君、光る

天音 花香

第1話

 私、北野有希は今年中学一年生になった。五月になって学校にもなれてきた。クラスメイトの顔は少しずつ覚えたけれど名前と一致させるのがまだ大変。でも、今のところ平和で平凡な中学生活を送っている。いや、送っていた。


 その日は日曜日で、私は家からそこまで遠くない本屋さんに自転車で行った。帰り道。後ろから夕陽を浴びて自転車のスピードを上げた時だ。自転車ががしゃんと音を立てて、急に漕いでもスピードが出なくなった。漕ぐたびにガタンガタンと地面にタイヤの骨組みが直接当たっているような音がする。パンクだ。

 ため息が自然と漏れた。私は自転車を降りて、商店街端の自転車屋さんに持っていくことにした。


「すみませーん」

「はい。

あ。北野さん!」


 自転車屋さんから出てきたのは同じクラスのたしか、山道君。確認するように看板を見ると、山道自転車と書いてあった。私服の山道君に会うのはなんだか不思議な感じだ。山道君も驚いた顔をしている。


「どうしたの?」

「パンクしちゃって」

「そうなんだ。今親父いないけど、パンク修理なら俺でもできるから。ちょっと見せて」


 山道君は慣れた手付きで自転車のタイヤのチューブを外すと、一度タイヤに空気を入れた。洗面桶に水を張ってそこにチューブを沈めてはずらすことを繰り返していた。

 腕まくりをされた山道君の白い手が段々汚れていくのを私はじっと見ていた。白いのに、私の手とは違う。無駄な肉が付いていない細い腕は動かす度に骨の動きが見えるようだった。男の子の手だ。しかもその動きに無駄がない。


「見つけた。ね? ここだ」


 山道君がそう言って私の顔を見て笑った時、チカチカと目の前が光ったようなそんな感覚がした。気のせいか動悸がする。

 山道君は泡が出た部分にゴムのテープをしっかり貼って、丁寧にチューブをタイヤに戻していく。


 私は自分の目を疑った。山道君がなんだか光って見えだしたから。さっきのチカチカからだ。

 初めての感覚に私は戸惑う。人が光るってどういうこと?


「はい、できた」


 山道君のを手が自転車のタイヤを一度くるっと回して止めた。なんだろう、こういうのなんていうのかな。山道君がそう、かっこよく見えた。


「あ、えっと、いくら?」

「ああ、いらない! 北野さん、同級生だし」


 悪い気もしたけど、山道君のきっぱりした言い方に、私は、


「ありがとう」


 と頷いていた。

 山道君はそんな私ににっと笑った。

 うーん、眩しい。なんだろう、この光。


「俺の腕、不確かだから、もしまだおかしかったらその時は悪いけどまた来て」


 私は自転車を少し動かしてみて、タイヤが直っているのを確認した。


「大丈夫そう。本当にありがとう!」

「気をつけて帰りなよ」


 そう返してくれた山道君の笑顔が眩し過ぎて直視できない。私、どうしちゃったんだろう。私は俯いて、


「じゃあ、バイバイ」


 と小さく言うと自転車のペダルに片足を乗せた。

 あたりは暗くなりつつあって、ひんやりした風が熱い頬に気持ち良かった。

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