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「でかしたナイスナイスナイス! 仁尾におちゃん! ナーイス!」


 と。大きな声を上げて、全力で走りながら矢面やおもてに抱きついたのは、無鳥なとりだった。


「あぶば! たばはたさたなあらのさやはた」


「良い子だぞー! もー! 良い子だー!」


 抱きつかれた矢面は、何言っているのかわからない、言葉なのかもわからない、というかただの発声だけをして、顔真っ赤でわなわなしている。なぜ無鳥のテンションが高いのかわからないが、無鳥は馬鹿だからテンションなんて好きなときに上がるだろう、ということで片付けた僕。


 無鳥のハイテンションよりも、あわてふためく矢面を初めて見た僕は、なんか弱みを握ったような感覚になり、謎のガッツポーズをした。グッ!


 念のため言っておくけど、僕は突然の百合シーンにガッツポーズしたわけではない。矢面が顔真っ赤とか初めて見たので、これで日頃、言われっぱなしの僕にも、やっとこさ反撃するワードが手に入ったことから、ガッツポーズ不可避だっただけだ。さすがに矢面のように、呼吸するかのように自然と顔面をいじったりは出来ないし、そもそもいじれるほど矢面の造形が崩れていないのだが、慌てふためき、『あぶば!』とか言ったことをいじってやろう——と、次イラッとしたときの反撃材料を見つけたのだ(やったぜ!)。


「って、あれ? フウチは?」


 無鳥だけ帰って来たが、フウチの姿がなかった。隠れている可能性もあるので、ドアの方も確認したけど、そこにも居なかった。僕の言葉に、無鳥は、


「フーちゃんは、お顔壊したからトイレに行ったよ」


 と、言った。なんだかニヤニヤしながら、僕をおちょくるような顔で、言った。


「お顔って壊れるのか? お腹じゃなくて?」


「きっとどっちもだね!」


「大病じゃねえか、それ……」


 果たして無鳥の言うそれが本当なら、向かうべき場所は、トイレじゃなくて病院クラスの大病じゃねえか。顔壊すって、そんなやまい聞いたことねえぞ僕。しかも同時にお腹も壊すって、とんでもねえ奇病きびょうだろそれ。現代医療でどうにかなるのか……?


 そう思うと心配になる僕だった。


 手持ちの薬は、頭痛薬しか持っていない。なぜ頭痛薬を所持しているのかといえば、フウチと初めてラインをしたときのように、突然の緊急時にもしかしたら必要になるかもしれない——と、妹に持たされているのだ。


 まあ、持たされてから一回も必要になっていないので、かばんに入れっぱなしなのだが。タンスの肥やしならぬバッグのゴミみたいになっているのだが。


 しかしお腹を壊して痛いのだとすれば、役に立つかもしれない。頭痛薬は鎮痛剤だからな。歯痛から肩凝りまで、鎮痛してくれる薬剤だからな。きっと腹痛にだって効果はあると信じてる。頭痛薬が作用しないのは、心の痛みくらいだと信頼している。残念ながら、顔が壊れたというのには、効果は期待出来ないが……。


 よし。戻って来たら、さりげなく渡して優男アピールをしよう。


 でも、頭痛薬を持ち歩くとか引かれるかな。女子でもないのに持ち歩くって、なかなか変な奴だと思われるだろうか……。


 やっぱりさりげなく渡すのを辞めて、フウチが戻って来て、そしてつらそうだったら渡そう。様子を見てから渡そう。そうしよう。


「大病というか、本人からしたら画鋲がびょうを踏んだくらいびっくりしたんじゃん? むふふ」


 とかなんとか無鳥は言ったけれど、よくわからないので、とりあえずスルーした僕。むふふ、って笑い方もなんかおちょくられているみたいだったので、スルーしておくに限る。おちょくりもスルーしてしまえば、僕の勝ちだ。相手にせずに乗らなければ負けはない。妹からのおちょくりをちょいちょいスルーして身につけた護身術である。


 と、無鳥をスルーしていると、フウチが戻って来た。


 なぜかマスクを装備していた。


「どうしたんだ? マスクなんかして」


 僕はすかさず問い掛ける。親友をスルーした僕は、好きな女の子には声を掛けるのだ。まるでクズ野郎そのものだが、しかしマスクをしていると、風邪でも引いたのかと心配になるのだから仕方ない。


『ううん! 風邪予防……だよ!』


 なるほど。風邪予防か。それなら納得だ。


「にしても、マスクまで持ち歩いていたのか?」


『保健室まで行って、貰って来たの!』


 どうやらそれほどまでに、フウチは文化祭を楽しみにしているらしい。


 でもなぜか、僕の目を見てくれない。なんだか四月の頃に戻ったかのように、僕の目から視線を外すフウチだった。


 なんか急に見てくれなくなったことにより、僕は僕で落ち込んだ。ずーん。


 そのまま、落ち込んだまま、文化祭の準備を終わらせ、今日の部活は解散した。


 帰ってからも、ダメージを引きったけれど、そんな状態でもやることはやる僕は、キャベツを二玉ほど千切りして、袋に入れて準備をした。


 キャベツと卵、ベーコン。冷蔵保存するものは、家で管理していたので、忘れないように冷蔵庫に『忘れるな!』という貼り紙をしてから、自室に向かう。


 いよいよ文化祭か。


 いよいよ明日が文化祭か。


 どうやら、さほど楽しみでもなかったはずなのに、僕は結構文化祭が楽しみらしい。


 緊張はするけれど、ワクワクする。


 もっと言うと、フウチのメイドさんが見た過ぎてワクワクする。


 現時点で、僕のところには果たしてメイド服がどのようなデザインなのか、一切情報が入って来ていないのだ。


 たしかデザイン担当は無鳥とか言っていたが、あいつにデザイナーとしての資質があるのかどうか。


 まあ、無難なデザインだろうけど。そういうところで冒険するような性格じゃあないからな、無鳥は。


 デザインで冒険するなら、本当に冒険に出掛けるタイプだろうし。なのでデザインでアドベンチャーするとは思えないから、その辺は安心だろう。


 なら僕は調理担当として、格好良いところを見せねばなるまい。たまには頼りになるんだぜ、って、アピールをするチャンスだ。もちろんフウチに。


「それにしても……」


 ベッドに潜った僕は、部屋の明かりを消して、小さく呟いた——それにしても。


 今日、どうして目を見てくれなかったんだろうなあ……。


 僕がイケメン過ぎたのかな?


「……………………」


 それはねえか。


 じゃあ寝るか。

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