第55話

「お断りします」

 九条長官の勧誘をキッパリと断る僕。

 彼の目が細くなる。


「理由を聞かしてもらおうか」

「警察の犬になるつもりはありません」

 負けじとこちらも圧を放つ。反射と空間転移によるラリーが加速し始めていた。


「ほう。ずいぶんはっきりものを言う」


「僕にはこの世界でやりたいこと、やらなければならないことがあります。異世界から持って帰ってきた異能を正しく行使すべきだという点には同意しますが、監視対象を躾け、思い通りに操りたいというのは傲慢です」


「チカラづくで伏せさせると言ったらどうする気かね?」

「どちらが主人に相応しいかを思い知ることになると思います」


 そう返答した次の瞬間、


 ――ガギン!!


 甲高い音が鳴り響く。

 それは刃と刃が交わったときに響く剣戟の合図だった。


 九条長官はどこからともなく刀身2メートルはある《妖刀悪食あくじき》を抜き去り《縮地》を上回る――おそらく魔眼による空間転移――で迫ってくる。


 僕は聖剣《エクスカリバー》を引き抜き九条長官と対峙する。

 異世界から帰還してから初めての本物。

 不謹慎かもしれないけれど心が弾んでいた。


 ☆


 開始から五分後。

 雌雄を決するときがきた。 

 

 二段階ほどギアを入れたところで九条長官が僕に追い付けなくなり、彼の身体に砂塵がまとわり付いていた。

 

 今は聖剣を首筋に突き立ている図だ。

 最初こそ遅れを取ってしまった僕だけれど、暗殺者の戦闘力は最弱。

 

 暗殺者は『先手必勝』『一撃必殺』『瞬殺』に長けており、初撃で仕留められることが求められる超難易度クラスだ。

 

 だからこそ色々と派手すぎる僕は異端の暗殺者だと師匠に言われていたわけで。

 真っ向から向かってくる戦闘でチカラを解放した僕が負けるはずがない。


「……なるほど。初代から三代目勇者全員が敗れていった魔王を下したのは本当のようだね。全く歯が立たない。文字通りの規格外だ。両手を挙げさせてもらうよ」


 白旗をあげる九条長官。

 一見、ずいぶんあっけなく終わったように思えるけれどそんなわけもなく。

 暗殺者としてはやはり超一流だった。

 最初は後手に回っていたことが何よりの証拠だろう。


 なにより彼が言っていた《空間転移の魔眼》の応用が想像以上に利いていた。

 

 おもわず戦闘中に「そんなのあり⁉︎」と叫んでしまいそうだったからね。

 

 何度タイムリープさせられたことか。

 

 敗北を認めた彼は無人島から長官室へ転移させてくる。

 さっきまで砂と埃まみれだった彼の制服も元通り。綺麗さっぱり新品だ。


 制服そのものを《空間転移の魔眼》で新しく取り寄せたのか、はたまた次元を転移させて制服を過去の時点まで巻き戻したのか。

《導の魔眼》を開眼しなければ分からないことだった。


「さて。警察組織への勧誘は武力では断念せざるを得ないようだ。方法を変えさせてもらおうか」


 椅子に腰掛け、顔の前で両手を組む九条長官。転んでもただで起き上がらない。そんなことわざが頭に浮かんだ。


「まだ諦めていないんですか?」

「当然だとも。異世界で過ごした佐久間くんならば分かるだろう。異能を持ち帰って来た者が悪に手を貸すことがどういう意味を持つのかを」


 言いたいことは理解できる。

 おそらく長官は死霊術――《呪魔法》で死体を操っていた犯罪者の存在は認知しているはず。


 まして僕がそちら側に回ったとなれば頭が痛いだろう。

 帰還者は僕だけじゃないようだし、それらしき人を発見する度に長官に押しかかるプレッシャーは相当のものだろう。

 胃がいくつあっても足らないかもしれない。


「手荒なマネをして申し訳なかったね。だが君も久しぶりにチカラを解放できてそれなりに楽しかったんではないかね?」


「はい。それは間違いないです」


「ははっ。相変わらず正直だな……ごほん。話が遡って申し訳ないが、現実世界には君のような帰還者がいることは前述のとおりだ。娘から佐久間くんの存在を聞かされてすぐにそうだとわかったよ。まあ実力は想像以上だったがね」


「すみませんボコボコにしてしまって」


「これまた手厳しい。帰還者と疑わしき情報を見聞きしたときは必ず手合わせをさせてもらっていてね。万が一のときは私が下すことができるのか、どんな手を使ってでもこちら側に引き留めておかなければいけない人間かを見極めなければならない。むろん佐久間くんは後者だ」


「ちなみに僕以外の彼らの処遇はどのように?」

 一番気になることを聞いてみる。

「これまで私が手合わせした人間は君を入れて七人だ。うち一人が警察組織に入庁し、二人が犯罪行為に手を染めている。そして君を除く残りの三名が私が政府容認の秘密組織に属している」


 なるほど。話が見えてきた。

 つまり長官は警察組織へ勧誘しつつ、実力を測っていた、と。

 もしも己より劣っていれば、対象を監視下におきつつ、公僕になるよう圧力をかけるつもりだったんだろう。


 実力差がはっきりした今、次は秘密組織というわけだ。

 おそらくこちらへの勧誘が彼の本命だろう。多分、餌をぶさらげてくるに違いない。


「秘密組織――名を《桜四係さくらよんがかり》という。総理と私を含め、ごく一部の人間にしか明かされていない極秘の存在だ」


「今度は《桜四係》への勧誘ですか?」


 常時《F分の1揺らぎ》で話しかけられている身としては、いっそ《導の魔眼》で長官の狙いや極秘情報をハックしようかな、なんて頭をよぎったものの、向こうは魔眼所持者。

 必死に阻塞してくるだろうし、そうなれば関係性も悪化してしまう。

 

 洗脳されないよう気を張っておかないといけないのは、無性に腹が立ってくる。

 

「警察組織と比べて《桜四係》は加入者にとっても決して悪い話ではない。ほんのいくつかの条件を呑むことで、《必要悪》として容認される」


 いくつかの条件か……。

 結局は駒になることには変わりないってことだね。

 とはいえ、警察組織のトップから必要悪として見て見ぬふりをしようというのは、異能者の僕からしても魅力的な提案であるわけで。


 たぶん、概要を聞きたいと思う気持ちを抱いた時点で長官の思う壺なんだろう。

 九条さんがこの部屋に来たときに飲まれないように、と言っていた理由がようやく理解できたよ。

 きっとこうやって政治家や上司、同僚に部下を懐柔させてきたんだろう。


 恐ろしい人だ。

 そんな僕の内心など《空間転移の魔眼》を行使しなくてもお見通しなのか、


「難しく考える必要はない。国家を脅かす存在に対応するための秘密組織だよ。外国政府による対日工作、テロ対策、宗教団体、右翼に対応するためのね」


「規格外の脅威を取り除く組織、という認識でいいんでしょうか」


「お見込みの通りだよ。《桜四係》には極秘任務を遂行してもらう代わりに、拘束や監視のない――自由な生活を約束させてもらっている。むろん好き放題にも限度というものはあるがね」


《F分の1揺らぎ》がそうさせるのか、それとも九条長官の勧誘が上手いのか、気が付けば夢中で耳を傾けている自分がいることを自覚する。


 ほんの少しばかりの拘束であとは好きにやっていい。

 総理、もとい政府容認の秘密組織ということは表立った活動もない。

 表沙汰にならない裏の仕事だろう。また異能を行使する対象が悪だとはっきりしている点も大きい。


 放任していれば大勢の負傷者、死者が出る危険因子に魔法を行使するというのは偽善者を名乗る僕にもぴったりだ。


 存在が深淵のように闇である点というのも仮にも暗殺者である僕にとっては美味しいと言わざるを得ない。


 つまり長官の勧誘を僕なりに都合の良いように解釈すると、任務がないときは表の生活――新たな学校でアクションを学びながら――裏で極悪犯罪者を闇討ち――政府や警察組織の目を気にせず一応は現実世界での一般人らしい生活を送ることができる、と。


 さらに魔法を行使できる存在を一応は手懐けるわけだから、も付与されると踏んでいいと思う。


 なるほど。道理で戦闘の方に味気がなかったはずだ。こちらが本命というわけだね。


 やはり長官は僕の思考など手に取るように理解できるのか、


「《桜四係》への任務は政府や警察組織にとってもデリケートな問題を内包しているものが主になる。瞬時に解決が求められるものばかりだ。故に長時間君たちを拘束することもなければ、立て続けに任務が重なることもない」


 まずは拘束される時間の提示。必要最小限であると主張したいんだろう。


「対して《桜四係》に課す誓約は――」


 ・無闇に魔法を行使しない

 特に公共は避けること(※瞳術、幻術により後処理をする場合はこの限りではない)


 ・犯罪行為の禁止


 ・招集に応じること(応じない場合は《桜四係》の特権を剥奪)


 の三つだけ。犯罪行為の禁止は魔法による暴力行為を想定しているとのことだった。

 例えば錬金術による金の錬成などは黙認されるとのことだった。


 いずれも現実世界における良識・常識の範囲内でお願いしたい――政府と警察組織は僕たちの良心を最大限尊重するとのこと。


 質問することを極力避けていたものの、何点か確認したいことがあった僕は、

「いくつか確認させてもらっても?」


「もちろんだ」


「九条長官は僕を無人島に転移させて開口一番、どこの世界から帰還したのかと尋ねました。この聞き方は異世界は一つだけでないことを意味しています。パラレルワールドということでしょうか。二つ目、九条長官が手合わせをした異能者は七人ですが――いますよね? 他にも。


 僕の質問に顔色一つ動かさない長官。

 図星かどうか、一切読み取れないポーカーフェイス。こういうところはさすが【白い暗殺者】、警察組織のトップに上り詰め、秘密組織の創立できるだけのことはある。


『どう? 追えそうかなシル?』

『覗いてみます』

『やめておきたまえ』


『『⁉︎』』


 九条長官は僕たちの胸中に声を転移させて制止してくる。

 魔眼の使いこなしっぷりが異次元レベルだ。

 シルが張っていたはずの阻塞を転移させてから声も転移させてきたのか……!


『私が【白い暗殺者】であることを忘れたかのね。戦闘では歯が立たないが『隠密』『暗躍』『諜報』『隠蔽』ではまだまだ遅れを取るつもりはない。公安や機密事項、《桜四係》に関するものは全て《空間転移の魔眼》で情報を別空間に保存している。異能者による外部からの潜入、ハッキングに対して一ミリたりとも情報を漏らさないためにね。君の質問には《桜四係》に加入すれば否応なしに知ることになる』


 すごいな! 《空間転移の魔眼》ってそんなことまでできるんだ! 

 これは素直に感心だ。魔眼一つをここまで使いこなしている人は異世界でもそうはお目にかかれないからね。


 とはいえ、

「さすがではありますが、皇族の手術場所、日時はダダ漏れでしたけどね。大丈夫なんですか警察の沽券」

「ぐっ……」


 さすがのポーカーフェイスもこの指摘には堪えたんだろうね。吐血する勢いで顔を歪めていた。


「……たとえどのような言葉を並べてもしょせんは言い訳にしかならない。が――私も警察組織の長である前に一人の人間でね。話が分かる人間に愚痴の一つも聞いてもらいたこともあるのだ。もしよければ耳を傾けてもらえないだろうか?」


「まあ何を言っても失態であることには何ら変わりませんけど」


「ごほっ……! なるほど。蓮歌がずいぶん熱心に庇うはずだ。良くも悪くも娘と馬が合いそうだよ君は。ごほん。本件に関しては改めてお礼を申し上げておこう。本当に助かったよ。おそらく佐久間くんが気になっていることはなぜ皇族の手術に《桜四係》を配置しなかったのか、だろう。理由はいくつかあるがその一つに


「…………はい?」

 さすがの僕も首を傾げずにはいられなかった。探知させないため? はて?


「私や君のように暗殺者という特殊な肩書きを持つ者なら《魔力残滓》すらも残さずに潜入・警護できるだろう。それしきのことができないようでは師は決して許してくれないからね」


 苦笑を浮かべる九条長官。それについては激しく同意だ。師匠のスパルタぶりは今思い出しても鳥肌が立つ。


「だが《桜四係》はやはり我々からすれば粗いのだよ。隠す気がない。目利きなら彼らが異能者であることを一発で見抜いてくる。だから私は殿下の手術日時に真の目的を伏せて警護任務に当たらせていたのだよ」


「なるほど。デコイ、欺瞞ですか……」

 ここからは僕の勝手な想像だ。

 もしも僕以外に異世界からの帰還者がいるならば、それは日本だけじゃないと考えていい。異世界転生・転移が日本人だけなんて決まりはないからね。

 世界中にいてもおかしくない。


 仮に異能を持った人が世界中にいたとして、その存在が表に出て来ていないということは、まだまだ稀有な存在だということ。


 その存在に気付いた国家は彼らに莫大な報酬や特権を与えることで、安全と秩序のために裏で働かせている可能性が大いにある。


 僕のでも知っているような有名どころならアメリカなら連邦捜査局FBI、イギリスの秘密情報部MI6といったところだろうか。

 なんなら凶悪な国際テロ犯に潜む可能性だってあるわけで。


「我々が恐れているのは帰還者が危険因子に混ざることだ。強者であれば強者であるだけ、異物であれば異物であるだけ鼻が利く。だから本命の殿下には通常通りの皇宮護衛官に警護させていたわけだ。結果はまさかの大失態だったがね。同情を誘うわけではないが、これから私には警察内部の裏切り者――もしくは私のをくぐり抜けた可能性を探らねければならない上に君の登場だ。頭が割れそうだよ、まったく」


 なんというか言葉が出なかった。

 たぶん、長官が言っていることは本当だと思う。昔から不利な役回りばかりしてきたことが髪色からも安易と想像できる。


 そう言えば三代目勇者の迅さんの右腕だって言ってたような……彼も色々と規格外な英雄であったことは耳にタコができるほど聞いてきた。


 もしかしたら九条長官はそういう星のもとに生まれてきたのかもしれない。

 なんというか御愁傷様だ。


「《桜四係》には報酬に年間100億もの予算がついている。経済的な不自由をさせるつもりはない。次に特権だが、魔法行使の容認、黙認だ。むろん度が過ぎればこちらも庇いきれないが、できるかぎり尊重させてもらおう。そもそも善と悪は表裏一体だ。誰かの味方をすれば他の誰かが傷付く。これは不変のジレンマ。《必要悪》と言い換えてもいい。誰一人傷付かない綺麗な完全な正義など存在しないのだよ。そんなものは理想に過ぎない。それはあちらで嫌というほど思い知らされたよ。だから私は最大公約数のために《桜四係》を創立した。存在そのものが危惧されるのは当然だが、綺麗事だけでは守れていたものも手から溢れて落ちていく。というわけでここからは私も手段を選ばずにいかせてもらおう」


 そう言って九条長官は立ち上がり、ゆっくりと僕に近づいてくる。

《繊細嗅覚》を行使しても無臭。感情が嗅ぎ取れない。

 目の前に立ち手を握るよう差し出してくると、


「《桜四係》に加入してくれれば《治癒魔法》を行使できる人間を紹介しよう」


「……っ!」

 交換条件に思わず肩を上下させてしまう僕。暗殺者失格のわかり易さだ。


「君に医療技術では救えない大事な人はいるかね、佐久間くん」


《繊細嗅覚》から鼻をつんざく匂い。

 全て調査済みのくせに……!

 僕の脳内に鳴川さんの顔が浮かんでいた。


祝10万字!

これからも応援してね♪

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