第40話

 二階担当のテロリスト(以下、AとB)は監視拠点正面のエレベーターが上階に向かって来ることをすぐに察知した。

 一階担当の彼らとは違い、熟練の気配を感じさせる。

 Aは声を出さず、顎でジェスチャーを送った。


 Bは二階に止まるようボタンを押し、三歩下がった先で銃を構える。

 Aに関しては万が一のため、耳のインカムを手で抑えマイクを口に添える格好。

 いつでも緊急事態を発せられるようスタンバイ。


 ――チン。と二階に到着したことを知らせる場違いの音と共に扉が開くと、そこにはストレッチャーを持った研修医が。

 しかもストレッチャー(布団付き)には容態の悪くなった患者を乗せていた。

 

「えっ、なにっ⁉︎」

 と驚く研修医。事態を飲み込めていない様子。

「――ゆっくりとエレベーターから降りろ」

 

 一向に警戒心を緩めないB。

 すでに一階〜四階は制圧完了済み。

 にも拘らず、大胆にもエレベーターを使って上がって来た。


 何かしらの不都合が生じたかもしれないと不審になるのも当然である。

「あの……患者の容態が悪化してすぐに集中治療室に向かわないといけないんです!」

「いいから出ろ!」


 拳銃を天井に向けて威嚇発砲。

 身体を震わせて視線を逸らす患者たち。悲鳴が響き渡る。

 言われたとおり、ストレッチャーを押してエレベーターから出る研修医。


 BはAに視線だけを合わせて指示を仰ぐ。返って来たのは布団の中にいる患者を確認しろという指示。

 銃を構えたまま研修医と患者に近付くテロリスト。銃を構えたまま布団が引き剥がされた瞬間、

「うっ……!」


 二階フロアでの戦闘が開始された。


 ☆


 あー、やっぱり二階で止まっちゃったか。

 九条さんストレッチャーに乗せた僕は堂々と正面エレベーターで最上階の集中治療室までスキップを試みていた。


 各階のフロア担当は制圧後も異常がないか見回りをするだろうし、案外、中央エレベーターから堂々と上に向かうのは盲点だし、見落とされるんじゃないかと期待してのことだ。


 正直に言えば反対される、と思ったんだけど、意外にも僕と九条さんの意見が一致した。

 その一致した意見というのが、『テロリストのリーダーを叩くべき』、『明菜内親王殿下要人の安全確保が最優先』だ。前者が僕で後者が九条さん。


 九条さんの場合は警察の沽券に関わるような問題だし、何より心臓手術を受けているのが皇族だ。彼女の身に『何かあった』では済まされない。


 人質も大切ではあるけれど、あくまで殿下をトップに置いた思考で行動すると。良く言えば職責全う、悪く言えば人質は見捨てるという切り捨て。

 つまり極論、殿下の安全さえ確保できればひとまずの目標は達成というシンプルな思考。賛否両論はあるだろうけど、出来もしないくせにあらゆるものを背負って中途半端な結果を出す人よりも断然マシだ。


 というより九条さんは本物のプロだと確信することができた。もしも人質に何かあれば、これからこの国と住民の安全のために生涯を捧げるつもりだと、言った。何よりそういう信念の元、働いて来たであろう瞳をしていた。


 一方、僕は早くこの場を収めたい&鳴川さん親娘の安全を確保したい。

 だからこそ、まずは指揮官を叩くべきだと主張させてもらった。

 異世界での戦闘で確信しているけれど、チームを率いるリーダーが潰れた場合、待っている結末は、崩壊のみ。


 それは何百、何千という魔王軍との戦闘で目にしてきた。

 そういった経験から、ワンチャン最上階を目指し、頭を落とそうと申し出たわけだ。

 互いの核は微妙に違うけれど、それは言わば目的地に向かう道が異なっているだけ。ゴールは一緒。だからこの作戦が採用されたんだけど……。


 やっぱり二階で止まりますよね、はぁ……。

 驚いた演技をしながらエレベーターから降りる僕。

 ストレッチャーの持ち口をトントンと叩き、九条さんにサインを送る。


 もちろんそれは「すみません、二階で止まりました」という謝罪だ。

 銃を構えたテロリストの一人がゆっくりとストレッチャーとの距離を詰めてくる。もう一人はすぐに援護射撃できる距離で動向を窺っていた。


 布団が捲られた次の瞬間、九条さんの長い脚が蛇のようにテロリストの首にまとわりつく。

 ――ガシャーンッ!! と金属音を響かせながら倒れるストレッチャー。

 戦闘開始の合図だ。


 九条さんの脚がテロリストの首に伸びた次の瞬間にはもう僕は動き始めていた。それはもう一人の彼も同じだったらしくずっと胸ポケットに忍ばせていた銃口をすぐさま僕へと向けてくる。


 けど、遅い。神経を研ぎ澄ませ、集中している僕の反射神経に追いつけるわけがない。

 今回の僕はある意味出し惜しみなしだ。行使するのは《錬金術》と《導の魔眼》の組み合わせ技。

 もちろん異能を感じさせるような露骨なマネはしない。


『シル。悪いけれど彼が持つ銃の構造を?』

『かしこまりました主人マスター


 シルの承諾によりテロリストの銃口から内部に潜入し、隅々まで構造を把握――設計図にまで分解されていく映像が頭に流れ込んでくる。


《錬金術》が物質の理解、分解、再構築を原則としているのは前述の通り。

 対象の特性を理解、化学式を展開し、分解作業に入る。再構築時に《魔力》を媒体にして、精錬に必要である物質に変化、構築式に織り交ぜていく――というのが通常の流れ。


 けれど、理解・化学式の展開・構築式の組み立てを処理せずに裏技がある。

 それらの情報を《導の魔眼》で脳に焼き付けることだ。

 

 数学で置き換えた場合、超難問の答えだけが分かっても《錬金術》は発動しない。答に辿り着くまでの途中式や構造、過程を把握しなければ行使できない。

 

 だから《導の魔眼》で答だけが分かっても意味がないわけで。

 ちょっと分かりにくいかな。

 端的に言おう。ノーベル賞受賞者しか理解・把握できない問題があったとしたら、その脳をそっくりそのまま僕に移植するイメージに近い。


《錬金術》発動に必要なプロセスさえも入った――完成形の脳を《導の魔眼》で把握する。

 これによって僕は術発動に係る時間が皆無になり《閃光の錬金術師》という二つ名まで付いたほどだ。


 とまあ余談はこの辺にしておいて、つまり僕が演出で銃を取り出した次の瞬間にはもう、テロリストのそれは部品毎に分解されていたわけで。

「なっ――!」

 彼の驚きも一際だ。


 絵的には僕が早撃ちで放った弾丸が彼の銃口を貫通し、内部を木っ端微塵に破壊――を狙ったんだけど、《導の魔眼》で視界が360度展開された目で確認すると九条さんはテロリストの意識を落とすことに必死で、僕の動向までは気にはできていない様子だった。

 

 ちょっと芸が過ぎたかな。

 いずれにせよ僕は勢いそのままにソファを踏み台にしてテロリストへと翔ける。間合いに入った瞬間に、飛び蹴りをお見舞いする。右膝が彼の顔面に食い込むようにヒット。そのまま馬乗りにし、朦朧としている意識を拳で奪いにかかる。


 ――制圧完了!


 意識を奪い終えた僕が振り向くと、ちょうど九条さんも仕事を終えたようだった。覗いてみると泡を吹いてテロリストが倒れている。

 女性の脚に挟まれて意識が飛んだんだから、僕が仕留めた彼よりはいい思いができたんじゃないかな? 


「……(ぶくぶくと泡を噴き出しながら痙攣するテロリスト)」


 うん、そういう訳でもなかったみたい。きっと彼は今ごろ逢瀬にいるに違いない。

 九条さんは手を挙げて僕にゆっくり近い付いてくる。

 

 これが意味するところは流石の僕でも理解できるわけで。

 ――パンッ! と気持ち良いハイタッチの音が響く。


「作戦は成功だが……俺様がこんな格好をする必要はあったのか佐久坊?」

 言われてみればたしかに。今回に限ってはナース服を着る必要はなかったかも。

 自分でも意地が悪いなとは思いつつ、


「ああ、それは僕の趣味ですよ九条さん」

「あア″ン⁉︎」

「ははっ。冗談ですって」


「てめえの冗談は殺意が湧くからやめろ!」

 もしかして九条さんって意外と弄られ上手なんじゃ……?

 ぐったりと倒れるテロリスト二人をしりめにそんなことを思う僕だった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る