第2話
「香川さん」
遠くで自分を呼ぶ声がする。
「香川さん」
声が近くなり、私ははっと我に返った。
「そんなに力いっぱい茶筅でかき回さない」
教えに来られている先生にぴしゃりと言われ、私は自分が茶筅でお茶をたてていたのだと思い出した。
「すみません」
「いいですか。お茶をたてている時に考え事などもってのほかです」
「……すみません」
すっかりお見通しのようだ。
他の部員がくすくすと笑った。嫌味のない笑い方だったので救われた。
どうしても桃果の幸せそうな笑顔が浮かんでしまう。桃果が幸せなのはもちろんいいことだ。ただ、自分にはあんな表情はできないと思ったのだ。誰かを想ってあんな表情を。
私は初恋もまだだった。恋とはどんな時に落ちるものなのだろう。分からないからこそ気になった。
文化祭当日、茶道部員はお点前を披露する。
一日のうち十時、十二時、十四時の三回、中庭に作られた一角で野点の形式で行うことになっていた。
一年生はまだ人の少ない十時の担当だ。それ以外は裏方に徹する。
十時からのお点前の時は周りを見る余裕などなかったのだが、十二時、十四時の時はどんな方が来て、飲んでいくのかを見ることができた。
十四時の会。私は一人の男子に目が行った。坊主頭のその男子は背筋をピンと伸ばしてゆっくりとお茶を味わっていた。なかなか様になっている。生真面目な彼の視線がこちらを向いたとき、私は今までにない緊張に襲われた。何だろう。
「香川さん」
先輩に呼ばれてはっとして私はその場を離れたが、彼の視線が瞼の裏に残っているような不思議な感覚がした。
それから彼の姿を思い出す日が増えた。彼は偶然にも同じクラスで、一ノ瀬晴哉という名前だと知った。
斜め前の方に見える一ノ瀬君の後頭部に視線が行くことが多くなった。
時々後ろの席の男子に話しかける一ノ瀬君の顔を見るとなぜだか頬が熱くなる。
何だろう。
私は自分が恋をしてしまったことにしばらく気付かないままだった。
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