第7話
私の名前は鏡野有子、白樫高校の二年生で、放課後、忘れ物を取りに校舎へ戻った所で意識を失い、気がつけば見知らぬ廃校の中にいた。
何度繰り返したのだろう。
恵一とはなるべく合流した方が良いけれど、タイミングを間違うと大変なことになる。これまでの話から考えれば、最初がベストかとも思ったけれど、蘭君との合流を済ませてからの方が良いかとも思う。
祐樹は最悪諦めよう。私だって聖人君子ではないし、あの時、前々からこうしたいと思っていたなんて言われたんだ。私は私を殺そうとする人間にまで手を伸ばしたくない。
多分、四階のバリケードはあのチェーンソー男を閉じ込めるためのものだった。だから、恵一と合流するなら恵一が四階に行く前だ。あのバリケードが壊されなければ、猶予があるはずだ。
非常口が開くきっかけは、蘭君としか考えられない。だから、蘭君との合流は必須だ。けれど、プールには入らない。あそこはほぼ確実に罠だ。
あぁ、何て性格の悪い! この廃校を作った人間は余程の悪趣味か、他人の命をどうとも思っていないかだろう。何度も何度も繰り返し死んだ経験もないからこんなことが……。
人間は一度死ねば終わりでは? なんて疑問には目を瞑って。
私は、三階の教室から飛び出した。今回は鞄が落ちていなかったけれど、どうせここで負う怪我なんて全部致命傷だ。応急手当セットなんて箸にも棒にもかからない。
あぁ、お腹が痛い。もう二度とあんな風にはなりたくない。最初に蘭君と合流しないと、他にも罠がない保証なんてないのだから。足音が出ないように、でもなるべく大急ぎで。
「……!!」
いた、なんて喜びは全て押し殺す。彼にとって私は、高校の校舎で一度出会っただけなのだから。でも、見知った顔に出会えた安堵程度は滲ませても良いだろう。
けれど、そこで違和感を覚えた。彼の目は、こんなに赤かった? まるで、吸血鬼か化け物か――その透けた脚を見て、おばけだ、なんて幼稚な言葉が頭に浮かぶ。
『鏡野さん……』
急ブレーキをかけたことで、靴底と廊下が擦れて酷い音を立てた。反転、彼から出来る限りの距離を取るために走る。あぁ、あぁ、もう! どうして、どうして!
蘭君が死んでしまうのは、非常階段とプールだけじゃなかったの? 彼が罠にかかるはずもない、ならチェーンソー男か祐樹? 可能性としては祐樹の方が高いか。
死体、そう、なら死体がどこかにあるはずだ。燃やさなきゃ、と強く思う。どうして、なんて疑問は荒らげた吐息と共に千切れていく。燃やさなきゃ、早く、あぁ、でも火元は?
宿直室には電気が通っているけれどあの男がいる可能性も高くて、そんな危険な賭けはしたくない。理科室はダメだ、万が一祐樹がいたらもうおしまい。
恵一、そう、こうなったら恵一と合流しなければ。あぁ、でも、時間的に大丈夫かしら。もう四階に突入して、首をはねられてしまってはいない? 真っ二つに裂かれてはいない?
次々と脳内を掻き混ぜる、覚えのない記憶の数々。鼻の奥がつんとして、咳き込んで涙しそうになる。でも、泣いていても誰も助けてはくれないのだから、私は私で私を助けるしかないんだ。
みんな、わたしをころした!!
家庭科室の窓に、私が走る後を追うように血色の手形が張りついて。音楽室からは狂った音程の行進曲。嫌い、嫌いだ、皆嫌い。だって私を殺そうと、てぐすねひいてまっている!!
どこか遠くでチェーンソーが唸ってる。ひび割れたチャイムが始まりを、終わりを、何を告げていると? げらげらと笑う声が聞こえて、そこではじめて死んでしまえと思った。
みんなみんな、死んでしまえ。私を傷つけるすべて、嫌い、大嫌い、死ね。どうしてこんなことに、どうして私がこんな目に遭わなきゃいけないの!?
足を滑らせた階段は避けて、ただただ駆け続ける。止まれば死ぬ、殺される。だってここにいる全ては、私の敵でしかない。死んでしまえ、消えてしまえ、お前たちなんて!!
『おぉ怖い怖い、女の腹ん中には鬼がいるたぁ、よく言ったもんだ』
うるさい、うるさい、うるさい!!
『角でも生えてきそうだなぁ? しっかし……お前はここで殺しておかないと、後から酷いことになりそうだ』
首が、ぐ、とつっかえる。絞まる、切れる、息が、くびが――
「狂乱の話」了
「くびをはねておしまい」
殺してやる!! 殺してやる!! 殺してやる!! 私を殺したあの男、あいつ、あの子!! 苦しんで痛がって死なせてほしいと懇願するまで――
「『 』様」
……なに?
「私、貴女様が正しく、そう……正しく死ねるよう、願っておりました」
……そう。
「だから、残念でなりません。今回の道行は、貴女様を根幹から変えてしまった。ですが、悲観することはございません。私が「刈り取らなければ」と、そう思う程……貴女様は、『 』であった」
……ふふ、はは、あはははは!! 他人事みたいな顔をして、くふふ、ひひひ、はははははははは!!
お前も『私』を殺したのよ。だから、私は。
「くびをはねておしまい(memento mori)」
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