通学路の視線

澤田慎梧

通学路の視線1

 朝の通学路。麻紀まきは友達の美知留みちるとおしゃべりしながら、中学に向かってテクテクと歩いていた。

 女子中学生のおしゃべりの話題は様々だけれど、今日二人が花を咲かせているのは恋の話――俗にいう恋バナだった。


「ええっ!? 麻紀がラブレター貰ったのって、梶原くんなの?」


 ちょうど二人が、朝でも薄暗い雑木林沿いの道を通りかかった時のことだ。美知留が突然、大きな声を上げた。


「しぃ~! 声が大きいよ美知留ちゃん~」

「あ、ごめん……」


 謝りながら声を潜める美知留。麻紀は誰かに聞かれてなかったか周囲を見回すが、幸いにして誰の姿も無かった。


「それにしても梶原くんか~。意外だなぁ」

「うん、私もそう思う。小学校も違うし、今までほとんど話したこと無かったし……」


 麻紀の下駄箱にラブレターが入っていたのは、昨日の放課後のことだ。

 その場には美知留も居合わせたのだけれど、麻紀はすぐには封を開けなかったので、今まで差出人が誰かを知らずにいた。それで今朝、早速聞き出したわけだ。


「美知留ちゃん、梶原くんとは小学校同じだよね? どんな人?」

「どんなって……今とあまり変わらないかな? 家がお金持ちで、テニスやってて、女の子にモテて……他の男子と違って大人っぽいし、優しい人だよ?」

「うわぁ……。そんな人が、どうして私なんかに」

「そりゃあ、麻紀が可愛いからでしょ? 嫌味かな? この~」


 ニヤニヤと笑いながら、麻紀の脇をつつく美知留。

 実際、麻紀は一年生の女子の中では、可愛い方だ。本人が少し天然なせいで気付いてないが、麻紀のことを好きな男子を、美知留は他にも何人か知っていた。


「で、どうするの? 付き合っちゃうの?」

「ええっ~!? 私たちまだ中一だよ? そんなの早いよ~」

「そうかなぁ? うちらの学年でも彼氏いる子、結構多いよ?」

「えっ、そうなの?」


 ――等と、麻紀が天然な上に「お子様」な反応をしてみせた、その時。


「おはようございます」


 突然、二人に向かって挨拶する声が聞こえて来た。

 びっくりして二人が声のした方を見やると、そこには黄色い反射ベストを着けた中年の男性が、にこやかな笑顔を浮かべて立っていた。

 ――見覚えがある。確か、地域の「見守りボランティア」の一人だ。地域の住民が、小中学生の登下校時に通学路に立って、見守り活動をしているあれだ。

 顔に見覚えはあるけれど、挨拶されたのは初めてだった。


「あ、おはようございます~」

「おはようございます」


 それぞれ挨拶を返して、男性の前を通り過ぎる美知留と麻紀。何の変哲もない朝の風景だ。

 けれども、男性から少し離れた所で、美知留が麻紀に耳打ちした。


「ねぇ麻紀。あの人、麻紀のこと見過ぎじゃない?」

「ええっ? そんなこと――」


 「あるわけない」と続けようとして、麻紀は言葉を失った。

 何の気なしに背後に視線を向けると、こちらをじぃっと見ている男性と目が合ってしまったのだ。男性の顔には貼り付けたような笑みが浮かんでいる。


「麻紀、あんまり見ちゃ駄目だよ」

「そ、そうだね……」


 ぎこちない動きで視線を前に戻す麻紀。その声は少し震えていた。


「な、なんだろうね? あの人……」

「きっと、麻紀があんまり美少女だから、ガン見してるんだよ。ロリコンかもしれないよ? 少し気を付けよう」

「そ、そうなのかな……?」


 男性は、どう見ても麻紀の父親と同い年かそれ以上の年齢に見えた。

 「そんないい大人が、自分達のような子供をそんな目で見るだろうか?」と、思う麻紀だったが、そんな彼女に美知留が釘を刺す。


「あたしら位の年頃の女の子を狙った犯罪も、多いんだよ? 麻紀は可愛いんだから、もっと気を付けた方がいいよ」

「そう、なのかな……?」

「そうだよ。ちょっと、あのオッサンには気を付けておいた方がいいかもね。明日から、少し警戒してみよ?」


 あくまでも慎重な姿勢を崩さない美知留。

 そして彼女の言う通り、麻紀はその日から、見守りの男性の視線を強く感じるようになった――。



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