燃えたチキンは果たしてなにになる?

 1


 聞けば良かった。


 聞けば良かった——良かった。過去形だ。


 良かったのか、それすらわからない。


 良いのか、悪いのか。それすら僕にはわからない。


 わからない。わからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからない。


 知らない。知ろうとしなかったから——僕は知らない。


 フウチのことを、何も知らない。


 どうしてフウチが筆談なのか——どうしてフウチが、休学していたのか。


 一切知らない。フウチのことを知ったつもりになっていただけで、ただの知ったかぶりで、僕は晴後はれのちフウチについて——何も知らない。


 じゃあ知っていたらどうなった?


 僕になにか出来たか? 僕ごとき人間に。


 できるはずあるまい。僕だぞ。僕ごときだぞ。


 なら、知ってどうする。どうにも出来ないなら、知って僕はどうする?


 心の準備が出来た? そんなのしてどうするつもりだ?


 どうにもならないのに、もしフウチが退学すると知っていて、心の準備をして、じゃあどうするつもりだったのだろう。


 どうにも出来ないくせに。


 こうやって考えている今も——考えているだけで、なにもしていない。ひたすらに部屋に引きこもっている。


 二日も。無鳥なとり九旗くばた先生が来てから、ずっと。


 風呂にも入らず。部屋から出ず。水分補給も食事もせず。摂取しないから、トイレにも行かず。


 僕はひたすら、布団にくるまり、後悔し続けている。


 続けてなにになるのか。後悔をし続けて、なにになると言うのか。二日という時間で、学校は夏休みに突入した。


 終業式にも出ず。熱も解熱剤で下がっている。


 それでも僕は、学校を休んだ。休み続けて、夏休みに突入した。


 夏休み。このままずっと——夏休み。


 永遠に、休み続けて——学校を辞めて、それでも良いかな……。


 学校には行きたくない。あの教室に戻りたくない。


 部活も、もう良いや……。


 もともと僕が望んだわけじゃあない。僕が学校に行くのも、部活をやるのも——フウチと過ごしたかったからだ。いつの間にかそれが目的になっていた。


 そのフウチが存在しない学校なんて、どうでもいい。


 本当にどうでもいい。無鳥と矢面も、自然と解散するだろう。


 無鳥はきっと、僕がこうなることくらいわかってくれるだろう。僕はチキンで弱くて、弱々しくて、女々しくて。


 なにも出来ない、ただのどうしようもなくクソ野郎だということくらい、言わずともわかるだろうし。無駄に付き合いだけは、それなりにあるからな。


 矢面には、色々言われるかもしれないけど、学校に行かなければ、もう会うこともあるまい。なら、なにを言われてもいいや。どうせ好き放題言ってくる生意気な後輩だ。陰で言われようが、目の前で言われようが、どっちでも違いはない。


 どうでもいいや。なにもかも。


 人生も。べつにもう、なんとでもなればいい。


 しぃるには申し訳ないけれど、このまま死ぬかもしれない。


 ひたすらに引きこもって。死ぬかもしれない。


 自殺する勇気はないから、ゆっくりと餓死しよう。


 涙を流し続けて、全身を乾かそう。干からびよう。


 からっからに。空っぽになろう。空洞に。


 もともと空洞みたいな人間だから、干からびるのもすぐだろう。時間の問題——だろうな。


 いつになれば、干からびるのかな、僕。


 涙は流れ続けているし、水分は補給していないのに、まだ枯れないのか。


 人間の体は、そのほとんどが水分だから、流し続ければ、いつかは枯れるか。


 いつ枯れてもいい。もうどうでもいいから。


 こんなにつらい思いをなんでしているのだろう?


 なんでだろう。どうして僕は、枯れたいんだろう。


 ああ、フウチが居なくなるからか。あるいはもう、居なくなったのか。


 それすらわからないんだよな。好きな女の子がまだ居るのか居ないのか——それすらも知らない。


 だせえな、僕。それでよくもまあ、勇気を出したとか自画自賛できたな。


 馬鹿じゃねえの。本当に馬鹿だ。


 知らないくせに。知ろうとしなかったくせに。


 好きだって。大好きだって。自分の気持ちしか知らない。


 自分のことばっか。僕のことばっかり。


 思えば僕は、自分のことしか考えていなかった。


 独りよがり。あるいは独り相撲。


 馬鹿みたいにテンション上げたりして。愚かだよな。


 哀れだな、僕は。情け無い。ダサい。人としてダサい。人として格好悪い。


 でもそれが僕だった。僕は、自分のことばっかりで、ダサくて、弱くて、弱々しくて、情け無いほどチキンで、小心者で——みっともなくて。


 みにくくて。なにも言えなくて、なにも聞けなくて。


 だけど……好きなんだ。


 本当に僕は、なにもない僕は……フウチが好きなんだよ……。


 好きで、好きで好きで——大好きで。


 どうしようもなく、愛しくて。


 会いたい。抱きしめたい。キスしたい。


 でも…………もうなにもできない……。


 なにもかも、叶わない。叶いっこない。


 もともと、僕には高嶺の花だったんだ。高嶺の花過ぎた。遠くて、高くて——届かない存在だったんだ。


 だから——納得しよう。そうやって、納得したつもりになろう。


 …………好きを、忘れてしまおう。


 そうすれば、こんなに辛い思いをしなくて済む。


 忘れて——忘れて……。


 忘れて、しまおう。心に仕舞しまおう。なにもかも、どうせ知らなかったことだ。知らなかったことを忘れちゃえばいいだけ——それだけ。


 簡単だろう、僕?


 元に戻るだけだろ。ぼっちに。あの頃の僕に。


 そもそもぼっちのくせに、なに青春しようとしていたんだ。馬鹿みたいに。ぼっちはぼっちらしく、大人しくしてれば良いんだ。


 ああ、なぜ僕は泣いてるんだろう。


 なんで、こんなにも涙を流しているのだろう。


 後悔した——後悔した原因はなんだっけ?


 フウチが居なくなるから。居なくなったから。


 それはそんなに悲しむことなのか? 届かない存在だとわかっていた存在が居なくなることは、そんなにも僕を苦しめる必要があるのか?


 じゃあ、最初から——近づかないほうが良かったのだろうか?


 話しかけていなければ——こんなにも苦しくて、悲しくて、切なくて、心が空っぽになったりしなかったのか?


 話しかけていなければ——あの日、僕がおはようと、声を掛けていなければ、今みたいなことはなかったのだろうか?


 じゃあ——話しかけていないほうが良かった?


 その方が楽だった?


「…………どうして……」


 どうして、そう思えない!


 辛い。苦しい。悲しい。切ない。しんどい。


 こんなにも泣いて、馬鹿みたいに、アホみたいにボロボロ泣いて……。


 なのに、思えない……。


 フウチに話しかけなければ良かった——と。なぜ思えない?


 簡単だろう? 割り切れば、楽になる。


「……楽になってどうする…………」


 逃げてなにになる?


 これ以上、落ちこぼれて、僕はなにになる?


 燃えたチキン——焼き鳥にみたいな存在になって、ここからなにになるというんだ。


 死んでどうする? 楽になってどうする?


 逃げてなにになる?


 僕はなにになる? なにになりたい?


 時間が忘れさせるという言葉を信じてみるか?


 そもそも忘れたくない。思い出にしたくない。


 残してどうする。背負え。持って進め。


 ぼっちだったんだから、全部持っていけ。


 弱気になるな。立ち上がれ。


「…………無理だろ」


 僕にそんな勇気はない。どれだけ自分を鼓舞こぶしようとも、僕は僕だ。


 葉沼詩色の本質は、変わらない。変わろうとしていない。


 戻りたい。戻ってやり直したい。どこをどうやり直せばいいのかわからないけれど、やり直したい。


 でも無理だ。時間は等速を貫く。いくら願おうとも、この願いだけは絶対に叶わない。


 それが世界のルール。あるいはことわり


 呪いのように、時間は過ぎる。


 僕が仁王立ちしても、時間は僕を連れて行く。


 なにもできない僕は、このまま。時間が過ぎていくだけで、なにも変わらずに。


「…………だせえな」


 だせえよな、僕。なにが好きだ。伝えることも出来なかったくせに。


 伝える勇気もなかったくせに。雰囲気に流されることを嫌うなんて、嫌う立場かよ。


 自惚れんな、僕。


 格好つけんなよ。だせえくせに。


 泣き続けることしか、出来ないくせに。


「なにしてんだよな……僕は……」


 なにもしていないんだが。馬鹿みたいに泣いてるだけ。後悔しているだけ。


 行動せずに、活動せずに。ただひたすらに考えているだけ。


 こんなの死んでるようなものだ。死ぬまでもなく、死んでる。


 終わっている。僕も僕の思いも——終わっている。


「でも…………」


 終わりたくねえよ……。


 終わらせたくねえよ……。こんなの嫌だ。


 こんなお別れ、絶対に嫌だ。


 認めない。世界中のあらゆる人が終われと願ったとしても、僕は願わない。


 絶対に願わない。叶わせない。


 僕の終わりは——僕が決める。それくらいの権利はあるよな? 僕にもあるだろう?


 終わり方を選ばせろ——僕の終わりは、僕に選ばせろ。


 こんな結末が運命だと言うなら、死ね。


 言った奴全員死ね。ふざけんな。


 叶わない恋でも良い。でも、伝えない恋は嫌だ。


 この気持ち——思い。僕の心。


 葉沼詩色のことば。なにも伝えてねえ。


 言わせろ。喋らせろ。誰でもいい、この願い聞きやがれ。


「僕に言わせろ……っ!」


 気持ちくらい。それを言う権利をよこせ。


「……………………」


 怖い。どうしてもフウチに会いたい。でも、会うのが怖い。なにを言えばいいのかわからない。


 でも、だからと言って、会わない理由にはならない。


 そうだろ? 僕?


「だよな……僕……」


 短冊に書いたじゃねえか。『筆談部永遠に』って。僕がぶっ壊してどうするんだ。


 永遠にしようと、足掻あがけ。もがけ。みっともなくていい。格好つけんなよ。所詮僕だろう。


 ダサくて、弱々しくて。そんな僕が今更、見栄を張るな。


 心を決めて——足掻くことから、始めればいい。


 そうやって、たどり着く場所にフウチが居るのかわからないけれど。でも、満足することを目指せ。自己満足で良い。自分が好きなようにすればいい。


 泣き止め。そこから始めろ。始動しろ。


「……………………」


 なにができるかわからなくていい。答えは不明で構わない。


 好きなんだから。大好きなんだから。答えだけを求めるのは間違っている。


「頑張ろうぜ、自分……」


 小さく呟く。自分に。僕に。


 とりあえず布団から体を起こすと、コンコン——と。扉をノックする音が聞こえた。


「お兄ちゃーん?」


 なんだ、しぃるか。しぃるにも心配させちまったよな。きちんと謝るべきだろうな。


 でも、謝るの照れ臭いな。というか、妹相手だろうと、数日ぶりだと恥ずかしいな。


「うーん。開けてくれないかー。よし扉壊そう」


 え——っ!? ええっ——!?


 決断がワイルド過ぎるだろ! ちょっとまて!


「待て待て——っ!」


「しぃるキックどかーん!」


 マジでやりがった。マジで扉ぶっ壊しやがった。


 嘘だろ、お前。ちょっと脚力やば過ぎんだろ!


「なにしてんのお前!? 本当になにしてんのお前!?」


「あ、案外元気じゃん。お兄ちゃんにお客さんだよー。待たせるの悪いから、扉壊したの」


「せっかちにも程があるだろ……」


 あーあ。


 扉なくなっちゃったよ、僕の部屋。


「お客さんこっちどうぞー!」


 僕が妹のキック力にカルチャーショックを受けていると、お客さんとやらを呼んだしぃるはリビングに戻ってしまった。


 お客さん——無鳥か? 矢面という可能性はないだろうし、フウチだったなら、さすがにしぃるでも言うだろう。


 無鳥だろうな——と。軽く決めつけてしまったが、しかしお客さんは、無鳥ではなかった。


 矢面でもなければ、当然フウチでもない。


 九旗先生でもなく——果たしてお客さん。


「お邪魔しております」


 と。果たしてお客さんは、ぺこりと、頭を下げた。


「こうしてあなたさまとお話するのは、初めてになるますのお」


 ほっほっほ——と。話し方はおじいさん。姿も爺さん。


 だが、その姿には見覚えがある。見覚えどころか、ほとんど毎日毎日見ていた。見たことがあった人物。


「まずは自己紹介をさせてくだされ。わたくしめは、お嬢さまのお世話係をしております、グラン・G・ジーヤスナイトと申します」


 果たしてお客さんは、フウチのお迎えに参上していた、じいや(的な人?)だった。リムジンの運転手。


 面識自体は、四月からあるが、こうして声を聞いたのは初めて。しかも場所が僕の部屋とか。


 てか、は?


 なんでこの人が僕んちに?


 これ以上、わからないを増やすなよ。


 混乱を隠せねえ。戸惑とまどわざるを得ねえ……。


「えと、え、と。え?」


 もうこうなっちゃうよ。


 誰でもこうなっちゃうだろ。


 急に爺さん。でも爺さんなんだけど、ダンディなスーツだし、ひげはないけど髪はあるし、なんなら外人さんだし。ウェーブヘアがおしゃれだな!


「え……? 何用? なんです?」


 混乱が解けない。意味がわからない。


「ほっほっほ。落ち着いてくだされ。わたくしめは、あなたさまにお渡ししたいものをお届けに参上しただけなのですから」


「お渡し? え?」


「どうかこちらをご覧くだされ」


 と。ベッドに座る僕のそばに歩いてきた、グラン・G・ジーヤスナイトさんは、言いながら懐から一冊の本を取り出した。


 僕はそれを受け取る。


「ご覧くだされ。あなたさまには、その権利がおありだ」


 はあ——と。生返事を返した僕は、渡された本の表紙を眺める。


 本。しかしそれはどうやら本ではなかった。


 デザイン的にも厚さ的にも、まるで本なのだが、その表紙には、


「『筆談部活動記録日誌』……」


 と。書かれていた。僕の良く知る、可愛い字体で。


「……なぜ僕にこれを?」


「部長なのでしょう? あなたさまは。そちらはお嬢さまが、ご入部されてから、毎日。毎日毎日お書きになられた物でございます」


 どうか読んであげてくだされ——と。丁寧に頭を下げられてしまった。


 そんなことをされては——いや。そんなことされなくても、僕は僕の責任で読むことにした。


 分厚い本のような、活動記録。


 だが、この活動記録は、活動記録というよりか、日記。いちページ目を開いた僕は、確信した。


 だって、いちページ目には、僕とフウチの初めて会った日のことが書かれていたのだから。


 だいたい約二年前のことから——ほんの数十日前まで。


 その記録がされていたのだから。

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