勇者、降臨

人類解放戦線の女兵士

――人類解放戦線、

ここであたしは何年も戦い続けて来た。


物心ついた頃から、

毎日毎日朝から晩まで。


まぁ、今まで

よく生きて来られたものだと

我ながら思う。


世界の大半を

魔王軍が支配しているこの世界、

人間達は世界の片隅に

追いやられている……。


水に乏しく、大地は痩せ、

埃まみれのここがあたしの、

いや人間達にとって

唯一の居場所だ。


硝煙の匂いと砂塵にむせる、

それがあたしの日常。



なんでも世界を手中に収めた

魔王とその臣民である魔族達は


王都を築いて文明的な

豪華で贅沢な暮らしをしているらしいけど、


そんなものあたしには

想像もつきゃあしない。


水と食糧、武器や銃弾、

そんな物を奪い合って

人間同士ですら

殺し合いをはじめかねない、

そんな生活しか見たことがないからね。


-


今も、最前線で

マシンガンの銃を乱射している。


この戦線だけは

何としてでも死守しなくてはならない。


これ以上、後退すれば

それこそ人間は住む場所を失ってしまう。



戦線の仲間達が

次々と敵の攻撃に倒れて行く。


魔王軍がこんな辺境の地に

これだけの軍勢を送って来たことは

今までにかってなかったことだ。


敵軍が近づいて来るにつれ、

敵の兵士が何かを言っている、

それが分かる。


「勇者だっ! 勇者を探せっ!」


「ここに降臨しているはずだっ!」


はぁっ!? 勇者っ!?


そんなのが本当にいるのなら、

こんな状況になんか、

なってないわよっ!!


――あたしは勇者を見たことが無い。


過去にこの世界にも

何度か勇者が降臨したらしいけど、

みんな魔王に返り討ちにされたと聞く。


もし勇者が本当にいたのなら、

あたしもこんなクソみたいな人生を

送ったりしなくて済んだのかもしれない……。


-


――もう、だめだっ


もうここで死ぬのであれば、

痛くないように一瞬で殺して欲しい。


最悪なのは、中途半端に死ねず、

こいつらに陵辱されて

嬲り殺しにされることだ。


もしここで死んだとしても

何の未練も無い


ここには、まともなことなど

何も無かったのだから


なんで戦っているのかすら

そんなことですら、

今ではもうよく分からなくなっていた



死を覚悟した瞬間


突然、目の前に

神々しい黄金の光が広がって行く。


光の中から顕現する一人の男。


――えっ!? なにこれっ!?

  まさか? 勇者!?


それが勇者であろうことは

あたしにも一目で分かった。


まるで神々からの祝福を

受けているかのような、

神々しい光に包まれた、その姿。


その奇跡を目の当たりにして、

あたしの目からは

自然と涙がこぼれ落ちる。


――勇者だ、

勇者が助けに来てくれたっ!!



「まいったな、


逃げて来たのはいいが……


いきなり戦場のど真ん中に

放り出されたみたいだな……」


「あなたっ!!

勇者でしょっ!?

勇者なんでしょっ!?」


絶望の淵にいたあたしは、

突如、目の前に現れた

神々しい光を放つ勇者に

思わず駆け寄っていた。



だが、次の瞬間、

左腕に焼け付く様な

激しい痛みを感じる。


左腕から血飛沫が上がり、

噴き出した血で

あたしは血まみれになっていた。


崩れ落ち、膝を着く。


「……な、なんで?

……なんでなのっ!?」


絶望の淵から

微かに見えた希望。


それは脆くも

一瞬で儚く消えた。


無意識の内に

止め処なく流れる涙、

自分の心が完全に壊れて行くのが分かる……。


あたしの左腕も、心も、

もう二度と元には戻らない……。


「どうやらこれは、

本物の剣みたいだな」


試し切りで、切り落とされた、奪われた、

失くなってしまったあたしの左腕。


目の前に居る

神々しい光を放つ勇者は、


その血が付いた剣の刃を

舌先で舐めていた……。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る