5


「なあ、今更だけど無鳥なとり?」


「なにさ、詩色しいろ


「なんでお前、ジャージなんだ?」


「だって別に、隣町行くだけだし、そのあともお見舞いくらいじゃん」


「なるほどなー」


「ねえ、今更だけど詩色?」


「なんだよ無鳥」


「あんたどうしてそんなにキメッキメなの……? 隣町行くだけで、まあそのあとお見舞い行くけど、でも普段なにもしていないあんたが、髪の毛ワックスしてスプレーで固めてるとか、どうしてそうなった? あとその持ってるお重箱はなんだ?」


「だって隣町行くし、そのあとお見舞いだろ。お重箱は唐揚げだ。しぃるが作って持たせてくれたんだよ」


「そっか…………」


 やっぱり僕、おかしいよな?


 現在は隣町。電車移動を終えて、その駅に到着したところである。


 駅から出て、僕は遅まきながら無鳥の格好に焦点を当てたわけなのだ。


 無鳥はすでに言ったようにジャージだった。


 ジャージ。ザ・ジャージ。水色ベースにアクセントとして白いラインがあるジャージ。髪型も美容室まで行った僕とは違い、キャップをかぶっている。


 それで良かったんじゃん……。


 ジャージで良かったんじゃん。


 なんか恥ずかしいなあ。お見舞いに行くだけで、やたらと舞い上がって朝五時とかに起きて、妹に泣きついて服選びをした午前中も、美容室にまで行ったあの午前中も、なんか恥ずかしいなあ。


 しかも美容室で僕のテンパリをフォローしてくれた、偶然居合わせた矢面やおもてのせいで、僕は美容師さんから今日が勝負のデートだと思われてるし。なんならあの美容師さんには、僕が美容室から出る際、ちっちゃい声で「グッドラック」とかささやかれたし……。


 恥ずかしいなあ。実は美容室に行ったあと、妹に連れられて、ちゃっかり新しい靴まで買っているので、足もとすらも新品の白いスニーカーでコーディネートしてる僕は、なんか恥ずかしいよ。


 ここまで張り切った僕自身が恥ずかしいよ。


 恥ずかしいというか、馬鹿みたいだよ……。


「まあ、良いんじゃん? フーちゃんもあんたがそれだけ頑張ってくれたら、嬉しいと思うよ」


「…………そうか? 本当にそう思う? お見舞いに行くだけで、こんなに意識した僕をフウチが見て、え? なにそのやたらと張り切った格好、意味不明。てかお見舞いに来るだけなのに、どうして髪型決めてるの? 普段は寝癖直してるだけ、みたいなヘアースタイルなのに。それになにそのシワひとつない服。それ新品? まさか朝からお見舞いに来るだけなのに、服を買いに行ったの? なにそれ不思議。詩色くん、って頭がとっても愉快だね——って、思われたりしないか?」


「ネガティブ思考もそこまで行くと聞いてて笑えるなー。うははは」


「笑うなよ。僕のマジな悩みを笑うなよ……」


「まあまあ。どう思われるかはさておき。ギャップはあると思うよ? だってあんた、髪まで切ってるよね?」


「良く見抜いたな」


「そりゃあ、それくらい見抜けるだろ。てかそれ、美容室行ったの? 普段はしぃるに整えてもらっているくらい、美容室での美容師との会話を嫌がるあんたが、美容室まで行ったの?」


「行ったよ。行ったというか、連行に等しい感じだったけども」


 そんな風に、午前中のエピソードを話しながら歩くこと、数十分。


 僕たちは目的地にたどり着いた。なんだろうな。リサイクルショップと言えば良いのだろうか。店内には家電だけでなく、様々なものがある。ゲームや本、フィギュアやプラモ。


 古着まで売っている。


「すげえ……」


 こんな場所、あったのか……。


 なにここ。宝の山ってやつじゃあないのか?


「あんた、普段からどこも行かないから、こういう場所来たことないっしょ。あたしは暇さえあればしょっちゅう来てるけど」


「暇さえあれば、って。じゃあお前、毎週来てるのか?」


「そんなにあたしは暇に見える?」


「否定しないし、否定できない」


「さすがに二週に一度くらいだよ」


「十分暇じゃねえか……」


「まあ否定はしない。タブレットはこっちだね」


 そう言って先を歩く無鳥について行く。タブレット目的ではあるが、ほかの商品が多すぎて、やたらと目移りしてしまう。謎のボードゲームとか、懐かしの特撮ヒーロー変身ベルトとか、ゆっくり見たいくらいだ。あとエアガンかっけえ。


 そんな風に目移りしながら、タブレット端末コーナーへ。


「思いのほか安いんだな」


 僕の予想では、安いやつでも三万円くらいだと思っていたけれど、本当に安いやつは、三万円あれば三台買えるじゃねえか。


「これ、何が違うんだ……?」


 僕には、発売日と値段の違いしかわからない。


 同じ形してるやつでも、発売日が違うだけでなんか値段違うし。新しい方が高いくらいしかわからない。


「んー。中身が違うんだけど、あまり専門的なことはあたしもさっぱり。まあ、あたしらがタブレット端末を使うのって、筆談だから、どのタブレットでも問題ないはずだよ」


「なるほど。どれだろうと文字は書けるのか」


 じゃあもう、一番安いやつで良くね?


 本気で一番安いやつは、もはや五千円だけれど、それでも良いのではないだろうか——と。そう思ったとき、僕の目に飛び込んできたのは、


「これは……」


 果たしてそれは、果たして果たして、


「色違い……だと……」


 果たして色違いだった。なんの色違いかと言えば、フウチが使用しているタブレット端末の色違いである。


「あー、フーちゃんのやつもそのメーカーだったっけ。良く覚えてるね、あんた」


「なかなか忘れないだろ。ほぼ毎日目にしている端末だぞ」


「それにすんの? フーちゃんの色違い」


「んー。ひとまず保留」


 だってそれ、なんか気持ち悪く思われないか?


 え? お揃いの選んだの? やだキモ。って。


「そう思われない? 引かれない?」


「気にしすぎだろ。そもそもフーちゃんの性格的に、そう思われる可能性の低さを考えなよ……」


ぞんでもあるなら、僕はおくびょうにならざるを得ないんだよ。だってそうは言っても、無鳥。フウチの性格を全て知っているわけじゃあないんだから、どう思われるか、なんて未知すぎるだろ」


「細かいなー。面倒な性格してるよあんた」


「良く言われるよ」


 んー。と。無鳥はショーケースを眺めながら、うなり、


「フーちゃんのやつが薄いピンクだったよね?」


 と。僕に確認をして来た。


「うん。薄いピンクだな」


「じゃああたしがこっちの白いやつ買うから、あんたはそっちのグレーにすれば良いんじゃん?」


「へ?」


「いや、あんたが気にしてるのって、あんたがフーちゃんの色違いを買ったら引かれるかな、ってことでしょ? なら、あたしも買って、みんなでお揃いにした、ってことにすればあんたの心配はなくなるわけじゃん?」


「そこまでされたら、僕はお前を親友からどうやってランクアップさせれば良いんだ?」


「いや、ランクアップを望んでないし」


 それに——と。無鳥は小さい声で言って、言葉を続けた。


「それに、あたし親友って言われて結構嬉しいんだよね。ほら、あたしってさ。誰とでも話すから、友達は多いって良く言われるけれど、でも、友達止まりなんだなあ、って。誰かに親友って言ってもらえたことなかったからさ。あたしはあんたがそう言ってくれたのが嬉しくてね」


 そう言った無鳥の顔は、照れているように頬が染まっていたけれど、そう言われたなら僕も嬉しい気持ちはある。


「僕の親友なんかで良いなら、お前は僕のかけがえのない親友だよ」


 あるいは、とっくに。友達として認識したのも最近で、親友として認識したのも最近だけれど、それは僕が再認識しただけで、とっくに無鳥は、僕の親友だったのだろう。


「なんか恥ずいから、とっとと買ってお見舞い行こっか」


「だな……」


 ショーケースの前で、青春臭い話をしているのも恥ずかしいよな。


 まあ、どんな場所だろうと、青春臭い話をしてる時点で恥ずかしいのかもしれないが。


 そんなことを思いながら、僕と無鳥は、タブレット端末を購入した。ついでにタブレット用のペンと、キーボードも。


 安かったので、合計でも二万を少しオーバーするくらいで済んだ。


 買ったその足で、僕たちはフウチの家に向かう。


 無鳥が僕との友情を大切にしてくれていることにも若干驚いたが、しかし僕たちはこの後。


 フウチの家に辿り着き、もっと驚くことになった。


「ここか……?」


「うん。九旗くばた先生からもらった住所はここだね」


「驚いたな」


「たしかに驚くね……これ」


 驚いた。


 それは、フウチの家があまりにも豪勢過ぎて、ともすれば国家予算を握っているのではないか、と。そんな錯覚をするような、漫画やアニメに登場するような、豪勢な豪邸。まるでお城のような外観だったから——ではない。


 違う違う。そもそも違うのだ。


 リムジンで帰宅しているお嬢様。


 それが僕、そして無鳥の認識だっただろう。


 だが、この家——辿り着いたフウチの家は、なんと驚くことに、ただの平家の一軒家だったのだから。


 お城なんて、そんなはずもなく。


 普通の平家だったのだ。

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