分らしくないけれどこれも縁だと思うんだよね。一期一会ってやつかな?


 少なくとも僕は天才級の鬼龍院くんよりも不器用なりに一生懸命プレイしようとしている下野くんと一緒に合格したいわけで。


 なんならどちらか一人しか席が用意されていないなら容赦なく鬼龍院くんに犠牲になってもらいたいわけだ。すでにその覚悟は固まっていた。


「遠回しにそう言ったんだよ。役立たず共が。猿と変わらねえ動きしかできねえようなやつは本来と俺と同じステージに立つことさえできねえんだよ」


「じゃあ1on1で勝負してみない?」

 鬼龍院の顔が歪んだのがすぐにわかった。

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