異世界から帰還した僕は現実世界の不遇を消して行く
急川回レ
第1話
「ぎゃふっ!」
僕のお腹に強烈な拳。
鳩尾に入ったそれは息をするのもやっと。
膝から崩れ落ちるようにして地面に倒れる僕。
口の中に血と土の匂いが広がっていく。
屈辱の味だ。
「で? いくら出せんの?」
髪をかき上げながら僕を覗き込む彼の名は三井友則。
高校イチの人気者。甘い容姿に運動神経抜群、頭脳も明晰だ。
ヒエラルキーの頂点に君臨する王様。
僕は彼にイジメられていた。
地味面で特筆すべき点のない僕は一度だけ三井くんのパシリを断ったことがある。どうやらそれが気に食わなかったようで、それから僕は彼の餌食になっていた。
どうして恵まれている人間が不幸な人間を虐げるのか、それが理解できない。
やっていることは別にして、僕からすれば羨ましい限りなのに。もしもこの世界に神様なんて存在がいるなら本当に不公平だと思う。
「こっ、今月は一万円で許してくれないかな」
僕は胸ポケットから万札を取り出しながら許しを乞う。
「おいおい……ふざけんじゃねえぞ!」
――ボゴッ! ドゴッ!
「きゃいん」
蹴り飛ばされた子犬ような悲鳴をあげたのは僕だ。
「あっははは! きゃいんだって、きゃいん! 犬かっての!」
「おいおい。顔はマズいって友則。殴るなら分からない場所にしねえと」
「最低でも二万って約束だ。それが守れないようじゃ……妹に払ってもらうしかねえな」
「待って!」
「あアん?」
「あっ、いや、待ってください。妹だけは……舞にだけには手を出さないでください。約束の一万円は必ず用意しますから」
僕には妹がいる。今ではたった一人の家族だ。
舞は家族の贔屓目を抜きにしても容姿が整っている。だからこそ女癖の悪い三井くんは手を出そうとしていた。
だから僕は毎月二万円を渡すことで妹に関わらないよう約束してもらっている。
両親が残した財産を奪った親戚は世間体を気にして学費だけは出しているけれど、それだけで生活していくのは当然難しいわけで。
だから僕はアルバイトをしている。
いつだって家計は火の車だ。
「だってよ咲。こいつとは幼馴染なんだろ? 噂じゃ付き合っていたそうじゃねえか」
大月咲。僕の幼馴染で初めて出来た彼女。
「ちょっと、やめてよ友則。こんなみっともない男と付き合っていたなんてバレたらセンスが疑われるでしょ。あんなのママごとと一緒よ。もしくは黒歴史」
咲ちゃんとは中学生の頃に付き合っていた。
彼女は今でこそ垢抜けているけれど、当時はおしゃれや化粧とは無縁の地味な女の子だった。黒髪三つ編み、メガネという委員長を体現したような外見。今は茶髪にコンタクト、入念なメイクで誰が見てもギャルだ。
イジメられていた彼女を庇ってからよく話すようになり、自然と恋仲に発展。けれど彼女は僕のために綺麗になりたいと決心してから変わってしまった。
入念なメイクに磨きがかかり、おしゃれになっていった結果、彼女は棘のあるリア充グループの仲間入り。
環境が人を変えるとはよくいったもので、あの優しかった彼女はいつの間にか僕を蔑む女の子に変化していた。
「それよりお腹空いたんだけど」
「よし。それじゃファミレスにでも行くか。今日は奢ってやるよ」
「いやいや。それ泡銭じゃん」
ゲラゲラと笑う三井くん咲ちゃん。
「つーわけで、三日だ。三日だけ待ってやる。もしも期限を破った時はわかってんだろうな?」
「うっ、うん。わかったよ」
これが僕、佐久間龍之介の日常だ。
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