ミロクのダイアローグ⑦真昼の雛の集い


 アタシたちは他愛無たあいない近況を報告する。

 月彦つきひこさんと日芽子ひめこちゃんの職場にはコスメを買いに行くんだけどね、おふたりとも真面目まじめに出勤中だったから、お互いの近況、話せずじまいだったのよね。


 アタシは、憧れの自由服で過ごす大学生にる日を夢見ている高校生で、月彦さんと日芽子ちゃんは、社会保険の枠で働く準社員契約を断って、自由時間たっぷりのアルバイトのまま、夢を見続けるのですって。


 おふたりの夢。

 ずっと、ふたりで寄り添っていようよって、

 そんな甘やかな、少年少女にだけ見える夢を。


 初夏、色んな芽が吹いて日輪に嫩葉わかばが映える。


 ★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜・。。・゜★


「準社員契約を結ぶとね、年間二十万円弱の国民年金の支払いを免れて万歳なんだけど、如何どうかと思うほど、お給料から引かれてしまうんだよ。これが社会のシステム。将来への投資とも云えるけれど、僕たち、現在いまを生きるだけで精一杯だ。だから、現段階では社保加入をお断りした。ミロクちゃん、アルバイトをする際、保険のことは、よく考えたほうがいいよ」


 月彦さんがキラキラとした太陽みたいな笑顔で云う。

 このヒトは、月と太陽を着替えることが出来るんだって思う。

 陰にも陽にも変幻自在。


「さて、注文オーダー、待っていてもらって御免ゴメン。何にしようか」

 アタシたちの方卓テーヴルに、メニューを網羅した冊子が二部、置かれている。月彦さんは日芽子ちゃんに見えるように、ページをゆっくりと繰っていた。


 はぁ、回想が長過ぎて、アタシ、すっかりお腹が空いちゃったワ。

 今日は日曜日か。お得なランチ・メニューは平日限定ですって!?

 今度は平日に来る! 絶対!!

 アタシはメニュー表を見ながら迷走していた。月彦さんと日芽子ちゃんは、単品の『ひなどりとエリンギの和風パスタ』をふたりでシェアするのですって。仲良しさんなんだから❤ そして、ドリンク・バーを単品で二個ふたつ、頼もうとしていた。


「ちょっと待ってください。それ、セットで注文すると、お得になりますのに」

 余計な御世話を焼いちゃった。冒頭でも申しましたとおり、アタシってば、コスメとヴィンテージのお洋服を買い過ぎて手許不如意てもとふにょいなのね。若い身空みそらで日本経済の活性化と伝統の保守に大いに貢献して感心でしょう? だから、いつも、お得なセット・メニューで空腹を満たしていること、大目に見てねって、いったい誰に云っているのかしら!? 


 注文オーダーに口出しするなんて、本当に御節介オセッカイしちゃったワ。許してねって謝ろうとしたら、日芽子ちゃんがグッド・レスポンス。

「ミロクちゃん、教えてくださって、ありがとう。月彦くん、是非ぜひ、セットで頼むべきだと思うの。つまり、パスタのセットをドリンク・バー付きで一個ひとつ。単品でドリンク・バーを一個ひとつ

 さすが日芽子ちゃん。理解が早い御方には、更なるお得情報を教えちゃう。

「日芽子ちゃん、ドルチェは如何いかが? 此処ここのジェラートは伊國イタリア風味で美味おいしいの。あっ、本場の味を知らないのに云っちゃった」


 月彦さんの眼光が一瞬、三日月のさきみたいに光った気がした。ん? アタシ、また余計なことを云っている!?

「このジェラートにも、ドリンク・バーのセットは適用なの。ね、得した気持ちになりませんこと?」


 こんなにもドルチェを推薦オススメする理由はね、

 だって、

 アタシ……、

 ひとりで…………、

 パスタとドリンクとサラダとスープとドルチェ。

 所謂いわゆる、ファミレスのフル・コース・セットを頼むのだもの!


 なのに、同席の少年少女の注文が、半人前のパスタとドリンクだけって、アタシばっかり大喰おおぐいに見えて恥ずかしいじゃない。キャッ、そんなふうに第三者の目と云うか、世間体を気にするなんて、アタシって、やっぱり親の子よね。親の血を感じちゃう。


「それは名案だ。日芽子さん、ドルチェを頼もう。ヴァニラとチョコとストロベリィ、どれにしようか?」

 月彦さんと日芽子ちゃんは、掌サイズのドルチェもシェアされるのね。少食の方々ってエンゲル係数が少なそうで羨ましいワ。


 電鈴ベルで店員さんを呼ぶ。おふたりは、淡雪色あわゆきいろのジェラートのドリンク・バー付きと、和風パスタのドリンク・バー付きを注文して、アタシは先刻さっきからの思惑どおり、ファミレスのフル・コース・セットにした。メインは、お野菜たっぷりのポモドーロ。ポモドーロって最近、おぼえたの。リコピンを摂って綺麗になれそうなお料理よ。


 日芽子ちゃんが月彦さんの耳許みみもとささやいている。

 パウダールームに行くのですって。聴こえちゃった。

「日芽子ちゃん、ひとりで大丈夫? アタシ、ご一緒するほうがいい?」

「ひとりで大丈夫よ。ありがとう」

 再び月彦さんの鋭い眼光に刺される。

 ニラまれているのよ、アタシ、何か間違った?


 日芽子ちゃんが、てくてくとパウダールームに消えてしまうと、月彦さんが、すかさず何かを制止する勢いで云う。

「ミロクちゃん、いつから僕の彼女をそんなに馴れ馴れしく呼んでいるのサ!? 僕だって未だに日芽子ちゃんって呼べないでいるのに」


『ミロクのダイアローグ⑧雛の夢と、めざめ』へ、つゞく

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