第3話

 ノートの効果はなかなか出なかった。


 もしかすると、ずっと出ないままかもしれない。それはそれで仕方ないのだけれど。

 尊君は素直で真面目だから、もしかしたら、何も起こらない確率の方が高いかもしれない。


 その逆もある。

 私は、尊君に嫌われるかもしれない。


「園田、髪切った?」


 尊君が朝一番に声をかけてきた。私は肩まであった髪をボブに前日切った。


「え? うん。そうなの。切ったんだ」

「いーじゃん。小学校の時もそのくらいだったよな? 」

「覚えててくれたの?」

「ああ、うん。凄く似合ってる! 短い方がいいよ」


 尊君に言われて、私は笑顔になる。かなり嬉しかった。


「ほんと? ありがとう! 嬉しい!」


 尊君はそう言った私に、ちょっと顔を赤く染めた。


「おはよう!」

「おはよう、園田」


 尊君がこちらを伺うように見た。


「? どうかした?」

「あ、いや、あのノート……。いや、何でもない」


 尊君は言いかけてやめた。私はどきりとする。

 これは……。


「あのノートのことでしょ? ごめんね、長く預けて。最近、弟が私の部屋に勝手に入るから困ってるの。それで下谷君なら安心して預けられるから持っててもらってるんだ」


 私の言葉に、一瞬尊君の瞳が揺れた。


「そ、そっか。

……園田、弟、いるんだ?」

「うん。今小学四年生なの。かなりお姉ちゃん子で大変。可愛いんだけどね」

「そうなんだ? 俺にも弟がいる。今中一」

「え? そうなの? 仲良い?」

「うーん、まあ、普通」


 尊君はそう言って、机の上で組んでいる手の指を順々に開いたり組んだりした。


「あの、さ、園田。園田は俺から青子って呼ばれるの嫌かな?」


 私は、


「え?」


 と驚く。心臓がうるさい。


「ぜ、全然嫌じゃないよ? むしろ嬉しい! っと、えっと、その、仲良くなれた気がして……」


 尊君は私の反応に、微笑んだ。


「そっか。じゃあ、青子って呼ぶから、俺のことも尊って呼んで?」

「い、いいの?」

「俺が頼んでんだけど?」

「嬉しい!」


 ノートの効果でもなくてもいい。私は嬉しくて赤くなった頬を両手で隠した。




 中間試験が近づいてきたある日。


「青子、英語苦手だよな? 俺得意だから教えようか?」


 これまで数々の偶然が起こってきたけど、これは決定打だった。


「えっと、私、尊に英語が苦手って言ったっけ?」

「え?」


 尊の顔がしまった! と言っている。


「だ、だって英語の宿題、よく訊いてくるからさ」

「あ、そうかあ。尊、鋭いなあ!」

「ま、まあな」


 その日の放課後。私たち二人以外誰もいない教室で英語を教わりながら、私は尊に聞いた。


「あの、ね。もしかして、ノート、見ちゃった?」


 尊の肩が跳ねる。


「な、なんで? 見て、ないよ?」


 私は尊の瞳が泳ぐのをじっと見ていた。


「嘘つくとき、尊、目が泳ぐよね?

私のために嘘ついてるのかな?」

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